テュートリアル Unit 6 「病態論」

第4週 抗体分子の構造と機能
(平成14年12月 9日〜14日)

  2003年 7月10日

目 次

週の担当教員 週の教育目標 週の時間割 事例とその解説
事例発表会 参考書 ホームページへのリンク

 週の担当教員名簿・連絡先

Unit 主任: 宮澤 正顕 (免疫学教室、教授)

週担当教員、実習指導担当者:

宮澤 正顕 (免疫学教室 教授、内線 3265)
松村 治雄 (免疫学教室 講師、内線 3267)
小野 栄夫 (免疫学教室 非常勤講師、愛媛大学医学部助教授)
阿部 弘之 (免疫学教室 助手、内線 3267)
河原佐智代 (免疫学教室 助手、内線 3267)
金成 安慶 (免疫学教室研助手、内線 3267)
湯浅 貴恵 (免疫学教室研究員、内線 3267)
菅原 大輔 (免疫学教室大学院生、内線 3267)
河俣 浩之 (免疫学教室大学院生、内線 3267)

 週の教育目標 :
 週の一般目標

 免疫グロブリン分子の抗原認識多様性の起源と、エフェクター機能活性化のしくみを、その分子構造から理解する

 週の行動目標

  1. 免疫グロブリンの主要なクラスの名前を血清中の濃度が高い順に言え、それぞれの分子構造の違いをドメインモデルを用いて説明出来る。
  2. 免疫グロブリン分子の重鎖と軽鎖、抗原結合部位、Fc部分、可変部と定常部を、図を描いて説明出来る。
  3. 抗体分子によるウイルス中和の複数のメカニズムを説明出来る。
  4. 分泌型 IgAの構造上の特徴、secretory component (Sc) の由来、粘膜免疫に果たす IgAの役割を説明出来る。
  5. 抗体のエフェクター機能を担う補体の活性化機構と、補体による細胞膜傷害のしくみを簡単に説明できる。
  6. 補体の活性化が炎症反応に結びつくしくみを、「アナフィラトキシン」をキーワードとして説明出来る。
  7. Fcレセプターに細胞機能を活性化するものと抑制するものがあることを、その分子構造の違いから説明出来、抑制性レセプターの存在意義を言える。
  8. 免疫グロブリン分子の多様な抗原特異性が、遺伝子断片の再構成によって創られることを簡単に説明でき、クラススイッチの分子機構を略図を描いて説明出来る。

 事例における行動目標

  1. 先天性免疫不全症候群の大まかな分類を言える。
  2. 抗体欠損症とT細胞欠損症の症状の違いを、それぞれの機能から説明できる。
  3. 胎盤における母体から胎児への IgG移行のしくみと、その意義を説明出来る。
  4. IgAが粘膜免疫に果たす役割を、その欠損症の症状から説明出来る(週の行動目標4と関連)。
  5. クラススイッチのしくみと、クラススイッチにT-B細胞間相互作用の果たす役割を説明できる。

 週の時間割表
 (12月 9日〜14日)

日付

12月 9日(月)

12月10日(火) 12月11日(水) 12月12日(木) 12月13日(金) 12月14日(土)

1時限目

9:00〜10:00:
テュートリアル
10:00〜10:30:
自習

医学英語

9:00〜10:00:
テュートリアル
10:00〜10:30:
自習

講義 7
免疫反応と炎症反応 (宮澤)

9:00〜10:00:
テュートリアル
10:00〜10:30:
自習

事例発表会
2時限目

講義 1
免疫学入門 (宮澤)

分子生物学
感染症の分子生物学 (宮澤)
講義 4
免疫系を構成する組織と細胞 (宮澤)
講義 8
Bリンパ球抗原レセプターとクローン選択 (宮澤)
講義 9
抗原レセプターのシグナル伝達 (河原)
試験
3時限目 講義 2
抗体の働きと血清療法 (宮澤)
実習 講義 5
補体の活性化と制御 (松村)
実習 講義 10
免疫グロブリン遺伝子 (宮澤)
4時限目 講義 3
抗体分子の構造と機能 (宮澤)
実習 講義 6
Fcレセプターの医生物学 (小野)
実習 講義 11
Bリンパ球の発生・分化と体内分布 (宮澤)

事例とその解説

 事例 1 (12月 9日・月曜日に提示)

 近畿太郎君は4歳の男の子です。赤ちゃんの頃は健康で、母乳を良く飲み、すくすくと育ちました。2歳頃から時々、食事を与えるとむずかったり、痛がって泣くことがあり、口の中や舌の先に直径2〜3mmほどの白い斑点が出来て、その周りが赤くなっていました。3歳頃からしばしば37〜38℃の発熱を起こし、機嫌が悪くなったりしきりに耳に手をやることが続きました。耳だれが出たので耳鼻科に連れて行くと、「扁桃腺」も赤くなっていると言われ、抗生物質を処方されました。

 キーワード (学生の討論で出てきたらチェックして下さい)

 □ 男の子 (← 重要!)
 □ 赤ちゃんの頃は健康 (← 重要!)
 □ 母乳を飲む
 □ 食事を与えるとむずかる
 □ 口の中や舌の先に白い斑点、周囲が赤い
 □ 発熱
 □ 耳だれ
 □ 「扁桃腺」 (何故カギ括弧を付けているのか?)
 □ 抗生物質

 学生への質問例

 ・赤ちゃんの頃は健康だったのに、何故2歳頃から症状が出てきたのだろうか?
 ・口の中に同じような病変が出来たことはない?その時、どんな生活環境だった?
 ・耳だれって何?見たことは?
 ・「扁桃腺」は知っている?どうしてカギ括弧が付いているのだろう?
 ・微生物学で抗生物質は習ったね?何に効くの?

 説明
 今週のテュートリアルでは、原発性(先天性)免疫不全症候群の一例を題材に、主に免疫グロブリン分子の分類・構造・機能と、免疫グロブリンクラススイッチのしくみを学んで貰います。
 事例1は、この症例の発端です。「赤ちゃんの頃は健康」であった近畿太郎君が、2歳頃から種々の細菌感染症に罹患し始めていることに気付かせて下さい。免疫系の機能から考えた場合、原発性免疫不全症候群は抗体欠損(抗体欠乏)症、複合型免疫不全症、特異な原発性免疫不全症(DiGeorge症候群、Wiscot-Aldrich症候群など)、食細胞機能不全症、補体欠損症などに分類出来ます(1998年国際ワークショップ分類)。一般的にTリンパ球の機能が欠損する場合は出生直後からウイルス感染症・真菌感染症などの症状を示すことが多く(免疫学教室のホームページから、1998年のテュートリアル事例の解説を参照させて下さい: http://www.med.kindai.ac.jp/immuno/5bindex.html)、抗体欠損症では生後半年から1年程度は殆ど症状が出ない場合が多いと言われます。これは、妊娠中に胎盤を介して胎児に移行した母体側の抗体(移行抗体)が出生後も乳児の体内に残っていることと、母乳を与えている場合には、乳汁中のIgAが乳児消化管内で感染防御に働くためです(従って、この例で「母乳」を与えていたことに気付かせることが意味を持ちます)。
 一般に新生児は母体血清中よりやや高い濃度の免疫グロブリンをその血清中に持っていますが、これは合胞体栄養膜細胞(syncytiotrophoblast)に存在するFcRnレセプターが、母胎血清中のIgG (IgG1 > IgG3 > IgG2 >IgG4)を結合して胎児血管側に運搬するためです。FcRnにはIgG以外の免疫グロブリンは結合しないので、普通新生児血清中にはIgMは極微量しか存在しません。逆に新生児血清中にIgMが存在すれば、母体内での(胎児)感染が疑われます。新生児血清中のIgGは生後数週間の間に減少して行きますが、これは母体から移行したIgGが急速に代謝分解される一方、新生児自身の免疫系機能はまだ十分に成熟していないためです。IgGの血清濃度が成人の正常値に達するのは、生後1年半から2年を過ぎてからです。一方、IgMは出生直後から比較的急速に増加し、生後半年から1年で成人正常値に達します(子宮から出た直後から常在細菌叢が形成されるためです)。
 上記の理由から、生後6ヶ月から1歳半頃までの間は乳児血清中の免疫グロブリン濃度が低く(移行抗体と自前の抗体産生の端境期)、この時期に細菌感染症を繰り返す乳児がしばしば見られます(乳児期一過性低ガンマグロブリン血症)。
 近畿太郎君は、本来自前の免疫応答能が成熟して来るはずの2歳頃から、主に細菌感染症の症状が反復して現れて来ています。中耳炎(微熱・耳を気にする・耳だれ)、扁桃炎、上気道感染症は、免疫グロブリン欠損症でよく見られる合併症です。唯、アフタ性口内炎(口の中に出来た白い斑点で、周囲に炎症があり、食物が滲みて痛い)は、大部分が常在真菌であるカンジダによる日和見感染の反映で、本来はTリンパ球機能の低下・欠損に伴って出てくることの多い症状です(Tリンパ球機能はストレスによって比較的簡単に低下するので、健常人でもストレスや睡眠不足でアフタ性口内炎が生じることは経験がおありと思います)。この点で、この症例は普通の抗体欠損症とは違うのではないかと疑うことも出来ます。
 なお、言うまでもありませんが「扁桃腺」は俗語で、扁桃という二次リンパ組織のことです。

 事例 2 (12月12日・水曜日に提示)

 今回(4歳時)は一月程前から37℃台の熱が続き、咳が止まらないので、心配になって総合病院の小児科を受診しました。胸部エックス線検査で両肺に多数の陰があり、一部は空洞化しているように見えると言われました。また、血清の検査でグルクロノキシロマンナン抗原が陽性だとわかり、入院して抗生物質の点滴静注を受けました。入院中の検査で、リンパ球数は正常だが血清のIgMが高値で、IgGやIgAが検出出来ないと言われました。


 キーワード (学生の討論で出てきたらチェックして下さい)

 □ 発熱が続く
 □ 咳が止まらない
 □ エックス線検査で両肺に多数の陰
 □ 空洞化
 □ 血清グルクロノキシロマンナン陽性
 □ リンパ球数は正常
 □ IgM高値、IgG, IgA欠損

 学生への質問例

 ・肺に出来た陰影は何?
 ・肺に空洞が出来る病気は?
 ・キシリトールとかマンナンって聞いたことがあるでしょう?動物性?植物性?
 ・IgMとIgG, IgAの関係は?

 説明
 この回が今週のテュートリアルの焦点になります。
 近畿太郎君はそれまでも細菌・真菌感染症を反復していましたが、今回は熱と咳が持続し、胸部エックス線検査で両側に多数の陰影が出てきました。肺炎を起こしていることはすぐに想像がつくと思いますが、その起因菌が問題です。「空洞」というとすぐに結核を考えるかも知れませんが、血清中にグルクロノキシロマンナン抗原が検出されています。「グルクロノキシロマンナン」をキーワードにインターネットを検索すれば、すぐにクリプトコッカス症に行き当たり、肺クリプトコッカス症の症状・所見にも気が付くことでしょう。
 真菌感染症の血清検査としては、細胞壁多糖体である (1→3)β-D-グルカンの高感度測定が有効で、大半の真菌のスクリーニングに使えますが、主要真菌中クリプトコッカス・ネオフォルマンスだけはこの抗原で検出されないため、夾膜グルクロノキシロマンナン抗原の検査を併用します(いずれも保険適用)。
 クリプトコッカス・ネオフォルマンスの環境中生息部位はハトなどの古い糞であり、乾燥して空気中に浮遊した粒子の吸引により、肺に感染巣が形成されます。基礎疾患のない人では、感染巣が形成されても半数以上が無症状で、検診によって初めて胸部の陰影を指摘されたという例が多いのに対し、糖尿病・悪性リンパ腫・慢性腎不全・原発性免疫不全症・ステロイド投与による二次性(医原性)免疫不全症など、基礎疾患のある患者では、微熱や胸痛、乾性咳嗽が持続します。胸部エックス線像も、基礎疾患のない感染者では孤立性または複数の結節であることが多いのに対し、基礎疾患のある患者では浸潤影や多発性結節影を示し、空洞形成もしばしば見られます。
 なお、基礎疾患のある患者のクリプトコッカス症ではクリプトコッカス髄膜炎も重要で、頭痛・悪心・めまい・意識障害などを示し、水頭症を生じることもあります。

 ヒト血清中の免疫グロブリン各クラスの濃度や分子構造については、既に月曜日の講義で触れています。通常は IgG > IgA > IgM > IgD >> IgE の順に高い濃度で存在するはずなので、IgMが高値でIgG, IgAが欠損するのは異常であるとすぐに気付くはずです。インターネットや教科書を参照すれば、「(X連鎖)高IgM症候群」に行き着くのはそれ程困難ではないと思います。「クラススイッチ」と言う言葉そのものは月曜日の講義にも出てきますが、この事例がクラススイッチの異常であると理解するには、金曜日までの自己学習でかなり本を読むことが必要でしょう。それがこの回の狙いです。

 事例 3 (12月13日・金曜日に提示)

 主治医は免疫グロブリン製剤の注射と、抗生物質の内服を続ける治療方針を示しました。また、10歳になる太郎君のお姉さんについて、血液を採って遺伝子の検査をするよう両親に勧めました。母親は、健康で殆ど風邪もひかない娘の方も何か異常を持っているのかと心配になりました。

 キーワード

 □ 免疫グロブリン製剤
 □ お姉さん
 □ 遺伝子検査

 学生への質問例

 ・IgM高値、IgG, IgA欠損の原因は考えてきましたか?
 ・その病気は遺伝しますか?
 ・事例1で、最初に患者の性はどちらだとか書かれていましたか?
 ・どうしてお姉さんも調べるのでしょう?

 事例の解説

 X連鎖高IgM症候群 (X-linked hyper-IgM syndrome) の症例でした。
 高IgM症候群 (Hyper-IgM syndrome) には、X染色体連鎖の遺伝形式を示すものと常染色体劣性遺伝形式を示すものがあり、およそ7割はX連鎖型です(この事例も男児です)。頻度としては決して多い病気ではなく(但し、後に解説するように、実は不全型はかなり多いと考えるべき理由もあります)、厚生省特定疾患「原発性免疫不全症候群」調査研究班による我が国の登録データでは、X-linked hyper-IgM syndromeが原発性免疫不全症候群登録例の約3%、常染色体劣性高IgM症候群が1%となっています。ここでは、このように稀な病気を学生に紹介することが目的ではなく、この疾患を手掛かりに、免疫グロブリンクラススイッチの分子機構や、抗体産生におけるT-B細胞間相互作用のしくみを理解して貰うことが真の目的です。 リンパ節や脾臓などの二次リンパ組織には、Bリンパ球の集まったリンパ濾胞と言う構造があり、しばしば胚中心 (germinal center) を伴っています。胚中心は抗原特異的な免疫応答を起こしているBリンパ球の分裂・増殖・選択の場であり、抗体分子の抗原特性を決定するV領域遺伝子の体細胞突然変異 (somatic hypermutation) とクラススイッチ組換え (class-switch recombination) が起こっている現場でもあります。
 Bリンパ球の活性化には、細胞表面の抗原レセプター(膜型免疫グロブリン)からのシグナルと共に、TNFレセプターsuper familyの一員である細胞膜表面レセプターCD40からのシグナルが必要です。CD40レセプターのリガンドはCD40LまたはCD154と呼ばれ、TNF super familyに属する膜結合型サイトカインです。X連鎖高IgM症候群はCD40L (CD154)分子の遺伝子異常によって起こり、常染色体劣性高IgM症候群はCD40の遺伝子異常、またはCD40レセプターの下流にあるシグナル伝達分子やクラススイッチ機能分子の遺伝子異常によって起こります。CD40L/CD154の遺伝子はXq26に位置します。最近、高IgM症候群をその原因となる遺伝子異常によって分類し、CD40L/CD154の遺伝子異常による高IgM症候群を高IgM症候群T型 (HIGM1)、クラススイッチ組換えと体細胞突然変異誘導の機能分子である activation-induced cytidine deaminase (AID) の遺伝子異常を同U型 (HIGM2)、CD40遺伝子の異常によるものをV型 (HIGM3)と呼ぶことがあります。AIDの遺伝子は12p13に、CD40の遺伝子は20q12-q13.2に位置し、HIGM2とHIGM3は常染色体劣性高IgM症候群に含まれることになります。
 CD40は、骨髄のpre-B細胞以前から活性化されたB細胞やメモリーB細胞に至る、Bリンパ球分化の殆ど全ての段階を通じて発現しています(従って、以前はBリンパ球の分化マーカーとして扱われていました)が、形質細胞(プラスマ細胞)の段階になると殆ど発現しなくなります。一方、CD40Lは抗原特異的に活性化したTリンパ球(と、活性化されたBリンパ球)に殆ど限定的に発現します。Bリンパ球の活性化におけるCD40/CD40Lの働きのあらましは次の通りです: 成熟Bリンパ球は流血中から高内皮細静脈を介してリンパ組織のT細胞領域(リンパ節では傍皮質領域)に入って来ます。体内に侵入した抗原を捉えた樹状細胞などの抗原提示細胞は、MHC 分子上に抗原分子由来のペプチドを提示しています。これを認識出来るTリンパ球が抗原提示細胞に接触すると、T細胞の活性化が起こり、活性化したT細胞はCD40L (CD154)を表面に発現します。同じ抗原分子上のB細胞認識構造に結合出来る膜型免疫グロブリンを持ったBリンパ球がこの活性化Tリンパ球と接触すると、T細胞表面のCD40LがB細胞側のCD40に結合し、B細胞は活性化されます。活性化されたBリンパ球は増殖して胚中心を形成しますが、ここでは活性化したB細胞自身の表面に発現したCD40L (CD154)が、B細胞同士を互いに刺激する役割を果たします。
 胚中心では、抗原特異的に活性化したBリンパ球が増殖しつつ免疫グロブリン遺伝子V領域の体細胞突然変異を起こします。胚中心には濾胞樹状細胞 (fillicular dendritic cells: FDC) と呼ばれる抗原提示細胞の一種がありますが、この細胞は表面に免疫グロブリンFcレセプターや補体レセプターを発現しています。抗原侵入後免疫反応の初期に産生された抗体と、侵入した抗原の複合体(免疫複合体)は、Fcレセプターや補体レセプターを介してFDCの表面に結合しています。体細胞突然変異の結果として、侵入抗原に対し初期に産生された抗体に較べ「より高い親和性を持つV領域」が形成出来た場合は、そのようなBリンパ球はFDCに提示された抗原を競合的に奪って結合することが出来ます。そのようなBリンパ球は胚中心で生き残り、高親和性B細胞として二次免疫応答に備えます。一方、体細胞突然変異の結果の大半は、V領域が侵入抗原に対する親和性を失うか、親和性が低下するかです。そのようなV領域を持ってしまったBリンパ球は、FDCから競合的に抗原を奪うことが出来ず、胚中心で死滅します。このため、組織標本で見る胚中心には、多数のアポトーシス像があるのです。 CD40L (CD154)またはCD40の発現に欠損のある高IgM症候群患者では、このような胚中心形成を伴うBリンパ球の活性化過程が起こりません。実際、高IgM症候群患者のリンパ節を観察すると、胚中心が見られないのです。但し、抗原刺激によるBリンパ球の活性化が、全てCD40-CD40L依存性で胚中心形成を伴うという訳ではありません。実際、その名前の通り高IgM症候群患者の約半数で、正常よりやや高いレベルのIgM産生が認められます。このことは、特にナイーブな(それまでに一度も抗原刺激を受けていなかった)Bリンパ球の抗原特異的活性化には、CD40-CD40Lを介するシグナルが必ずしも必要でないことを示しています。
 一方、Bリンパ球の産生する免疫グロブリンのクラススイッチにはCD40-CD40Lのシグナルと活性化したTリンパ球の産生するサイトカインが必須です。CD40L (CD154)を発現する活性化Tリンパ球とBリンパ球が、CD40-CD40Lを介して相互作用をする際、Tリンパ球から同時に適切なサイトカインによる刺激があると、Bリンパ球はその産生する免疫グロブリン分子のクラススイッチを起こします。CD40を介して活性化されたBリンパ球にIL-4やIL-13による刺激が加わるとIgG1, IgG3, IgG4とIgEへのクラススイッチが起こり、TGF-βはIgAへのクラススイッチを起こさせる一方、IgEへのクラススイッチを抑制します。また、IL-10はIgG1とIgG3へのクラススイッチを起こさせます。IgE産生を抑制することが知られているIFN-γの作用は、Tリンパ球のCD40L発現抑制によると考えられています。以上の解説から、X連鎖高IgM症候群で血清IgM高値、IgG, IgA 欠損となる理由は明らかとなったと思います。
 ところで、最近CD40/CD40Lの免疫系における機能は、T-B細胞間相互作用やBリンパ球活性化による胚中心形成だけに留まらないことがわかってきました。特に抗原提示細胞におけるCD40の発現が重要です。
 末梢組織で抗原を取り込んだ流血中の樹状細胞前駆細胞(単球由来)は、リンパ節でその抗原を認識するT細胞と接触すると活性化し、ナイーブなT細胞の活性化に必要とされる副刺激分子(CD80/CD86)を発現するようになります。この際、抗原を取り込んだ樹状細胞の活性化には、その表面に発現するCD40と、接触したTリンパ球の発現するCD40L (CD154)との相互作用が必要です。即ち、抗原提示細胞によるTリンパ球活性化の前段階にも、CD40-CD40Lを介する細胞間相互作用が存在する訳です。また、CD40-CD40L系は、Tリンパ球によるマクロファージの活性化や、血管内皮細胞と血小板との反応にも重要な役割を示すことがわかっています。高IgM症候群(厳密にはHIGM1とHIGM3)ではCD40-CD40L系に遺伝子異常があるため、抗原提示細胞とT細胞との相互作用や、T細胞によるマクロファージの活性化にも問題を生じます。実際、事例にも見られるように、この症候群の患者では化膿性細菌感染症だけでなく、真菌感染症に対する感受性が高まりますが、後者はIgG, IgAの欠損だけでは説明し切れません(むしろ、T細胞機能欠損症でよく見られる合併症です)。 以前は原発性免疫不全症候群の分類の中で「抗体欠損症」の一型に入れられていた本症が、現在では「複合型免疫不全症」に分類されるのは、このような理由によります。 この疾患の治療法は、事例にもあるように、静注用免疫グロブリン製剤による血清免疫グロブリンの補充と、カリニ肺炎や真菌症予防のための抗生物質の内服(スルファメトキサゾールとトリメトプリムの合剤)投与です。根治療法としては骨髄移植を考えます。
 最後に、事例3で何故主治医が患者の姉の遺伝子検査を勧めたかを考えます。 X連鎖高IgM症候群は、X染色体上のCD40L (CD154)遺伝子の異常で起こります。従って、原則としては女性は保因者で、その男児が発症するという形になるはずです(勿論、理論的には劣性ホモの女性患者もあり得ます)。姉の遺伝子検査を勧めるのは、一つにはその姉が保因者となっているかどうかを見定める意図がありますが、もう一つの意図は、ヘテロの女性に種々の程度の免疫不全症が生じる場合もあることが知られてきたからです。 女性のX染色体の一方は、凝縮して不活化されています (Lyonization)。従って、ヘテロ女性でも、そのTリンパ球の半数は正常なCD40L遺伝子を発現出来ず、活性化されてもCD40Lを作れません。一般的には、これが理由で易感染性などの症状が現れることはありませんが、Lyonizationの偏りによって、Tリンパ球の数%しかCD40Lを発現していなかったヘテロ女性の患者が報告されています。原発性免疫不全症候群の中でもかなり頻度の高い群として、今のところ特定の原因遺伝子が不明で、種々の程度の抗体欠損状態を示す common variable immunodeficiencyがありますが(日本では約16%)、その中には、上記のようなCD40L遺伝子異常のヘテロ接合型も含まれているのではないかと考えられ始めています。

事例発表会

 週の事例に関し、土曜日1時限目に発表会を行います。「事例の全体像(グループとしての解釈)」と「この例から学んだこと」を、学生がOHPシートを使って発表します。発表に使うOHPシートは、原稿を持参すれば免疫学講座で作成します。

 参考書

 このコースでは特に教科書は指定しません。講義に当たって毎回詳細なプリントを配布し、講義内容がテュートリアルの事例や実習のテーマと密な連携を保つよう配慮しているので、必ず講義に出席しその内容を理解するよう努めて下さい。参考書としては以下に挙げるものがありますが、この分野の進歩は早く、古い教科書には現在では間違であることが明らかな理論や実験結果が記載されているので、この点でも講義で最新の知識に触れることが重要です。

 1)Charles A. Janeway, Jr. and Paul Travers: Immunobiology, The Immune System in Health and Disease, 4th Edition.  Current Biology Ltd., London. (この教科書は大変優れており、最新の知識を一貫したスタイルでわかりやすく記載しています。但し、Fcレセプターに関する記述など、最近の進歩が速い部分では理解が間違っているところもあるので、講義を注意して聞いて下さい 。)

 2)笹月健彦 監訳: 免疫生物学 免疫系の正常と病理 第3版、南江堂 (上記教科書旧版の訳書ですが、翻訳によって却って分かり難くなっている部分もあります。)

 3)澤井高志・内藤 眞・名倉 宏・八木橋操六 編: エッセンシャル病理学 第5版、医歯薬出版 (病理学の教科書ですが、その炎症・免疫・感染症・アレルギーに関する部分は生体防御学のエッセンスを上手く盛り込んでいます。第5版の「免疫とアレルギー」及び「感染症」の章は、宮澤が新たに執筆して、全面的に稿を改めました。)

 4)山本一彦 編: 自己免疫疾患 (New メディカルサイエンスシリーズ)、羊土社 (これ自体が、最新の免疫学の教科書として使える内容を持っています。テュートリアル室に備えられています 。)

 5)平野俊夫 編: 免疫の仕組みと疾患(イラスト医学&サイエンスシリーズ)、羊土社 (最新の研究成果をヴィジュアルに纏めてあり、特に病気との関係が理解し易くなっています。)

 6)Marc Da ron: Fc receptor biology.  Annu. Rev. Immunol. 15:203-234, 1997.(Fcレセプターに関する最新の知識はこれを参考にして下さい。)

 7)山村雄一、岸本忠三、R. A. Good 編: 岩波講座・免疫科学9 免疫と病気 I、岩波書店 (やや旧い本ですが、先天性免疫不全症候群の基本的な考え方や分類・病態はこれで分かります。発症メカニズムについては記述が旧いので、最新の知識は講義から得てください。)

 7)東野英明・宮澤正顕 他編著: 医学生のための薬理学、南山堂 (薬理学の教科書ですが、「免疫抑制薬・抗アレルギー薬・抗リウマチ薬」の章には、免疫学の基本知識と免疫応答の薬物による制御のしくみを、最新の知識に基づいて纏めてあります。)

ホームページへのリンク

近畿大学医学部ホームページ
免疫学教室ホームページ

便利なリンク集
免疫学教室へのメール: mailto:immunol@med.kindai.ac.jp

目次に戻る