テュートリアル Unit 6 「病因・病態 I」

第4週 抗体分子の構造と機能
(平成16年11月29日〜12月 4日)

  2004年12月 4日

目 次

事例の解説を掲載しました

週の担当教員 週の教育目標 週の時間割 事例とその解説
事例発表会 参考書 ホームページへのリンク

 週の担当教員名簿・連絡先

Unit 主任: 宮澤 正顕 (免疫学教室、教授)

週担当教員、実習指導担当者:

宮澤 正顕 (免疫学教室 教授、内線 3265)
松村 治雄 (免疫学教室 講師、内線 3267)
河原佐智代 (免疫学教室 講師、内線 3267)
阿部 弘之 (免疫学教室 助手、内線 3267)
金成 安慶 (免疫学教室 助手、内線 3267)
梶原 栄二 (免疫学教室 研究員、内線 3267)
北口 大輔 (免疫学教室 研究員、内線 3267)
木下 さおり (免疫学教室 研究員、内線 3267)
河俣 浩之 (免疫学教室 大学院生、内線 3267)

 週の教育目標 :
 週の一般目標

 免疫グロブリン分子の抗原認識多様性の起源と、エフェクター機能活性化のしくみを、その分子構造から理解する

 週の行動目標

  1. 免疫グロブリンの主要なクラスの名前を血清中の濃度が高い順に言え、それぞれの分子構造の違いをドメインモデルを用いて説明出来る。
  2. 免疫グロブリン分子の重鎖と軽鎖、抗原結合部位、Fc部分、可変部と定常部を、図を描いて説明出来る。
  3. 抗体分子によるウイルス中和の複数のメカニズムを説明出来る。
  4. 分泌型 IgAの構造上の特徴、secretory component (Sc) の由来、粘膜免疫に果たす IgAの役割を説明出来る。
  5. 抗体のエフェクター機能を担う補体の活性化機構と、補体による細胞膜傷害のしくみを簡単に説明できる。
  6. 補体の活性化が炎症反応に結びつくしくみを、「アナフィラトキシン」をキーワードとして説明出来る。
  7. Fcレセプターに細胞機能を活性化するものと抑制するものがあることを、その分子構造の違いから説明出来、抑制性レセプターの存在意義を言える。
  8. 免疫グロブリン分子の多様な抗原特異性が、遺伝子断片の再構成によって創られることを簡単に説明でき、クラススイッチの分子機構を略図を描いて説明出来る。
  9. 免疫グロブリン遺伝子の体細胞高度突然変異による、抗体の抗原結合親和性成熟(affinity maturation)のしくみを、「濾胞樹状細胞」をキーワードにして、二次リンパ組織の構造との関わりから説明できる。

 事例における行動目標

  1. 先天性免疫不全症候群の大まかな分類を言える。
  2. 抗体欠損症とT細胞欠損症の症状の違いを、それぞれの機能から説明できる。
  3. 免疫グロブリン各クラスの構造と機能の違いを説明出来る。
  4. 胎盤における母体から胎児へのIgG移行のしくみと、その意義を説明できる。
  5. IgAが粘膜免疫に果たす役割を、その欠損症の症状から説明できる。
  6. クラススイッチのしくみと、クラススイッチにT-B細胞間相互作用が果たす役割を説明できる。
  7. 抗体のエフェクター機能発揮のため、補体系が果たす役割を言える。

 週の時間割表
 (11月29日〜12月 4日)

日付

11月29日(月)

11月30日(火) 12月 1日(水) 12月 2日(木) 12月 3日(金) 12月 4日(土)

1時限目

9:00〜10:00:
テュートリアル
10:00〜10:30:
自習

医学英語
(松村)

9:00〜10:00:
テュートリアル
10:00〜10:30:
自習

講義 8
Fcレセプターの
構造と機能 (宮澤)

9:00〜10:00:
テュートリアル
10:00〜10:30:
自習

事例発表会
2時限目 講義 1
免疫学入門
 (宮澤)
講義 4
抗体分子の構造と
機能 2 (宮澤)
講義 5
免疫系を構成する
細胞と組織 (宮澤)
講義 9
免疫グロブリン
遺伝子 1 (宮澤)
自習 試験
3時限目 講義 2
抗体のはたらきと
血清療法
 (宮澤)
実習 講義 6
補体の活性化と
制御 (松村)
実習 講義 10
免疫グロブリン
遺伝子 2 (宮澤)
4時限目 講義 3
抗体分子の構造と
機能 1 (宮澤)
実習 講義 7
Bリンパ球抗原
レセプターと
クローン選択 (宮澤)
実習 講義 11
Bリンパ球の
発生・分化と
体内分布 (宮澤)

 事例とその解説

 事例1 (月曜日に提示)
 2歳3ヶ月の男児。高熱を訴えて、両親が総合病院の夜間緊急外来に連れてきた。最近遠方から引っ越してきた一家で、この病院を訪れるのは初めてであった。来院時腋下温 40.4℃、脈拍 145 / 分、呼吸数 57 / 分、体重 7.8kg (3パーセンタイル未満)、体動が少なく、ベッドに移す時も弱々しく泣くだけであった。
 母親の話では、前日の朝から突然熱を出し、その後激しい咳が始まって、顔をゆがませながら苦しそうな息をするようになったという。家にあった熱冷ましの薬を飲ませたが効果が無く、今日になっても40℃以上の熱が続くので、慌ててこの病院に連れて来たとのことである。嘔吐や下痢はないという。視診を行うと、両側の外耳道から黄色く濁った浸出液が流れていた。

 キーワード

□ 2歳3ヶ月、男児
□ 初めての病院
□ 高熱、腋下温 40.4℃
□ 頻脈
□ 呼吸数の増加、苦しそうな呼吸
□ 低体重
□ 少ない体動
□ 体位移動で弱々しく泣く
□ 突然の発熱
□ 激しい咳
□ 嘔吐・下痢無し
□ 外耳道の浸出液

 皆さんに考えてもらいたかったこと:

1. 2歳3ヶ月で体重 7.8 kgは、ごく普通にあることですか?
2. パーセンタイルとは何でしょう?
3. 「顔をゆがませながら苦しそうに息をする」のは何故だと思いますか?
4. 「ベッドへ移す時」の反応から、何を考えるのでしょうか?
5. 外耳道から、黄色く濁った浸出液が出ている患者を見たことがありますか?自分自身そのような経験がありますか?
6. この時点で主治医が家族から聞かなければいけないことは何でしょうか?

 解説
 今週は「抗体分子の構造と機能」を学ぶ週です。従って、学生の皆さんも、何らかの「液性免疫機能欠損症」の事例が出てくるものと予想していただろうと思います。
 事例は、生後15ヶ月の男児が突然高熱を発して病院に連れられて来るところから始まりました。既に過去3週間を病原微生物学の学習に費やしてきましたから、学生はこれが何らかの感染症であろうと容易に予想すると思います。発熱や激しい咳、呼吸困難症状などから、上気道の感染に始まり、ひょっとすると肺炎を起こすところまで進行した呼吸器感染症かと考えるのが普通だろうと思います。また、嘔吐がないことや、体位移動に伴って激しく泣くなどの兆候が無いことから、髄膜炎は考えなくて良いだろうと考察した学生さんもいたでしょう。前週までの知識の応用として、まずこのような考察を進めて行くのが良いと思います。事例の最後に出てくる、両側の外耳道から流れる浸出液は、いわゆる耳だれですが、それが黄色く濁っていることから、細菌感染による化膿性中耳炎を疑って行きます。
 ここまでの記述だと、どんな子供にも起こる急性呼吸器感染症、化膿性中耳炎で済まされても良さそうなのですが、この子の場合、2歳3ヶ月で体重が 7.8 kgしかありません。幼児(1から6歳)の体重については、簡易的に「年齢×2+8(kg)」が標準的な体重と言われます。もう少し正確には、全国の小児の体重・身長・頭囲・胸囲の測定結果から算出された、パーセンタイル曲線があります。「パーセンタイル」とは、同年齢児に関する多数の計測値を小さいものから順に並べて、全計測値数に対し特定のパーセント数の計測値までが含まれる最大計測値のことを言い、50パーセンタイルが中央値にあたります。平成12年度の男児体重発育パーセンタイル曲線によると、2歳3ヶ月での3パーセンタイル値が、約 10kgです。即ち、2歳3ヶ月で体重 10kg以下の男児は、全体の3%しかいないと言うことになります。事例の男児は、更に体重が小さく、7.8kgしかありません。何らかの発育障害があったのでしょうか?
 もう一つ注意を向けて欲しいのは、この一家は最近遠方から引っ越してきて、この総合病院を訪れるのは初めてであったという点です。以前から何度も受診している病院であれば、この男児の体重増加が遅れていることや、生後から現在に至る病歴の有無は、既に明らかになっていたことでしょう。ここでは、診察に当たった主治医が、これから家族歴や既往歴について十分な問診を行って行くことが求められます。
 更に注意深い学生さんであれば、突然高熱を発し、咳をしていた翌日に、両側の外耳道から浸出液が流れていたことにも疑問を抱いたかも知れません。普通の急性中耳炎であれば、むしろ風邪症状などが先行していて、その後に、中耳の痛みから激しく泣いたり、耳を痛がったり、呼びかけに応じないと言った症状が出てくると予想されます。鼓膜に穿孔が起こって浸出液が外耳道に流れてくるのにも、少し時間がかかるのではないでしょうか?そうなると、「むしろ中耳炎が先にあったのでは?」と疑うことも出来ます。そこまで考えられれば、大変優秀なグループであると言えるでしょう。

 事例2 (水曜日に提示)
 主治医は直ちに男児の採血を行い、血液培養と血清学的検査のオーダーを出した。また、両親に家族歴と男児の過去の病歴を詳しく聞いた。その結果、この男児は、生後数ヶ月は母乳を良く飲み元気に育ったが、6ヶ月頃から発熱と咳・黄色い鼻水・耳だれが反復して起こり、前住地では掛かり付けの開業医を頻繁に受診していたこと、一度は肺炎と診断されて入院したことがあること、両親も6歳の姉も健康で、この男児だけが病気勝ちであることが明らかとなった。
 検査の結果、血液培養からは肺炎球菌が検出された。また、血清中のIgGは 85mg/dl、IgMとIgAは何れも 10mg/dl以下で、末梢血単核球中に占めるCD20陽性細胞の割合は1%未満であった。

 キーワード

□ 採血
□ 血液培養
□ 血清学的検査
□ 家族歴、既往歴
□ 生後数ヶ月は健康
□ 母乳
□ 生後6か月
□ 咳・鼻水・耳だれ
□ 肺炎
□ 姉は健康
□ 肺炎球菌
□ IgG、IgM、IgA
□ 末梢血単核球
□ CD20

 学生の皆さんに考えてもらいたかったこと

1. 血液培養から肺炎球菌が検出されたことは何を意味しますか?
2. IgG, IgM, IgAとは、どのような構造と機能を持ったタンパク質ですか?
3. 血清中には、普通それらのタンパク質がどのくらいの濃度で存在しているのでしょうか?
4. 出生後数ヶ月は元気に育っていたこの男児が、生後半年くらいから急に病気勝ちになったのは何故でしょうか?
5. CD20とはどのような分子ですか?
6. 男児以外の家族が健康であることから、どんなことが推測できますか?

 解説
 この時点で、男児の持つ疾患の本体が明らかになってきます。
 一般に、幼児は1歳前後から種々の感染症を経験するようになりますが、この事例の男児は、「黄色い鼻水」「耳だれ」から推測される上気道・中耳の細菌感染症を反復しています。肺炎で入院したこともありました。その一方で、血尿が出たとか、下痢を繰り返したとか、口内炎があって授乳が困難であったなどの記述は出てきません。ウイルス感染症よりも、化膿性の細菌感染症に頻繁に罹っていると推測できます。血液培養の結果から、今回の来院のきっかけとなった急激な発熱と頻脈・呼吸困難は、肺炎球菌による菌血症が原因だったと考えられます。事例1の経過から考えても、恐らく以前から上気道(中耳を含む)に感染巣があり、急激な発熱が起こった時点で血液中に細菌が回るようになったと考えて良いでしょう。一般に、身体のどこかに感染巣がある患者が突然高熱を発した場合、菌血症の疑いが濃いと考えます。
 血液の検査データは、学生にとって解釈が容易であると思います。血清免疫グロブリンの検査基準値は、成人で IgG, 870〜1,820 mg/dl; IgA, 110〜425 mg/dl; IgM, 30〜250 mg/dlです(検査機関、検査法により変動します)。小児の場合、IgGは後述の母胎からの移行分があり、出産直後の新生児は成人レベルの濃度を示します。出生時から小児自身のリンパ球によるIgG産生はありますが、その量は少なく、一方母体由来のIgGは、その半減期が20日余りであることからかなり急速に消失、総IgG量としては生後3〜4ヶ月で最低となり、その後二次リンパ組織の発達に伴い、血中濃度は徐々に増加して、10歳頃成人レベルに達します。IgMは、Bリンパ球の成熟分化過程で最も早期に出現するアイソタイプであり、生下時既に活発な産生が行われていて、血中濃度も成人レベルより僅かに低い程度です。その後漸増し、6〜8歳で成人レベルに達します。IgAについては、生下時は血清濃度 10mg/dl以下で、Bリンパ球培養上清からの産生を認めないと言われます。加齢に伴い徐々に増加し、15〜18歳で漸く成人レベルに達します。従って、IgA単独欠損症(平成10年度に事例で採り上げました)は、その血清濃度の生理的変動を考慮すると、3〜4歳以下では診断が困難です。
 この事例では、血清中の免疫グロブリンが全て低値で、末梢血単核球中にB細胞が極めて少数しかない訳ですから、B細胞欠損による無ガンマグロブリン血症(agammaglobulinemia)と言う診断名は、すぐにもつけられるでしょう。そこで、テュートリアルの時間は、「診断名を当てる」ことで満足させず、病態の理解・解釈に十分な時間を費やして貰いたいと思います。
 まず、出生から数ヶ月は健康であった事例の男児が、生後半年くらいから細菌感染症と思われる症状を反復するようになった理由を考えて下さい。一般に、Tリンパ球の機能異常を伴わない抗体欠損症では、生後半年から1年程度は殆ど症状が出ない場合が多いと言われます。これは、妊娠中に胎盤を介して胎児に移行した母体側の抗体(移行抗体)が、出生後も乳児の体内に残っていることと、この事例のように母乳を与えている場合には、乳汁中の分泌型IgAが乳児消化管内で感染防御に働くためです。新生児は母体血清中よりやや高い濃度の免疫グロブリンをその血清中に持っていますが、これは合胞体栄養膜細胞(syncytiotrophoblast)に存在するFcRnレセプターが、母胎血清中のIgG(IgG1 > IgG3 > IgG2 >IgG4)を結合して、胎児血管側に運搬するためです。FcRnにはIgG以外の免疫グロブリンは結合しないので、普通新生児血清中にはIgMはごく微量しか存在しません。逆に新生児血清中にIgMが存在すれば、胎児感染が疑われます。新生児血清中のIgGは生後数週間の間に減少して行きますが、これは母体から移行したIgGが急速に代謝分解される一方、新生児自身の免疫系機能はまだ十分に成熟していないためです。この理由から、生後6ヶ月から1歳半頃までの乳児は血清中の免疫グロブリン濃度が低く(移行抗体と自前の抗体産生の端境期)、この時期に細菌感染症を繰り返す乳児がしばしば見られます(乳児期一過性低ガンマグロブリン血症)。
 細菌感染症に対する免疫学的防御機構に抗体が果たす役割は、講義で十分に説明します。特にIgG2は呼吸器系の細菌感染症で重要な役割を果たすと考えられ、IgG2の単独欠損症(しばしばIgAの欠損症を伴う)では、小児期の反復性呼吸器感染症(ヘモフィルス・インフルエンザ、肺炎球菌)が特徴的と言われます。
 末梢血単核球中に占めるBリンパ球の割合は、通常5〜20%です。これは学生さん達自ら、次週の実習でFACS法により測定して貰います。Bリンパ球を、他のリンパ球サブセットと区別するための表面マーカーとして、CD20は頻繁に利用されます。CD20は297アミノ酸残基からなる分子量33.4kDの膜貫通タンパク質で、pre B細胞の段階からBリンパ球の表面に発現しています。しかし、形質細胞には発現がありません。この分子はオリゴマー化してCa2+チャンネルとして機能することがわかっており、Bリンパ球では常時発現してCa2+を透過させています。また、Ser/Thr残基のリン酸化を受けることも知られており、Bリンパ球の活性化に関係する膜分子であると推測されていますが、詳細な機能は不明のままです。臨床的には、この分子がB細胞性悪性リンパ腫やB細胞性リンパ性白血病細胞の表面に発現していることから、抗CD20抗体を用いた特異的治療法(しばしば化学療法剤と併用される)が実用化されています。

 事例3 (金曜日に提示)
 男児および両親と、男児の姉から採血を行い、抗体を用いて細胞内のBtkタンパク質を調べたところ、男児ではCD20陽性細胞が殆ど検出されず、Btk陽性細胞も無かった。一方、母親と姉では、CD20陽性細胞は全てBtk陽性で、CD14陽性単球は、そのおよそ半分がBtk陽性、残りの半分はBtk陰性であった。
 主治医は両親に、「免疫グロブリン製剤の静脈注射を続ければ、他の子供さん達と殆ど同じように健康な生活が送れます。」と説明した。息子が一生注射を続けなければいけないと聞いて、父親は治療費のことが心配になった。

 キーワード

□ 抗体による染色
□ Btk
□ CD14陽性単球
□ 母親と姉はCD14陽性細胞の半分がBtk陽性
□ 免疫グロブリン製剤
□ 治療費

 学生の皆さんに考えてもらいたかったこと

1. 主治医はどうしてお姉さんの血液も調べたのでしょう?
2. 検査の結果から、この家系についてどのようなことがわかりますか?
3. 免疫グロブリン製剤とはどのようなものですか?
4. 免疫グロブリン製剤はどのくらいの頻度で注射するのでしょうか?また、この治療にはどのくらいのお金がかかるのでしょうか?

 解説
 X(染色体)連鎖無ガンマグロブリン血症(X-linked agammaglobulinemia: XLA)の一例です。臨床症状や検査データは、実在の症例を元に一部改変して作ってあります。
 免疫グロブリン分子の欠損または低下を主徴とする無または低ガンマグロブリン血症は、原発性免疫不全症候群の中で最も多いものであり、わが国ではおよそ44%を占めます。その中で最も多く見られるのは、分類不能型の低ガンマグロブリン血症(Common variable immunodeficiency: CVID)ですが、原因の明確な無または低ガンマグロブリン血症としては、Bruton型と呼ばれるXLAが典型であり、原発性免疫不全症候群の約9〜10%を占めます。病名から明らかな通り、X染色体連鎖の劣性遺伝形式を示し、母親を保因者として男児に発症します。発症年齢は比較的高く、本事例のように2歳前後で反復する細菌感染症を主徴として発症する例がある一方、より高年齢になるまで本症と診断が付かない症例もかなりあります。わが国での平均診断年齢は6歳(5歳〜24歳)とする報告があり、外国では40歳代まで診断されなかった例も報告されています。
 X染色体上には本症の原因遺伝子の他にも複数の免疫系機能関連遺伝子が存在しており、その一つであるCD40L遺伝子の異常によって起こるX連鎖高IgM症候群については、2年前のこのコースで事例として採り上げましたXLAの原因は、X染色体上に存在する Bruton's tyrosine kinase: Btk の遺伝子異常です。Btkは、Bリンパ球に限らず造血系細胞に広く発現する、非受容体型の細胞質内チロシンキナーゼですが、その存在は、Bリンパ球の初期分化と成熟Bリンパ球の抗原刺激による活性化の両方に、決定的に重要な役割を果たします。

 Bリンパ球抗原レセプターのシグナル伝達は、多段階のタンパク質リン酸化を介する大変複雑な過程ですが、大まかには次のように要約することが出来るでしょう: 膜型免疫グロブリン分子は細胞質内部分が殆どありませんが、細胞膜内でIgα・Igβと呼ばれる信号伝達分子と結合し、B細胞抗原レセプター複合体(BCR)を形成しています。Igα・Igβの細胞質内部分は、immunoreceptor tyrosin based activation motifs (ITAM)と呼ばれる特有の構造を持ち、ここには細胞質内のLynと呼ばれるチロシンリン酸化酵素が緩く結合しています。膜型免疫グロブリンの細胞外抗原結合部位(Fab部分)に、これと対応する抗原が結合し、複数のBCR複合体が架橋によって互いに近づくと、それぞれのITAM領域に結合したLynが相手側のITAMをリン酸化し、強くリン酸化されたITAMには、別のチロシンリン酸化酵素Sykが結合するようになります。ITAMに結合したSykはそれ自身同士で、或いは付近にある他のチロシンリン酸化酵素によってリン酸化され、活性型となります。BCRが架橋によって互いにリン酸化されると、これによって活性化したLynは、第3段階目のシグナル伝達分子のリン酸化を起こしますが、その一つが、今回の主題のBtkです。リン酸化されたBtkは細胞膜の裏打ちに移動し、Syk とBtkはフォスフォリパーゼCγ(PLCγ2)を活性化して、細胞膜のリン脂質からイノシトール3リン酸(IP3)を遊離させます。遊離したIP3は、最終的に小胞体からカルシウムイオンを動員すると考えられています。また、Btkが直接他のタンパク質をリン酸化し、細胞質内で信号伝達を行う経路も知られています(抗原レセプターを介する細胞内シグナル伝達機構の詳細は、次週の講義で河原講師が解説します)。
 Btkは、骨髄におけるBリンパ球分化においても重要な役割を果たします。Bリンパ球前駆細胞における免疫グロブリン遺伝子再構成と、Bリンパ球分化の機構については、今週の講義で詳しく解説していますが、簡単には次のように纏めることができるでしょう: H鎖VDJ断片の再構成を起こしているBリンパ球前駆細胞は、pro B細胞と呼ばれ、λ5とVpreBから成る代替軽鎖(surrogate light chain: SL)を発現しています。pro B細胞がVDJ再構成に成功し、少量のμ鎖がタンパク質として発現すると、これがSLと結合して、Igα・Igβと共に「pre B受容体」を形成します。この段階がpre B細胞で、この細胞はV領域再構成に関与するRag1/Rag2の発現を止めて大型化し、活発に分裂・増殖して、組換えに成功したμ鎖を持った子孫細胞を増やします。やがて増殖を止めて小型化したpre B細胞は、SLの発現を止め、Rag1/Rag2が再び発現して軽鎖のVJ組換えを起こします。軽鎖のVJ組換えに成功して、膜型免疫グロブリンを発現した細胞が、Bリンパ球です。

 このBリンパ球分化の初期過程において、Btkはpre B細胞の初期段階から強く発現します。そして、XLAの患者の骨髄では、大型化したpre B細胞の段階でBリンパ球の分化が停まっていることが明らかになっています。即ち、VDJ組換えに成功したμ鎖とSL、および Igα・Igβとから成るpre B 受容体からのシグナル伝達にBtkが必要であり、このシグナル伝達が起こらないと、pre B細胞がそれより先の段階に分化を進めることが出来ないと考えられます。

 Btkの存在がBリンパ球の分化に必須であること、しかしBリンパ球以外の血球細胞の分化にはBtkが必要でないことは、事例における検査のデータからもわかります。Btk遺伝子に異常のあるX染色体一つと、Y染色体を持つ事例の男児は、正常のBtk遺伝子を欠いていますから、体中のどの細胞を調べても、Btkは発現していません。勿論、CD14陽性の単球にもBtkタンパク質は検出できません。一方、保因者である母親と、矢張り保因者である姉では、事情は全く変わってきます。女性はX染色体を2本持っていますが、そのうちのどちらか1本は、凝縮して不活化しています。これをLyonizationと呼ぶことは、よくご存知と思います。X染色体の不活化はランダムに起こりますので、保因者である母親と姉では、Btk遺伝子に異常のあるX染色体が不活化する確率と、正常のBtk遺伝子を持つX染色体が不活化する確率は50:50です。ところが、もしBリンパ球の前駆細胞で正常のBtk遺伝子を持ったX染色体が不活化してしまうと、そのような染色体不活化が起こった細胞はBtkの発現を欠くことになり、成熟Bリンパ球まで分化することが出来ません。従って、保因者で末梢血に出てきているBリンパ球は、全て正常のBtkを持った、即ちBtk遺伝子に異常のあるX染色体が不活化した細胞です。一方、同じ末梢血細胞でも、単球の分化にはBtkは関与しません。従って、単球では、正常のBtk遺伝子を持ったX染色体が不活化した細胞と、異常なBtk遺伝子を持ったX染色体が不活化した細胞とが半々に存在することになり、CD14陽性単球の約半数で、Btkタンパク質の発現が検出されると言うことになります。勿論、保因者でない健常者では、全てのCD14陽性単球がBtk陽性となります。

 XLAにおけるBtkの遺伝子異常は極めて多様で、ほぼ全ての領域にアミノ酸置換やフレームシフトが報告されています。Btk分子はそのN-末端から、約120アミノ酸残基のプレクストリン相同領域(PH)、60〜80アミノ酸残基のTecファミリー相同領域(BTK)、約60残基のSrcホモロジー領域3(SH3)、約100残基のSH2領域、および約280アミノ酸残基からなるキナーゼ活性領域を持っています。これまでに400以上のBtk遺伝子変異部位が報告されていますが、その分布はSH3ドメインを除いてほぼ均等です。しかも、大変面白いことに、変異の存在部位と発症(診断)時期や重症度の関係は、殆ど認められていません。これは、Btk分子が極めて無駄のない立体構造を形成しており、どの部位のアミノ酸の変異であっても、その機能に重大な影響を及ぼすためではないかと考察されています。また、フレームシフト以外のミスセンス変異やアミノ酸挿入変異では、活性はなくとも変異Btk蛋白質そのものは(抗体などで)検出されて良さそうですが、実際には前頁で触れたFACS 解析のように、XLAの殆ど全ての症例でBtk蛋白質そのものが検出されなくなります。これは、フレームシフトは勿論、アミノ酸置換だけでもBtk蛋白質が極めて不安定になるためと考えられ、この点からも、Btk蛋白質には「無駄な」或いは「冗長な」アミノ酸配列は殆ど存在していないと推測できます。

 XLAは、現在では静注用免疫グロブリン製剤の補充療法により、長期生存が可能な疾患となっています。慢性呼吸器感染症による気管支拡張症など、致命的な肺合併症の進行を防ぐには、適正な抗生物質療法に加え、血清IgG値を最低値 500mg/dl程度に維持することが望ましく、3〜4週毎に400mg/kgを投与します。また、静注免疫グロブリン製剤は、XLA患者におけるエンテロウイルス脳脊髄炎・脳膜炎の予防にも重要とされ、ヒト免疫グロブリン製剤の筋肉内注射が補充療法として行われていた時代には防ぐことが出来なかった、致命的なエンテロウイルス感染症が、静注用免疫グロブリン製剤の導入以来激減したことが知られています。このことはまた、エンテロウイルス感染に対する防御免疫には、血清抗体が主要な役割を果たすことを示しています。唯、静注用免疫グロブリン製剤は血液製剤ですので、その製造はヒト血液の供給に依存し、持続的な投与が必要なXLA患者では、大変な経済的負担を伴うこととなってしまいます。しかし、幸いにもXLAは特定疾患(診断基準が一応確立し、かつ難治度・重症度が高く、患者数が比較的少ないため、公費負担の方法をとらないと原因の究明、治療方法の開発等に困難をきたすおそれのある疾患:いわゆる「難病」)に指定されており、公費による医療費受給が受けられます。

参考
テュートリアルコース 過去の事例を参照する
厚生労働省・国立感染症研究所 感染症の話
(株)江東微生物研究所 免疫学的検査 血漿蛋白免疫学的検査
難病情報センター 原発性免疫不全症候群
富山医科薬科大学小児科 原発性免疫不全症候群
Biology In Motion
Chemistry, Biology and related disciplines in the WWW
Immunology
Online Macromolecule Museum
関西医科大学解剖学第1講座 顕微鏡実習画像

事例発表会

 週の事例に関し、土曜日1時限目に発表会を行います。「事例の全体像(グループとしての解釈)」と「この例から学んだこと」を、学生がOHPシートを使って発表します。発表に使うOHPシートは、原稿を持参すれば免疫学講座で作成します。

 参考書

 このコースでは特に教科書は指定しません。講義に当たって毎回詳細なプリントを配布し、講義内容がテュートリアルの事例や実習のテーマと密な連携を保つよう配慮しているので、必ず講義に出席しその内容を理解するよう努めて下さい。参考書としては以下に挙げるものがありますが、この分野の進歩は早く、古い教科書には現在では間違であることが明らかな理論や実験結果が記載されているので、この点でも講義で最新の知識に触れることが重要です。

 1)Charles A. Janeway, Jr. , Paul Travers, Mark Walport, and Mark Shlomchik: Immunobiology, The Immune System in Health and Disease, 5th Edition.  Garland Publishing ., New York. (この教科書は大変優れており、最新の知識を一貫したスタイルでわかりやすく記載しています。但し、Fcレセプターに関する記述など、最近の進歩が速い部分では理解が間違っているところもあるので、講義を注意して聞いて下さい 。)

 2)笹月健彦 監訳: 免疫生物学 免疫系の正常と病理 第5版、南江堂 (上記教科書の訳書ですが、翻訳によって却って分かり難くなっている部分もあります。)

 3)澤井高志・内藤 眞・名倉 宏・八木橋操六 編: エッセンシャル病理学 第5版、医歯薬出版 (病理学の教科書ですが、その炎症・免疫・感染症・アレルギーに関する部分は生体防御学のエッセンスを上手く盛り込んでいます。第5版の「免疫とアレルギー」及び「感染症」の章は、宮澤が新たに執筆して、全面的に稿を改めました。)

 4)山本一彦 編: 自己免疫疾患 (New メディカルサイエンスシリーズ)、羊土社 (これ自体が、最新の免疫学の教科書として使える内容を持っています。テュートリアル室に備えられています 。)

 5)平野俊夫 編: 免疫の仕組みと疾患(イラスト医学&サイエンスシリーズ)、羊土社 (最新の研究成果をヴィジュアルに纏めてあり、特に病気との関係が理解し易くなっています。)

 6)Marc Da ron: Fc receptor biology.  Annu. Rev. Immunol. 15:203-234, 1997.(Fcレセプターに関する最新の知識はこれを参考にして下さい。)

 7)山村雄一、岸本忠三、R. A. Good 編: 岩波講座・免疫科学9 免疫と病気 I、岩波書店 (やや旧い本ですが、先天性免疫不全症候群の基本的な考え方や分類・病態はこれで分かります。発症メカニズムについては記述が旧いので、最新の知識は講義から得てください。)

 7)東野英明・宮澤正顕 他編著: 医学生のための薬理学、南山堂 (薬理学の教科書ですが、「免疫抑制薬・抗アレルギー薬・抗リウマチ薬」の章には、免疫学の基本知識と免疫応答の薬物による制御のしくみを、最新の知識に基づいて纏めてあります。)

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