事 例 解 説

 事例 1 (月曜日に配布)
 Aさん夫妻に4人目の赤ちゃんが生まれ、三郎君と名付けられました。生下時体重2,980gの男の子です。夫妻に最初に生まれた男の子は、生後5ヶ月頃から激しい下痢を繰り返すようになり、生後10ヶ月で亡くなってしまいました。その後女の子が一人と、別の男の子を授かりましたが、二人とも元気に育って、それぞれ小学校と幼稚園に通っています。Aさんの奥さんは4人姉弟ですが、2番目の弟さんは生後半年くらいで亡くなったと聞いています。
 生後2ヶ月の頃、三郎君があまり手足を動かさなくなり、母乳の飲み方も弱くなったので、病院に連れて行くと、ヘモグロビン濃度が3.8 g/dlしかなく、極度の貧血であると言われました。

 学生さんたちに採り上げて欲しかったキーワード

□ 生下時体重 2,980g
□ 男児
□ 生後5ヶ月
□ 激しい下痢
□ 生後10ヶ月で死亡
□ 別の男児
□ 母親の弟
□ 生後2ヶ月
□ ヘモグロビン濃度
□ 貧血

 学生さんたちに討論して欲しかったポイント

家族歴をどう考えるの?
この家系では、男の子ばかりに異常が起こっていないかな?
この一家について家系図を描いてみたら?
今週は免疫学を学ぶ週だよね
長男が生後5ヶ月まで下痢を示さなかったのは何故?
ヘモグロビン濃度の正常値は?
三郎君が生まれた時、何か異常があったと書いてあるかな?
「新生児溶血性疾患」って聞いたことある?

 事例のねらいと解説
 第1週と第2週にかけて、免疫応答の調節異常がある事例を用いて自己学習を進めます。
 事例は生後間もない男児です。生下時体重は正常範囲にあります。注目すべきは家族歴で、三郎君の兄が生後5ヶ月から激しい下痢を起こして10ヶ月で死亡しており、母親の弟も生後半年で死亡しています。一方、三郎君のもう一人の兄は今のところ健康であり、姉にも母親にも異常を示す記述はないことから、学生さんたちは比較的簡単に伴性劣性遺伝の疾患を考えられるだろうと思います。是非とも、家系図を描いてみて下さい。事例の記述だけからでも、かなり多くの情報が得られます。例えば、三郎君には二人の兄と一人の姉があり、そのうち長男と三郎君が発症者です。母親についても、事例の記載から弟が二人あり、そのうち一人の弟が発症者であることが判ります。
 下痢は消化管感染症が原因となる場合が多く、そうであれば三郎君の症状は伴性劣性遺伝を示す原発性免疫不全症候群である可能性が考えられます。興味深いことに、ヒトのX染色体には免疫系細胞の分化や活性化に関連する複数の遺伝子が集積しており、伴性劣性遺伝様式を示す原発性免疫不全症候群は複数あります。私たちが担当したテュートリアルコースの過去の事例でも、X連鎖高IgM症候群 (X-linked hyper-IgM syndrome)やX連鎖無ガンマグロブリン血症(X-linked agammaglobulinemia: XLA )を採り上げて来ました。三郎君の家族歴では、長男も母方の叔父も、生後半年くらいで発症していることに注目して下さい。免疫グロブリンの欠損または低値を伴う原発性免疫不全症候群であっても、胎盤を通して母胎から移行したIgGの存在により、生後数ヶ月は細菌感染症に対する抵抗性を保ち得ます。これについては、過去の事例の解説で何度も詳しく触れてきました。この点も、自己学習して下さい。

 一方、三郎君には生後2ヶ月から貧血が発症しています。貧血は、原発性免疫不全症候群に特徴的な所見とは言えませんが、合併症としてアレルギー性疾患が起こる場合、自己免疫性溶血性貧血を伴うことがあります。また、造血系腫瘍を合併する場合にも貧血を伴うことがあります。しかし、生後2ヶ月で原発性免疫不全症候群の合併症により貧血を示すことは稀でしょう。
 新生児・乳児の貧血にはどのような原因によるものが考えられるか、自己学習の課題として下さい。

 事例2 (水曜日に提示)
 主治医は三郎君の血液を用いて、Coombs試験を行いました。その結果は、直接Coombs試験も間接Coombs試験も、ともに陽性でした。一方、母親の血清を用いた間接Coombs試験は陰性の結果でした。直ちに洗滌赤血球の輸注と糖質コルチコイド(プレドニソロン)の投与が行われました。その後糖質コルチコイドをベタメタゾンに切り換えたところ、間接Coombs試験が陰性となり、貧血は改善しました。
 ところが、生後5ヶ月頃から一日800〜1,200 mlに及ぶ激しい水様下痢が始まり、通常の下痢止め薬は無効でした。三郎君の血清免疫グロブリン(Ig)G, IgA, IgM濃度は正常範囲内でしたが、抗平滑筋抗体が陽性でした。

 学生さんたちに挙げて貰いたかったキーワード

□ Coombs試験
□ 直接Coombs
□ 間接Coombs
□ 母親の検査
□ 赤血球輸注
□ 糖質コルチコイド
□ 生後5ヶ月
□ 激しい水様下痢
□ 免疫グロブリン
□ 抗平滑筋抗体

 学生さんたちに討論してもらいたかったポイント

Coombs試験ってどのような検査?
間接Coombs試験と直接Coombs試験はどこが違うの?
間接法と直説法の目的は?
郎君については間接法も直説法も行ったのに、母親については何故間接法しか行わないの?
母親が間接法で陰性であることの意味は?
三郎君は生後何ヶ月だっけ?
免疫グロブリンの半減期は?
血清中の免疫グロブリンで一番濃度が高いのはどのクラス?
糖質コルチコイドの作用は?
糖質コルチコイドと免疫反応にはどんな関係があるの?
抗平滑筋抗体って何?
抗平滑筋抗体はどうやって測るの?

 事例のねらいと解説
 先ず、月曜日に提示した事例1について、十分な討論を行って下さい。
 学生さんたちは、X連鎖原発性免疫不全症候群のいくつかを調べて来たでしょうか?無ガンマグロブリン血症や低ガンマグロブリン血症では細菌(特にグラム陽性菌)に対して易感染性となりますが、母体からの移行抗体の存在により、生後半年近くまでは症状が現れない場合が多いことを理解した学生さんが多いものと期待します。しかし、原発性の無ガンマグロブリン血症であっても、抗生物質と免疫グロブリン製剤が普及した現在、生後半年で死亡に至る例はそれ程多くないはずです。果たせるかな、事例2で三郎君の血清免疫グロブリン濃度は正常範囲内である(=無ガンマグロブリン血症ではない)ことが明らかとなります。それならば、T細胞の欠損或いはT細胞機能の異常症でしょうか?過去の事例 でも解説しているように、T細胞が欠損するような原発性免疫不全症候群では、出生直後からウイルス感染症による下痢や尿路感染による血尿、栄養吸収障害による発育遅延などを示す場合が多く、事例の家族歴とは少し異なるように思われます。
 貧血についてはどうでしょうか?三郎君の貧血が先天的な原因によるFanconi貧血であれば、心臓や腎臓、骨格系の奇形、或いは色素異常などを伴うはずですし、常染色体劣性遺伝ですので、発症者が男児に限られているのもおかしいと言うことになります。また、赤血球の膜タンパク異常や酵素異常による溶血性貧血、即ち遺伝性球状赤血球症やピルビン酸キナーゼ欠損症も、常染色体劣性遺伝です。グルコース6リン酸脱水素酵素(G6PD)欠損症 はX染色体連鎖ですが、この原因で発症する溶血性貧血は何らかの感染症や薬物投与が引き金となることが多く、乳児での発症は珍しいと言えます。また、この疾患はマラリア感染に対する抵抗性形質として選択されたと考えられ、マラリア流行地を中心に、世界中で4億人がG6PD異常遺伝子を持っているとみなされています。三郎君の家族歴や症状とは一致しません。
 事例1の最後に出て来た貧血について、学生さんたちは何を調べて来たでしょうか?恐らく、話題に上るのは血液型不適合による新生児溶血性疾患だと思います。学生さんたちが新生児溶血性疾患について調べていたら、事例2の解析に入る前に十分討論することが求められます。新生児溶血性疾患は、母児間に血液型不適合がある条件(実は、Rh型不適合よりもABO型不適合の方が多い!)で、何らかの原因により母体が子の血液型物資により感作され胎盤通過能のあるIgG抗体を産生した場合に生じる、子の貧血と黄疸を主徴とする病態です。出産前から母体のIgGが胎盤を通して胎児に移行していますので、出生直後から黄疸の持続や貧血、肝脾腫、末梢血中の赤芽球出現により気付かれるはずです。ましてや、胎盤による繋がりの切れた出生後に、母体のIgG抗体が子に移行し続けるはずはありません。出生直後の異常について何らの記載もなく、生後2ヶ月から貧血が生じたという三郎君に関する記述は、新生児赤芽球症とは相容れないのです。学生さんたちは、このことに気付いたでしょうか?

 そこで事例2です。Coombs試験に関する記述を見た学生たちは、「やはり!」と思うかも知れません。新生児溶血性疾患の検査として、Coombs試験はあまりにも有名です。ここではまず、直接Coombs法と間接Coombs法の違いをしっかり纏めて下さい。直接Coombs試験は、患児の赤血球表面に既に結合している抗血液型抗体を、(蛍光標識した)抗ヒト免疫グロブリン抗体と「直接」反応させることにより検出するものです。一方、間接Coombs試験では、問題の血液型抗原を持つ赤血球(例えば、Rh型D抗原の不適合例であれば、D抗原陽性のO型赤血球)を用意し、これに患児の血清、または母親の血清を反応させて洗った後、(標識)抗ヒト免疫グロブリン抗体を反応させます。既に患者赤血球に結合している抗体を「直接」検出するか、血清中の抗赤血球抗体を一旦標的赤血球と反応させ、その後二次抗体により「間接に」検出するかの違いがあります。学生さんたちは、この方法論に関する図を描けなくてはいけません
hemolysis.gif 因みに、抗赤血球抗体により「溶血性」貧血になるのであれば、抗体が結合した赤血球は「溶けて」しまい、直接Coombs試験で陽性となる細胞が検出出来るはずは無いと思いませんか?もしこのような疑問を持つ学生がいたら、その人には高い点数を上げたくなります。実際には、「溶血」と言っても血管内で赤血球の細胞膜が破壊され、赤血球が「溶ける」訳ではありません。赤血球の細胞膜に抗体が結合すれば、当然補体も活性化しますが、補体活性化の最終産物である膜侵襲複合体(membrane attack complex: MAC)は、同種細胞の膜には潜り込むことが出来ません。これは、同種制限因子であるCD59の働きによります。「溶血」は実際には、脾臓や肝臓のマクロファージ系細胞が、Fc受容体やC3b受容体を介して抗体で被覆された赤血球を貪食することにより進行するのです(左図)。

 ヒト血清中の免疫グロブリンの半減期は、IgG1, IgG2, IgG4が20日前後、IgG3は一週間程度、IgM, IgAは5〜6日とされます。従って、もしも三郎君が新生児溶血性疾患の患児であるとしても、生後2ヶ月になれば母体から移行した抗血液型抗体の濃度は既に1/10以下に低下しているはずです。また、母親を間接Coombs法で調べた結果は陰性でした。つまり、三郎君の貧血は、母児間の血液型不適合による新生児溶血性疾患ではないことになります。新生児溶血性疾患ではないCoombs試験陽性の貧血とは何かと、学生たちに考えてもらいたい訳です。また、抗平滑筋抗体は、平滑筋細胞のアクチン分子と反応する自己抗体で、自己免疫性肝炎 の患者で頻繁に出現します。ここでは、多彩な自己抗体の一環として抗平滑筋抗体の存在が気付かれています。

 事例3 (第2週 月曜日に配布)
 治療に反応しない下痢の原因を明らかにするため、主治医は三郎君の血清を用いて蛍光抗体法による自己抗体の検出を試みました。血液型がO型の患者さんから手術時に摘出された小腸より、病変がない周辺部分を選び、本人の同意を得て凍結切片とし、これに三郎君の血清を段階希釈して反応させ、さらに蛍光標識抗ヒト免疫グロブリン抗体を反応させました。その結果、三郎君の血清からは、300倍以上に薄めても小腸絨毛部の正常上皮細胞と反応するIgGが検出されました。対照として用いた三郎君の健常な兄の血清は、ヒト小腸の凍結切片とは反応しませんでした。
 さらに、三郎君の尿中には一日1〜2 gのグルコースが検出され、血糖値も130〜150 mg/dlと上昇していました。

 学生さんたちに挙げて貰いたかったキーワード

□ 下痢
□ 蛍光抗体法
□ 自己抗体
□ 本人の同意
□ 血液型
□ 凍結切片
□ 段階希釈
□ 小腸絨毛上皮
□ 対照
□ 尿中グルコース
□ 血糖値

 学生さんたちに討論して貰いたかったポイント

どうして手術で取り出された小腸を勝手に使ってはいけないの?
インフォームド・コンセントって何?
血清を段階希釈したのは何故?
自分自身の小腸絨毛上皮と反応する抗体があるとは、どういうこと?
貧血や「抗平滑筋抗体」との関係は?
どうして血液型O型の切片を使うの?
三郎君の血糖値は正常?
糖尿病について勉強したことを憶えている?
下痢との関係はどうなのだろうか?

 事例のねらいと解説
 いよいよ、事例の本質 に迫り始めます。
 先ず先週の事例1,事例2を纏めるところから始めて下さい。三郎君はX連鎖劣性遺伝の何らかの疾患を持っている可能性が考えられます。そして、三郎君の兄も叔父も、生後半年程度で下痢を起こすようになって亡くなりました。三郎君は生後二ヶ月からCoombs試験陽性の貧血を示すようになりましたが、発症時期から考えても、母親の血清が間接Coombs試験陰性であることからも、新生児溶血性疾患とは考えられません。従って、(若年発症の)自己免疫性溶血性貧血と考えることが必要です。そう考えれば、抗平滑筋自己抗体の出現も多彩な自己抗体産生 の一環として理解出来ます。重篤な自己免疫性溶血性貧血の治療法として、糖質コルチコイドの投与は標準的です。糖質コルチコイドの免疫抑制作用については、第3週のコースでも学びますが、基本的なことは事例2から自己学習が出来ているはずです。

 そこで事例3に入って下さい。ここでは、さらに多彩な自己免疫現象に関する記載が始まります。
immunohistog.gif 蛍光抗体法による抗小腸絨毛上皮自己抗体の検出は、些か特殊な例を挙げているように思われるかも知れません。ここでの狙いは、組織切片と蛍光(或いは酵素)抗体法を用いて自己抗体を検出するという、技術上の概念を理解することです。学生さんたちは、既に先週の実習で血球凝集反応を経験し、今週は蛍光色素で標識した抗体を用いて、FACS解析の実体験 もします。勿論、Coombs試験について自己学習した過程で、蛍光抗体法の概念を掴んでいるはずです。そこで、事例における具体的な記述を手掛かりに、組織切片を用いた蛍光抗体染色、即ち免疫組織化学法の考え方と具体的な手法を理解してほしいのです。
 各種の自己免疫疾患で、血清中の自己抗体が検査されます。事例2の抗平滑筋抗体について学生さんたちが自己学習してきたであろう通り、大多数の自己抗体は、現在では精製した、場合によっては遺伝子操作の手法で作られた抗原を用いて、ELISA法などで定量されます。これは一見極めて科学的な検査のように思えますが、重大な問題が潜んでいます。それは、「測定キットが手に入る抗原」に対してしか、検査データが得られないということです。また、いろいろな疾患で「入手可能な測定キット」による自己抗体価の検査が実施出来ますが、検出された自己抗体が、本当に病態の形成にとって重要な役割を果たしているかどうかは判りません 。疾患病態の形成に重要な自己抗体ではなく、組織傷害が起こってしまった結果、二次的に産生された自己抗体を検出しているに過ぎない可能性もある訳です。全身性エリテマトーデスで検出される抗DNA抗体が、本当にDNAを抗原としているのか、糸球体腎炎の病変形成に、抗DNA抗体が必要十分な組織傷害因子であるのかなどは、代表的な疑問です。その意味で、患者(患児)血清中に「病変の起こっている組織そのものと反応する自己抗体」を検出することが、特に「臓器特異的自己免疫疾患」では、病態理解により重要と言える訳です。この目的を実現するのに最も直接的な検査法は、正常標的組織を用いた蛍光(或いは酵素)抗体法です(上の図は、患者由来の標識免疫グロブリン分子を用いた、唾液腺導管上皮反応性自己抗体検出の自験例)。
 学生さんたちには、事例3を足掛かりに、凍結切片を用いた蛍光抗体法の方法論を考えて下さい。また、その場合に「正常組織」をどのようにして入手するのか、手術時に患者さんから採取した組織の一部を黙って使ってはいけないのかなど、医療倫理やインフォームド・コンセントについても考えて下さい。O型の患者組織を選んだのは、勿論ABO式血液型抗原に対する自然抗体の影響を除くためです。血液型抗原と、これに反応する「自然抗体」の由来を考えるのにも良い機会です。また、このような実験を行う場合に必要な陰性対照についても、十分に理解して貰いたいと思います。

 ところで、三郎君は尿糖が陽性で、血糖値も上昇しています。乳児の血糖値は、正常で91±9mg/dlです。ということは、三郎君には糖尿病があることが考えられます。糖尿病については、既にUnit 6の第3週で事例を扱っているはずです。T型糖尿病とU型糖尿病の違いも自己学習したはずです。この時の知識を思い起こさせて下さい。T型糖尿病は、どのような機序で起こるのでしたか?

 事例4 (第2週水曜日に提示)
 三郎君の末梢血白血球数は 16,400/µlと増加しており、その分画は顆粒球が62%、リンパ球が25%、単球が11%でした。CD8陽性Tリンパ球数は正常範囲内でしたが、CD4陽性Tリンパ球数は 2,300/µlと増加していました。また、CD4とCD25が共に陽性の細胞が、ほとんど全く検出されませんでした。8年前に亡くなったAさん夫妻の長男に関する剖検記録を取り寄せたところ、膵臓に多数のリンパ球が浸潤していたとの記載がありました。

 学生さんたちに挙げて貰いたかったキーワード

□ 白血球増多
□ 白血球分画
□ CD4陽性Tリンパ球
□ CD8陽性Tリンパ球
□ CD4陽性Tリンパ球の増加
□ CD4陽性CD25陽性細胞
□ 膵臓へのリンパ球浸潤

 学生さんたちの討論で採り上げてほしかったポイント

正常の末梢血白血球数は?
末梢血白血球に占める顆粒球・リンパ球の割合は?
末梢血では通常CD4陽性T細胞とCD8陽性T細胞のどちらが多いの?
CD4陽性T細胞数の正常範囲は?
CD4陽性T細胞とCD8陽性T細胞の機能の違いは?
CD25とはどのような分子だろう?
一つの細胞でCD4とCD25を同時に検出する方法は?
三郎君の病態と、亡くなったお兄さんの組織病変の関係は?

 事例のねらいと解説
 先ず事例3までを纏めましょう。三郎君はX連鎖劣性伝の何らかの免疫疾患を持っている可能性があり、新生児溶血性疾患とは異なるCoombs試験陽性の自己免疫性溶血性貧血を発症し、生後5ヶ月から激しい下痢を起こすようになりました。そして、三郎君の血清中には小腸絨毛の上皮細胞と反応する「自己抗体」が検出されます。抗平滑筋抗体も陽性ですから、多彩な自己抗体を伴う乳児の自己免疫疾患であると言うことになります。また、尿糖が陽性で、血糖値も上昇していました。
 事例4で、三郎君は末梢血のCD4陽性T細胞数が多いこと、しかしCD4陽性CD25陽性のT細胞は欠損していることが気付かれます。小児の白血球数は年齢により大きく変動しますが、大まかに言うと若年程多く、1歳児では10,400±2,600/µl前後、2歳児で9,300±2,600/µl前後、その後ゆっくりと低下していき、10歳児で7,500±1,600/µl前後とされます。16,400/µlというのは、成人であれば白血球増多症で、何らかの感染症を疑うことになりますが、生後半年なら極端な増多症とは言えません。しかし、白血球の分画は異常です。生後2年目くらいまでの乳児では、末梢血白血球に占める各分画の割合はリンパ球優位であるのが普通で、生後5ヶ月から8ヶ月ではリンパ球が70%、2年で50%、13歳くらいで40%になります。従って、三郎君の末梢血では顆粒球増多症 が起こっています。これは、小腸絨毛上皮細胞の破壊により上皮バリアが破れ、腸内細菌が粘膜下に入り込んでいますので、当然の結果です。
 リンパ球の実数はどうでしょうか?成人では末梢血白血球のおよそ35%がリンパ球、うちCD4陽性T細胞が5割程度を占めますから、計算するとCD4陽性T細胞数は1,000/µl程度になるのが判ります(学生たちは、今週の実習でFACSを用いて、自分たちの末梢血中のCD4陽性T細胞の割合を実際に調べます)。これが500/µl未満となると日和見感染症の症状が現れ始めることは、昨年の事例でも解説しました。小児の場合は、元々末梢血白血球に占めるリンパ球の割合が高いので、CD4陽性T細胞数はより多くなります。文献(Hazenberg M. D, et al.  Blood 2004; 104 :3513-3519)によれば、健常な小児(平均年齢5.5歳)の末梢血CD4陽性T細胞数は、およそ1,500/µlとあります。この数値から考えると、三郎君の末梢血CD4陽性T細胞数は多いのがわかります。
 CD4陽性CD25陽性T細胞が、この事例の焦点です。この細胞の意義については、事例5の後で詳しく解説します。CD25はIL-2受容体のα鎖です。通常のTリンパ球では、抗原受容体からのシグナルによってCD25(=IL-2Rα)の発現が誘導され、細胞の活性化と分裂増殖が始まります(これは講義でも触れました)。ところが、ヒトやマウスの末梢血や各種組織中には、抗原受容体からの刺激の有無に関わらず、構成的にCD25を発現しているCD4陽性T細胞 が少数存在します。三郎君はこの細胞が欠損している訳です。事例に関する臨床所見や検査データの記載だけでは、この事例の病因にはなかなか到達出来ないと思いますので、この段階で鍵となる病態を明記することとしました。即ち、三郎君の末梢血中にはCD4陽性・CD25陽性の「制御性T細胞」が欠損しているのです。

 事例3で出て来た糖尿病については、その原因に繋がる記載が現れました。同じように乳児期に死亡した兄の剖検所見です。膵臓に多数のリンパ球浸潤を認めたと言うことです。T型糖尿病の原因は、ランゲルハンス島の自己抗原に対する免疫応答の成立と、活性化したCD4陽性エフェクターT細胞によるβ細胞の破壊 です。三郎君の糖尿病は、ラ氏島炎で説明出来るのでしょうか?これと、自己免疫性溶血性貧血や、下痢との関係はどうなっているのでしょうか?
 特徴的な病態が出揃いましたので、そろそろこの事例の本質に気付くところまで進めて欲しいと考えます。

 事例5 (第2週の金曜日に提示)
 主治医は三郎君にシクロスポリンAを投与することに決めました。一日4mg/kgの静注により下痢は改善し、尿糖は陰性となりました。現在も、腎機能をモニターしつつ慎重にシクロスポリンの投与を続けています。

 学生さんたちに挙げてほしかったキーワード

□ シクロスポリン
□ 下痢の改善
□ 尿糖陰性
□ 腎機能

 学生さんたちの討論で採り上げてほしかったポイント

シクロスポリンはどこに効くの?
シクロスポリン投与で抑制されるのはどの細胞の機能?
下痢が治ったのはどうして?
何故腎機能をモニターする必要があるのだろうか?

 事例全体の解説

 今回採り上げた事例は、X染色体上のFoxp3遺伝子の異常により起こる、「X染色体連鎖免疫調節異常・多発性内分泌障害・腸症症候群(Immune Dysregulation, polyendocrinopathy, enteropathy, X-linked: IPEX」の一家系です。事例の記載は日本人症例(Satake, N., et al.  Eur. J. Pediatrics 1993; 152:313-315)の記述を基に、一部改変を加えています。IPEXは、男児に生ずる、まれで通常は致死的な疾患であり、事例の如く難治性下痢・魚鱗癬様皮膚炎・インスリン依存性糖尿病・甲状腺炎・溶血性貧血の併発を特徴とします。オリジナルの文献に報告された症例では、初発症状として自己免疫性の甲状腺機能低下症が記載されています が、学生さんたちの議論を行動目標に集中させるため、省略しました。
 IPEXが注目されるのは、「末梢免疫寛容」に重要な働きを示すと言われ続けてきた「制御性T細胞(regulatory T cells: Treg)」の分化異常が、実際にヒト疾患に結び付く ことを示しているからです。多くの原発性免疫不全症候群がそうであるように、一般の臨床医は一生に一度も出会うことがないであろう稀な疾患ですが、その病因・病態を理解することが免疫系の正常機能を理解することに繋がるという好例です。
  私たちが行う免疫学の講義では、これまで制御性T細胞に触れることはありませんでした。今年のUnitにおける講義・実習でも、制御性T細胞について直接解説を行う機会はありません。自己寛容のしくみについては、あくまでも胸腺と骨髄における自己反応性レセプターの排除を中心に解説し、「末梢寛容」については殆ど触れません。その部分を自己学習して貰うのが、この事例の狙いです。
 T細胞受容体レベルでの自己反応性除去については、第2週の講義で詳しく解説します。所謂T細胞抗原受容体の負の選択(negative selection)ですが、この機構だけでは自己抗原と反応するTリンパ球を完全に除去することが出来ないのは明らかです。実際、胸腺におけるT細胞受容体の選択は、「自己+自己正常タンパク質由来ペプチド」を基準として正の選択と負の選択が同時に起こる訳ですから、ランダムに形成されたT細胞受容体レパトアの中で、連続的に変化する自己MHC+自己正常ペプチドとの結合力に、ここからが自己反応性という画然とした境界線が引けるはずもありません。TCRはそもそも、自己MHC分子の上に何らかのペプチドが提示された構造と多少とも反応性を持たなければ役に立つ受容体でない(正の選択)以上、末梢に出た成熟Tリンパ球の受容体は、本質的に自己MHC+自己正常ペプチドとごく弱い反応性を残しているのが当然 と言うことになります。
 二次リンパ組織に出た成熟Tリンパ球が、正常自己タンパク質由来ペプチドを認識して活性化することにより生じた「自己反応性エフェクター細胞」を、その作用の現場で抑え込んでいるのが、制御性T細胞であると考えられています。制御性T細胞は、CD4陽性T細胞に属し、非自己抗原由来ペプチドを強く認識して活性化する(通常の)CD4陽性T細胞と同じく、胸腺で分化します。両者の違いは、制御性T細胞が最初からCD25即ちIL-2受容体のα鎖を発現していること、これに対して、外来抗原由来のペプチドを認識する(CD25陰性性の)CD4陽性T細胞は、樹状細胞からの抗原提示を受けて初めてIL2受容体α鎖を発現するようになる ことです。従って、以前Tregは、末梢に存在する「CD4陽性・CD25陽性細胞」として分画されていました。
 Tregの存在がはっきりと捉えられるようになったのは、マウスを用いた臓器特異的自己免疫病変誘発の実験からです。三重大学医学部の教授から愛知県がんセンター研究所に転じた西塚泰章(西塚泰美 元・神戸大学長の実兄)らは、胸腺の生理的機能を明らかにするため(正確には、マウス乳癌ウイルスによる発がんにリンパ球が果たす役割を解明するため)、新生仔の胸腺を摘出する実験を行いました。出生直後に胸腺摘出を行うと、免疫不全状態となり、通常の飼育条件では感染症を起こして死亡します。これは、胸腺がT細胞分化の場であるから当然です。ところが、生後3日で胸腺摘出を受けたマウスは、免疫系がほぼ正常に発達し、通常の飼育条件でも対照マウスとほぼ同じ寿命を全うします。このことは、マウスの場合、その一生(約2年間)に出会う可能性がある環境中の微生物抗原ほぼ全てに対応可能なT細胞受容体レパトアが、生後3日までに胸腺で形成され尽くして末梢リンパ組織に用意されることを意味します。ところが、生後3日での胸腺摘出を受けたマウスでは、その後卵巣にリンパ球浸潤が起こり、エストロゲン産生細胞が破壊されて子宮が萎縮していたのです(Nishizuka, Y. and Sakakura T.  Science 1969; 166:753-755)。この卵巣破壊のしくみを解析する過程で、生後3日で胸腺摘出を受けたマウスに生後14日までに同系マウスから胸腺移植を行えば卵巣破壊が防げること、生後7日以降の同系マウスから脾細胞やリンパ節細胞を移入することも発症防止効果があること、マウスの系統によっては、同じ方法(day 3 thymectomy)でリンパ球浸潤を伴う自己免疫性の甲状腺炎や胃炎が発生することなどが、次々と明らかにされていきました。上記の胸腺移植実験は、現在の知識で解釈すれば生後7日以降の胸腺から、末梢免疫寛容に関わるTreg細胞が生み出される と言うことになる訳です。
 後に西塚のグループに加わった坂口志文は、この実験系を細胞免疫学的観点から詳しく解析し、やがて独立して、ついに胸腺に由来して末梢免疫寛容を担っている細胞はCD4陽性CD25陽性Tリンパ球であることを突き止め、Tregの概念を提唱しました。マウスでもヒトでも、末梢リンパ組織中のCD4陽性T細胞のうち、5〜10%がCD4陽性CD25陽性T細胞です。現在では、これら制御性T細胞は、CD25陰性の(通常の)CD4陽性T細胞に較べて自己抗原由来ペプチドにより高い親和性を示す受容体を持つこと、T細胞受容体を介する刺激に対して殆ど増殖反応を起こさないが、周囲のエフェクターT細胞機能を細胞接着依存性に抑制する ことが明らかとなっています。問題は、TregのマーカーであるCD25が、IL2受容体α鎖であり、これは通常の(ヘルパー機能を発揮するようになる)CD4陽性T細胞が抗原刺激によって活性化した場合にも発現する分子であるため、活性化したCD4陽性T細胞とTregとを画然と区別することが困難な点でした。
 一方、X染色体連鎖の奇妙な表現型を示すScurfyと呼ばれるマウスの系統が知られていました。scurfy (sf)変異の表現型は、魚鱗癬様の皮膚肥厚と消耗症候群で、肝脾腫があり、肝臓や皮膚に激しいリンパ球浸潤が見られます。また、抗DNA抗体は陰性ですが、Coombs試験陽性の自己免疫性溶血性貧血(!)を示します。sf変異の責任遺伝子はX染色体にマップされ、ついにforkhead familyの転写制御因子Foxp3の構造遺伝子であることが明らかにされました(Brunkow, M. E. et al.  Nat. Genet. 2001; 27:68-73)。トランスジェニックマウスとの交配により正常のFoxp3遺伝子を導入したScurfyマウスは、上記の病変を示さなくなり、Foxp3を過剰発現するマウスでは胸腺におけるTリンパ球の分化は正常であるにも関わらず、末梢での活性化が妨げられるため、Tリンパ球数が著しく減少することが示されました。実際、Foxp3 過剰発現マウスのTリンパ球は、抗原刺激を加えてもIL-2を産生しません。
  その後、CD4陽性CD25陽性制御性T細胞はFoxp3を発現するが、他のTリンパ球はこの分子を発現しないこと、CD4陽性CD25陰性の通常T細胞にウイルスベクターを用いて強制的にFoxp3発現を誘導するとTreg様の機能を示すようになること、Foxp3遺伝子を破壊したノックアウトマウスではTregが分化しないことなどが次々と証明され、現在ではFoxp3発現がTreg分化の必要十分条件 であることが明らかとなっています。

 IPEXはFoxp3遺伝子に突然変異を持つヒト個体に発生する疾患です。Foxp3タンパク質は転写抑制因子(リプレッサー)として機能し、Tリンパ球の活性化を抑制します。Foxp3の結合する配列はIL-2やGM-CSFなどサイトカイン遺伝子上流のNFAT結合部位にあり、Foxp3を過剰発現させたヒトTリンパ球細胞株では、抗原受容体刺激に対するIL-2産生が低下します。また、Foxp3分子がTリンパ球活性化に関与する転写制御因子NF-κBやNFATと直接結合して、これら因子によるIL-2, IL-4, INF-γの転写活性化を抑制するというデータもあります。このため、Foxp3を発現するTreg細胞では、抗原受容体からのシグナルに対して殆ど全くIL-2産生が起こらず、増殖反応も示さない ことになります。一方Treg細胞では常時構成的にCTLA-4 (CD152)が発現しています。CD152はT細胞活性化に関与する副刺激分子CD80/CD86の抑制性リガンドであり、抗原刺激により活性化した(通常の)T細胞に対して、その機能を抑制するシグナルを与えます。Tregが細胞接着依存性にT細胞活性化を抑制する、少なくとも一部のメカニズムは、構成的なCD152発現にあると考えられています。
  IPEX症例の多くでは、Foxp3遺伝子の機能性ドメインをコードする領域に点突然変異や欠失が認められます。最も多いのは、DNA結合に直接関与することが知られているforkheadドメインのアミノ酸置換を起こすような変異です。一方、一部のIPEX症例では、Foxp3 遺伝子の発現調節領域に変異があると考えられています。このような変異のためFoxp3分子の機能に障害を生じ、Tregが分化せず、よって抗原特異的に活性化したTリンパ球の機能を抑制する機構が失われ、過剰な免疫応答による自己免疫病態が生じるものと考えられます。実際、IPEX症例の末梢血ではCD4陽性CD25陽性Treg細胞が欠損しています。但し、上記のようにFoxp3 過剰発現状態では通常のT細胞でも活性化に関与するサイトカイン遺伝子の発現が抑制されますから、Foxp3の機能異常と自己免疫病態の形成とが、全てTreg分化の欠損だけで説明出来るのか、Treg以外の細胞におけるFoxp3機能の欠損も関与するのかは、未解決の問題と言えます。

 事例では、シクロスポリンの投与により病態の改善が認められました。T細胞抗原受容体の下流シグナル伝達については、講義でも解説しました。シクロスポリンはNFATの脱リン酸化による核内移行を制御するカルシニューリンの機能を阻害する薬剤です(下の図)。NFATの転写誘導活性を阻害することにより、Tリンパ球の活性化を特異的に抑制出来ますから、結果としてTregの欠損を補うことになる訳です。三郎君の場合、これにより自己免疫反応が抑制出来ました。但し、シクロスポリンには腎毒性がありますので、副作用を防ぐために血中濃度をモニターしながら投与します。これについては、後に薬理学のコースでも学ぶことになるはずです。

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参考:
OMIMにおけるIPEXの記述

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