こんなことをやっています!

HIV(ヒトのエイズウイルス)・SIV(サルエイズウイルス)と、マウスのレトロウイルスに対する免疫反応を制御する宿主側の遺伝子を同定し、その機能を明らかにすること、およびこれらレトロウイルス遺伝子産物上で免疫系細胞、特にTリンパ球が認識する抗原エピトープの構造を明らかにし、それを感染防御ワクチンに応用することが、私たちの主要な研究テーマです。

目次:
 シチジンデアミナーゼAPOBEC3は両刃の剣か?
 二匹目のドジョウは大きかった
 マウスAPOBEC3の生理機能を巡る意外な大競争
 HIV曝露非感染者の遺伝的背景

シチジンデアミナーゼAPOBEC3は両刃の剣か?

 2008年に米国のWarner Greeneらと我々とが同時に発見したマウスAPOBEC3の機能的な遺伝子多型ですが、実は系統間の遺伝子多型がどのような表現型の差を生むかについては、両グループの記述に齟齬がありました。我々は、レトロウイルス感染抵抗性のC57BL/6 (B6)やC57BL/10系統では、感受性のBALB/cやA系統に比べて1)APOBEC3 mRNAの発現量が5倍以上高く、2)転写産物の大半がexon 5を欠く(Δ5)こと、そして3) N-末端側のアミノ酸配列に数カ所の違いがあり、B6とBALB/cの遺伝子産物でN-末端側を相互置換すると、その配列がB6型の時、ウイルス複製抑制活性が高くなることを記述しました。それに対してGreeneらは、発現量の差は無いとし、BALB/cやA系統のAPOBEC3が低機能になるのは、exon 2を欠く転写産物が多く発現するためであると記載していました。
 この両グループの表現型記述の差については、二つの論文が発表された直後から世界の複数のグループが追試を行い、フィラデルフィアの
Susan RossらやロンドンのMichael Neubergerらが、抵抗性系統でmRNA発現量が高く、exon 5が欠損しているという我々の記述を支持、Rossらはさらに、感受性系統でのexon 2欠損転写産物発現は極めて微量であることを指摘してくれました。また、NIHのChristine KozakらはN-末端アミノ酸配列多型の重要性を進化の面から明らかにしてくれました。これらの現実の前に、Greeneらも最初の論文における自分たちの表現型記述の誤りを認めざるを得なくなり、最近の論文で、「2008年の論文ではreal-time PCRにおけるハウスキーピング遺伝子の定量に初歩的なミスがあり(!)、系統間の発現量の違いを見落としていた。抵抗性系統で発現量が高いというRossら、Neubergerら、宮澤らの記述を追認する」と認めました。しかし一方で、「種々の試みにも関わらず、mRNA発現量の差がタンパク質発現量の差に結び付くかどうかは確認できなかった」と述べ、相変わらず「抵抗性のB6系統では、exon 2欠損型が発現しなくなっていることが高機能の原因ではないか」と言い続けていました。
 
今回我々は、APOBEC3遺伝子多型がタンパク質レベルでどのような表現型の差を生むのかと、抵抗性系統でexon 5欠損型が主体となる遺伝子レベルでのメカニズムを明らかにしました。その要点は、1)抵抗性系統では転写レベルだけでなく、タンパク質レベルでも、感受性系統に比べてAPOBEC3発現量が高い、2)その理由の一つは、exon 5欠損型mRNAがexon 5を含むmRNAに比べて高い翻訳効率を示すためである、3)抵抗性系統で転写産物がΔ5主体となる理由は、従来予想されていたexon 5のすぐ上流のsplicing acceptor部位多型もさることながら、これまで全く予想されていなかったexon 5内部の一塩基多型がスプライシング制御に極めて重要な役割を果たすためである、の3点です。
 我々がこれらの結論を得ることが出来たのは、李研究員と博多助教がin vitro transcription/translation系と、ゲノムクローンを使ったin vitro splicing系を駆使した成果ですが、タンパク質検出については、宮澤が昔ながらの免疫学者の智恵を発揮して、ポリクローナル抗体をAPOBEC3欠損マウスの脾細胞抽出物で吸収するという「裏技」を使ったことも大いに役に立ちました。
 ところで、APOBEC3タンパク質発現量とexon 5の有無を決定するスプライシング制御部位多型が同定された段階で、宮澤はそれがマウスの進化の中でいつ頃獲得されたものかを明らかにしたいと考えました。早速李と博多が少数の野生マウス系統由来ゲノムDNAを調べたところ、この部位の遺伝子多型が齧歯類の進化を通じて二つのグループに分かれたらしいことが見えてきました。そこで直ちにNIHのChristine Kozakに共同研究を持ちかけたところ、彼女は大いに興味を持って、多数の野生マウス系統のゲノムDNAとcDNAを解析してくれました。その結論は、1)現存マウスの祖先は、exon 5発現を欠くAPOBEC3遺伝子型を有していた、2)およそ50〜100万年前に、exon 5を発現するような遺伝子多型を獲得した種と、
intron 2へのレトロウイルスLTR挿入によりexon 5欠損型をより多量に発現するようなった種が出現し、3)それらが地理的に異なる領域に分布していった、ということです。

Summary Picture

APOBEC3遺伝子多型の地理的分布
Li, J.
et al. PLoS Pathog 8: e1002478, 2012のデータに基づく

 ところで、exon 5を含む「全長型」APOBEC3は発現量が低く、そのN-末端側アミノ酸配列も低機能型である訳ですから、exon 5を欠く高機能型のAPOBEC3遺伝子を持っていた祖先マウスから、わざわざexon 5を含むAPOBEC3を少量だけ発現するようになった遺伝子型が獲得され、しかも北アフリカから西ヨーロッパにその遺伝子型が広く分布しているというのは、「外来性のレトロウイルスに対抗するため、哺乳動物はAPOBEC3を獲得した」という従来の概念(常識?)と矛盾します。これは一体どうしたことなのでしょうか?
 この矛盾(?)を解く鍵は、多分マウスにおける感染性内在性レトロウイルスの分布にあります。北アフリカや西ヨーロッパに分布するマウスでは、感染性の内在性レトロウイルスは検出されず、一方カスピ海東岸から東ヨーロッパに分布するマウスには、異種指向性の感染性レトロウイルスが検出されます。そこで、Christine Kozakと我々の仮説はこうです:

 元々高機能型のAPOBEC3遺伝子を持っていた祖先マウスは、インド亜大陸周辺からカスピ海東岸を通って東ヨーロッパへと分布していく過程で、(多分異種由来の)感染性レトロウイルスによる脅威に曝された。このとき、APOBEC3遺伝子自体のintron 2に異種指向性レトロウイルスのLTRを獲得した個体の子孫は、APOBEC3がより大量に発現するようになり、感染性レトロウイルスの脅威に打ち勝つという進化上の優位性を獲得して、東ヨーロッパに広く分布した。一方で、中東から地中海沿岸へと移動したマウス群は、感染性レトロウイルスによる脅威に曝されることが無かった。感染性レトロウイルスによる脅威が無い条件では、高機能型のAPOBEC3を発現していることは何らかの不利を生む(それは恐らく、APOBEC3酵素の機能が、転写時における一本鎖DNAの修飾という形で、ゲノム同一性に対する脅威となることであろう)。このため、感染性レトロウイルスの脅威に曝されなかった個体群では、むしろAPOBEC3の機能が低いことが進化上有利となり、そのような個体の子孫が北アフリカから西ヨーロッパに広く分布することとなった。

 この仮説の正否は、今後の研究により明らかになるものと思います。


二匹目のドジョウは大きかった
APOBEC3はBリンパ球をレトロウイルス感染から護り、抗体産生を維持する

 2008年に明らかになった、米国Gladstone Institute of Virology and ImmunologyのWarner GreeneらおよびNIH/NIAIDのKim HasenkrugらとのAPOBEC3を巡る研究競争ですが、その第2ラウンドは私たちの圧勝となりました
 マウスAPOBEC3が同種由来レトロウイルスに対する生理的な感染抵抗性因子であり、抵抗性のAPOBEC3対立遺伝子を持つC57BL/6 (B6)/B10系統のマウスではフレンド白血病ウイルス感染後早期に中和抗体が産生されること、一方感受性の対立遺伝子を持つBALB/cやA系統のマウスではウイルス複製がB6マウスの100倍ほど促進され、長期にわたりウイルス血症が持続することを、Greeneら我々はほぼ同時に報告しました。その際、Greeneらは感受性系統でexon 2を欠く転写産物が多量に発現することが低機能の原因であるとしていましたが、我々は抵抗性のB6/B10マウスでAPOBEC3遺伝子の発現量が約5倍高く、しかもN-末端側のアミノ酸配列に低機能のBALB/c型と違いがあることを指摘していました。BALB/cマウスで発現するexon 2欠損型はごく微量であり、我々が指摘したexon 5欠損型発現量の差がウイルス複製抑制により重要であることは、その後フィラデルフィアのSusan Rossらが確認し、我々の記載を支持してくれました。また、N-末端側アミノ酸配列の違いについては、NIHのChristine Kozakらが我々の報告を基礎に野生マウスを用いた進化論的解析を行い、B6型とBALB/c型とで多形の認められる残基が強い選択圧の下にあること、それら残基が一本鎖DNA結合溝の表面に露出していることを明らかにしてくれました。
 残された重大な疑問の一つは、ウイルス複製抑制因子であるAPOBEC3の遺伝子多型が、如何にしてウイルス中和抗体の産生制御に結びつくかという仕組みです。Greeneらは2008年の論文で、「免疫グロブリン分子抗原結合部位の体細胞高頻度突然変異とクラススイッチに関わるAIDとAPOBEC3は、ともに一本鎖DNAを標的とするシチジンデアミナーゼであり、APOBEC3遺伝子多型がウイルス抗原エピトープを認識する抗原結合部位の形成に関与している可能性がある」と考察していました。もしこんなことがあるならば、免疫グロブリン遺伝子の多様性形成機構に新たな一石を投じることになります。しかし、我々は上記のAPOBEC3遺伝子多型を発見する以前から、ウイルス血症が持続するA系統のマウスでも、ウイルス中和抗体産生能力が完全に欠損している訳ではないこと、即ちウイルス抗原を認識する抗原結合部位の形成に問題がある訳ではないことを知っていました。それは、A系統のマウス(本来MHCハプロタイプはH2a)に、B6マウスと同じH2bのMHCハプロタイプを入れてやると(congenicマウスと言います)、フレンドウイルス感染後に中和抗体を産生するようになり、さらに予めワクチンを接種しておけば、IgGクラスの中和抗体さえ産生するようになるという実験結果を持っていたからです。従って、APOBEC3遺伝子多型がウイルス中和抗体産生に与える効果は間接的なものであり、おそらく低機能性APOBEC3遺伝子型の下ではウイルス複製が過剰に進むため、免疫系の機能が抑制されるのであろうというのが我々の予想でした。
 正しい仮説を持っていれば検証の方向性は明確です。先ず、APOBEC3ノックアウトマウスでも、時間経過を追えばゆっくりとではあるが中和抗体が産生されること、予めペプチドワクチンを用いてヘルパーT細胞を活性化しておけば低機能性APOBEC3の存在下でも早期に中和抗体が産生され、ウイルス血症はなくなること、ウイルス抗原とは無関係な人工合成ハプテンに対する抗体産生は、クラススイッチも含めて、APOBEC3ノックアウトマウスでも野生型と全く同じに起こることを確認しました。
Pathogenesis of FV complex infection それでは、高機能型のAPOBEC3が欠損するマウスでは、どうして中和抗体の産生が遅れるのでしょうか?一つの可能性は、病原性のフレンドウイルス複合体が感染することにより、骨髄での造血が赤芽球産生に偏り、リンパ球や、特に抗原提示細胞に分化する細胞の数や機能に異常を生じること、または赤芽球の強い増殖によって脾臓やリンパ節の構造が乱れ、抗原提示細胞とT細胞や、T-B細胞間の相互作用がうまく行かなくなることです。これを検証するのは、我々にとっては簡単なことでした。病原性のフレンドウイルスは、赤芽球の増殖を誘導するが複製欠損性の脾限局巣形成ウイルス(SFFV)と、激しく複製するが細胞増殖は引き起こさないヘルパーウイルスF-MuLVの複合体です(右の図)。ウイルス複製だけが起こって、赤芽球の増殖が起こらないF-MuLVだけを感染させることで、レトロウイルスの複製が激しく起こるだけで中和抗体の産生が阻害されるのか、赤芽球の増殖誘導が必要なのかが区別できます。
 実際に試してみると、驚くべきことに高機能型APOBEC3を欠くマウスでは、F-MuLVを感染させるだけで中和抗体の産生が阻害されました。つまり、感受性のAPOBEC3遺伝子型を持つマウスでウイルス中和抗体の産生が遅れるのは、過剰なレトロウイルス複製の結果であり、高機能型APOBEC3の欠損が直接B細胞機能の異常に結びつき、そのため中和抗体が産生されず、ウイルス複製が亢進する訳ではないのです。
 それでは、APOBEC3機能欠損下での過剰なレトロウイルス複製が、一体どうして中和抗体酸性の遅れに結び付くのでしょうか?
 実は、マウスのAPOBEC3はBリンパ球に多く発現しています。抵抗性のB6マウスでは、Bリンパ球におけるAPOBEC3発現量がTリンパ球のおよそ3倍です。従って、APOBEC3機能欠損下ではF-MuLVはBリンパ球に選択的に感染し、複製します。その結果、末梢リンパ組織のBリンパ球は多クローン性に活性化し、これが中和抗体産生の妨げになると考えられます。また、興味深いことにAPOBEC3機能欠損下では、F-MuLV 感染によって、骨髄から二次リンパ組織に移動した直後のtransitional Bリンパ球が減少します。骨髄で造血幹細胞から分化したBリンパ球系統の細胞は、細胞表面にIgMを多く持ち、IgDが少ないtransitional Bリンパ球の段階で血流に入り、二次リンパ組織に移動します。このtransitional Bリンパ球は、二次リンパ組織の血管を出て、T細胞領域を通り抜け、濾胞へと移動していきます。Bリンパ球がT細胞領域を通って濾胞へと移動していくのは、濾胞樹状細胞の出すCXCL13に引き寄せられてのことですが、この際T細胞領域で樹状細胞やマクロファージなどが産生するB細胞分化・活性化因子BAFF (B-cell activating factor belonging to the TNF family)が作用すると、transitional Bリンパ球はIgD発現量の高い成熟Bリンパ球へと分化し、同時に濾胞に達して長期にわたり抗体産生を持続させる能力を獲得します。一方、T細胞領域を通過する間にそこにある自己抗原と(抗原受容体を介して)反応してしまったtransitional Bリンパ球は、BAFF受容体(BAFF-R)からの生き残りシグナルが遮断されてしまい、濾胞に達することなく死滅します。
 APOBEC3機能欠損下でF-MuLVが感染すると、このtransitional Bリンパ球が選択的に減少します。それはあたかも、T細胞領域でF-MuLV抗原が「自己抗原」として作用する様を見るようです。逆に、高機能性のAPOBEC3を持つマウスでは、F-MuLVを感染させてもtransitional Bリンパ球の減少は起こりません。即ち、APOBEC3はtransitional Bリンパ球をF-MuLV感染による死滅から護っていると考えられます。

transitb.jpg


 F-MuLV感染とtransitional Bリンパ球の関係は、BAFF-R欠損マウスを用いることによっても確認されました。高機能性のAPOBEC3を持っているマウスでも、BAFF-Rを欠損させるとF-MuLV感染でtransitional Bリンパ球が減少します。BAFF-Rの機能欠損によってtransitional Bリンパ球の生存能力が低下し、APOBEC3は正常に機能していてもレトロウイルス感染によりT領域で死滅したと考えられます。
 以上の結果を2009年11月に論文に纏めて投稿し、改訂の後2010年4月にはJ. Virol.にオンライン掲載されました(最終版はこちら)。ところが、またしてもGreeneらのグループがほぼ同様の仕事を独立に行っており、彼らの論文は2010年の6月になってJ. Immunol.にオンライン掲載されました。興味深いのはその論文のDiscussionの最後です。彼らはNote added in proof 校正時の追記)として、「この論文の投稿後に、Tsuji-Kawaharaらの論文がオンライン掲載された」として、我々の論文に言及し、ほぼ同じ結論を得ていることを述べています。しかし、よくよく見ると彼らの論文が投稿されたのは2010年4月8日であり、我々の論文のオンライン掲載の翌日です。二匹目のドジョウは我々がずっと早く手にしていたのでした

マウスAPOBEC3の生理機能を巡る意外な大競争

 私たちは長年にわたって、マウスレトロウイルス感染に対する宿主免疫応答を制御する宿主遺伝子の分子同定と、その機能解析を行ってきました。フレンド白血病レトロウイルス感染に対する自然抵抗性、およびワクチン誘導抵抗性を決定する主要組織適合性遺伝子複合体(MHC)領域の遺伝子座と、それによって制御される宿主免疫細胞機能は、殆ど全て我々の研究によって明らかにされてきたものです(最近の総説は、→ここを参照)。一方、これらMHC領域遺伝子による感染抵抗性が発現するためには、その前提としてウイルス中和抗体が作られることが必須です。ウイルス中和抗体の産生は明らかにT細胞依存性ですが、MHC領域の遺伝子以外に、非MHCの一つの遺伝子が、中和抗体産生の有無を制御していることが知られていました。それが、Rfv3と名付けられた遺伝子で、第15染色体上にマップされていました。
 Rfv3遺伝子の分子実体は長年にわたり謎でしたが、私たちが2005年にAIDS誌に発表した論文がきっかけとなって、エイズ研究者・レトロウイルス学者の間でこの遺伝子に対する興味がにわかに高まりました。それは、Rfv3遺伝子に相同なヒトの遺伝子が、エイズウイルス感染に対する自然抵抗性を決定している可能性を示していたからです。さらに、私たちが行った遺伝子マッピングの結果が、密かに大きな波紋を拡げていました。というのは、私たちがRfv3遺伝子の存在位置をマッピングした領域には、従来考えられていたようなBリンパ球あるいはTリンパ球の機能を直接制御するような遺伝子は存在せず、代わりにレトロウイルスの複製制御に関わるAPOBEC3タンパク質の遺伝子座が存在していたからです(下の図)。

mapping.jpg

Rfv3遺伝子の染色体マッピング Rfv3遺伝子が存在すると考えられる領域の中央に、APOBEC3遺伝子座がある。

 レトロウイルスは粒子内に逆転写酵素を持ち、ウイルス被膜が標的細胞膜と融合すると直後にこの酵素が活性化して、一本鎖RNAからなるウイルスゲノムが二本鎖DNAに変換されます。こうして生じたウイルスDNAは感染細胞の核に移行し、プロウイルスとして染色体に組み込まれます。哺乳動物細胞の持つシチジン脱アミノ化酵素(cytidine deaminase)の一種であるAPOBEC3は、逆転写の最初の過程で形成されたRNA/DNAヘテロ二重鎖を構成するマイナス鎖DNAについて、そのシトシンを脱アミノ化し、ウラシルに変換します。その結果、その後に合成されるプラス鎖DNAには、GからAへの塩基置換が生じることになります。即ち、APOBEC3はレトロウイルスを標的とするDNA変異誘導酵素として機能する訳です。プロウイルスゲノムに生じたGからAへの変異は、ウイルスゲノムの発現やウイルス遺伝子産物の機能に異常を生じさせ、一方で二重鎖の塩基置換によって生じたミスマッチは、逆転写産物の分解を促進すると考えられます。このため、APOBEC3は哺乳動物細胞の持つレトロウイルス抵抗性因子として機能することになります。
 ところが、レトロウイルスは(恐らくその急速な変異能力により)宿主のAPOBEC3に対抗するよう進化を遂げており、HIV(エイズウイルス)やSIV(サル免疫不全症ウイルス)など霊長類レンチウイルスは、vifと呼ばれる遺伝子を獲得することで宿主APOBEC3の作用を回避しています。Vifタンパク質は感染細胞内でAPOBEC3と結合して、そのウイルス粒子への取り込みを阻害し、一方でプロテアソーム分解を促進してAPOBEC3を減少させます。このため、ヒトのAPOBEC3群酵素のうち抗レトロウイルス活性の最も強いAPOBEC3Gは、vif遺伝子を欠くHIVの複製は抑制できますが、vifを持つ野生型のHIVの複製を抑制することは出来ません。同様に、マウスのレトロウイルスはマウス細胞のAPOBEC3に対して抵抗性を獲得しており、ウイルス粒子内へのAPOBEC3取り込みを阻害し、取り込まれたAPOBEC3を分解する能力を獲得していると考えられてきました。一方で、ヒトのAPOBEC3Gはマウスレトロウイルスに対して強い複製抑制効果を示し、逆にマウスのAPOBEC3はvifを持つ野生型のHIVに対しても複製抑制効果を示すため、APOBEC3酵素は異種由来のレトロウイルスに対抗するための手段である(が、レトロウイルスは自然宿主のAPOBEC3には対抗できる)と考える向きもありました。
 ところが、2007年にフィラデルフィアのSusan Rossらが、マウス乳ガンウイルスに対してはマウスAPOBEC3が強い複製抑制効果を示すという論文を発表しました。これにより俄に、マウスAPOBEC3のマウスレトロウイルスに対する複製抑制効果が注目を集め始めました。その頃、我々は全く独立に、マウスAPOBEC3がフレンドウイルス感染抵抗性因子であるという仮説を検証していました。この仮説は、上記の通り我々自身の遺伝子マッピングデータが「Rfv3遺伝子産物=APOBEC3」である可能性を示していたことに依拠しています。しかも、検証の初期に、フレンドウイルス感染抵抗性のC57BL/6 (B6)マウスと感受性が極めて高いBALB/cマウスとでは、脾臓や骨髄に発現するAPOBEC3 mRNAの量も、塩基配列も異なっていることが明らかになっていたのです。Rossの論文が発表された頃には、我々は既に試験管内の実験で、B6由来のAPOBEC3とBALB/c由来のそれではマウスレトロウイルス複製抑制活性が全く異なることを明らかにしており、2007年11月にウィーンで開催された国際学会ではRossの司会するセッションでそのことを発表して、「あなた達の見つけた系統差を知らずに、一番良く効くB6で実験をしていた私たちは、実にラッキーだった」と言われていました。
 しかし私たちは、試験管内での抑制効果だけではAPOBEC3の生理作用を検証したことにはならないと考え、ノックアウトマウスを用いた生体内実験を進めていました。フレンドウイルス感染に自然抵抗性のB6マウスからAPOBEC3遺伝子をノックアウトすると、感染感受性になることを示したかったのです。この実験は見事に成功し、APOBEC3をノックアウトしたB6マウスでは、フレンドウイルスの複製が100倍ほど促進され、病変も重くなることが証明できました。この仕事を纏めて論文を投稿しましたが、試験管内での実験に関して細かな追試を行うことを要求され、誰が見ても文句を言われないような実験結果を追加して、2008年9月はじめに改訂版を再投稿しました。再投稿した改訂版は、なんとその翌日にacceptされましたが、驚くべきことにその二日後のScience誌に、 「マウスのRfv3遺伝子はAPOBEC3をコードする」という論文が掲載されたのです。
 Science誌の論文はKim HasenkrugとWarner Greeneのグループの共同研究ですが、私のアメリカでのボスであったBruce Chesebroも共著者となっています。Kimは、Bruceのラボで私が行っていたフレンドウイルス研究を引き継いだ人であり、私との共同研究論文もあります。また、Warner Greeneとは2007年秋にブダペストで開催された学会で会っており、そのとき彼は私の発表にたくさんの質問をしてきました。まさか彼らもRfv3遺伝子とAPOBEC3の関係を追求しているとは思いませんでした。唯、彼らのScience論文を見ると、私たちが2005年にAIDS誌に発表した論文を見て、上記のマッピングデータに示しているRfv3APOBEC3遺伝子座の関係に気がついた、という意味のことを書いています。私たちのAPOBEC3論文は彼らのScience論文掲載以前にJ. Virol.にacceptされ、彼らの論文の5日後にオンラインで公開されましたので、何とか「同着」に持ち込めたと思っています(この論文の最終掲載版はこちら)。

 この仕事の反響は極めて大きく、私たちの論文はJ. Virol.掲載号のTop 5論文を紹介するJVI Spotlightのコーナーに筆頭で選ばれ、International AIDS Vaccine Initiativeのニュースレター、IAVI Reportでも報道されました。また、Science論文に大々的に引用されたことで、2005年のAIDS論文に関する問い合わせや別刷請求が殺到しています。

 ところで、Hasenkrug/Greene論文と我々の論文を注意深く読み比べて頂くとわかりますが、基本的な結論は近いものの、両者には微妙なデータと解釈の違いがあります。マウスAPOBEC3遺伝子の多型に関する記述に違いがありますし、APOBEC3だけでRfv3遺伝子効果を説明できるかどうか、だとすればどのように機能するのかに関しても、考え方の違いがあります。これについては、今後二匹目・三匹目のドジョウ(?)が我々の手で捕まえられるものと思っています。

 追記: 上記の通り、二匹目のドジョウは我々がGreeneらよりずっと早く捕まえました。

2005年にAIDS誌に発表したHIV曝露非感染者の遺伝的背景に関する発見を、以下に簡単に解説します。

esnphenotype.gif

 「HIV曝露非感染者」と呼ばれる人たちは、特定のHIV感染者をパートナーとして、何らの感染防御措置もとらずに(すなわちコンドーム無しで)、長年にわたって性的接触を繰り返しています。それにも関わらず、これら曝露非感染者の血液中には、HIVの存在もHIV感染細胞の存在も検出できません。一方、これら曝露非感染者の尿道粘液あるいは膣粘液には、HIVと反応するIgAクラスの抗体が検出され、曝露非感染者の末梢血Tリンパ球をHIV抗原で刺激すると、強いサイトカイン産生反応が認められます。これらの事実は、上記のような曝露非感染者では、HIV感染の成立無しにHIV抗原による免疫系の感作が生じている(そして、恐らくその免疫反応により感染防御が成立している)ことを示唆します。

chrom22.gif

 そこで、これら曝露非感染者の染色体遺伝子型を、多数のマイクロサテライトとマーカーについて感染パートナーと比較したところ、第22染色体長腕の22q13.1領域で、特定の遺伝子型が優位に多く集積していること、また22q13.1と22q13.2領域の境界部で、曝露非感染者でのみ染色体の乗り換えが生じていることが明らかとなりました。この領域にある全ての遺伝子の発現パターンの比較と、HIV抗原刺激による発現の上昇する遺伝子の塩基配列解析を行うことにより、既に感染抵抗性の原因遺伝子が示す多型が同定されています。


私たちはこれまでに、フレンド白血病ウイルスに対する免疫応答を制御する宿主側遺伝子の大半を同定してきました(図の中をクリックすると、関連の業績にジャンプします)。最近は、マウスで見出したそれら感染抵抗性遺伝子が、ヒトでも働いている可能性を追求しています。


また、フレンド白血病ウイルス遺伝子産物上のTリンパ球認識エピトープの大部分は、私たちが見出し、その感染防御における有効性を検討してきたものです(図の中をクリックすると、関連の業績にジャンプします)。

免疫学教室ホームページに戻る

The Journal of Immunology, Vol 148, Issue 6 1964-1967J. Exp. Med. Miyazawa et al. 168 (5): 1587Annual Review of Immunology Vol. 8: 477-499 The Journal of Immunology, Vol 148, Issue 2 644-647The Journal of Immunology, Vol 148, Issue 6 1964-1967J. Exp. Med. Miyazawa et al. 168 (5): 1587Annual Review of Immunology Vol. 8: 477-499 AIDS 19:1015-1024, 2005Journal of Virology, April 2001, p. 3152-3163, Vol. 75, No. 7The Journal of Immunology, Vol 155, Issue 2 748-758J. Virol.J. Virol.J. Immunol.J Virol. 1992 July; 66(7): 4497?4507.JOURNAL OF VIROLOGY, Nov. 1995, p. 6735.6741Journal of Virology, June 2004, p. 6322-6334, Vol. 78, No. 12J Virol. 1993 August; 67(8): 4533?4542.The Journal of Immunology, Vol 155, Issue 2 748-758,