時差ぼけはどうして生じる?

 時差ボケあるいは時差症候群は、ジェット機での東西方向への移動、すなわち、時差のある場所への移動によって、体内時間に対して、急激に環境の明暗周期が変動したときに生じる体の変調です。交代制勤務、夏時間、などでも時差ぼけと同じ現象が生じてきます。食欲不振、頭痛、疲労、吐き気、腹部の不快感、不眠、などが症状として表れます。
 さて、その原因です。単純にいえば、体内時計の中枢である視床下部にある視交叉上核が、環境の明暗周期になかなか同期しないことが原因です。環境は昼なのに、体内時計は夜、あるいは環境は夜なのに、体内時計は昼といった齟齬が生じることが時差ぼけの原因です。全身の臓器が、体内時計中枢に合わせようとしますので、体内時計に支配されてサーカディアンリズムのある睡眠覚醒、ホルモン、胃腸の動き、代謝、運動能力、思考能力などのリズムが、環境の時間とずれてしまっているわけです。環境は昼間でも、胃腸の動きは夜中で、それでも現地の時刻合わせて食事を取ろうとすると、夜中に腹一杯食べたのと同じことになる。胃腸の調子がおかしくなっても不思議ではありません。また、環境が夜になっても、頭の方は昼となっていますから寝ようとしてもなかなか寝られないわけです。
 我々は、体内時計中枢である背内側領域が、新しい光周期への同調に一週間から二週間の日数がかかるため時差ぼけが生じることを明らかにしました。
(J. Neurosci. Nagano et al. 2003)。
 視交叉上核には網膜神経節細胞からの投射を受ける部分(腹外側部ventrolateral )と投射を受けない部分(背内側部dorsomedial )の二つの領域が存在します。二つの領域は神経ペプチドの分布も異なっており、前者では血管作動性ペプチドVasoactive intestinal peptide (VIP)が、後者ではアルギニンバソプレッシンArginine vasoppressin (AVP)が発現しています。
  明期の開始時間を急に10時間明暗周期を送らせたり、6時間前進させたりして、時差ぼけを生じるような条件を作りました。すると、本来活動すべき暗期に、昼と同様の運動量が低下した時間が5日から12日にわたって生じます。本来夜行性のラットなのに、夜になっても動かないわけです。すなわち、時差ボケがラットに生じたと考えられます。                                               
 ここで、時計遺伝子Per1の発現パターンを利用して視交叉上核の時計がどのような時間にあるのかをIn situ hybridizationを用いて検討してみました。Per1は視交叉上核の細胞に、昼間には非常に強く発現するのですが、夜間には殆ど発現しないという非常にダイナミックな時刻依存性の遺伝子発現を示します。これを利用して、体内時計の時刻を推定します。すなわち、Per1が発現しているかどうかをみれば、視交叉上核の時計の針が昼時間を指しているのか、夜時間を示しているのかはっきりするわけです。
 その結果は非常に興味深いものでした。新たな光周期に移った後、1日目から腹外側領域は環境の明暗周期に同調できたのにもかかわらず、光入力のない背内側領域では、ゆっくりと一週間から二週間ほどかけて時計遺伝子の発現リズムは新たな光周期に同調することがわかりました。この期間は、体内時計の昼夜と、環境の昼夜が合っていないことになります。実際、背内側領域の再同調と行動リズムの再同調のパターンに強い相関関係を認めました。すなわち、背内側部の時計が昼であるときに、環境は夜でもあるに関わらず、ラットの行動量(locomotor activity)は減少していました。視交叉上核の時計が昼なので、周囲が真っ暗になっているのに、動く気力がわいてこないようです。
 これらの観察から、時差ぼけの機序は下の図のようにまとめられます。