テュートリアル Unit 6 「病因・病態 I」

第5週 自己認識とその破綻
(平成16年12月 6日〜11日)

  2004年12月12日

目 次

重要!: 「事例の行動目標」は、コースガイドから変更されています
事例の解説を掲載しました。

 講義の後に質問を受けましたが、MHC分子はあくまでも「お皿」であって、ペプチドを特異的に認識するレセプターではありません。提示された抗原ペプチドのアミノ酸配列を特異的に認識するレセプターは、TCRです。MHC分子のペプチド結合溝の構造により、提示されるペプチドにある程度の選択性があるという話は、TCRによるペプチド構造認識の特異性とは、全くレベルが違います。喩えて言えば、台所に平たい「西洋皿」と「どんぶり」という、形の違う器があり、どんぶりにラーメンを盛ることはできるが、西洋皿にラーメンを盛るのは無理というのが、MHC分子の多型性によるペプチド結合性の違いです。それに対して、TCRによる認識というのは、もっともっと細かいレベルで、どんぶりに盛られたラーメンのチャーシューが、薩摩黒豚か輸入物か、薩摩黒豚だとしたら生産農家の飼料は何かまで見極めている、というようなことになります。だから、お皿としてのMHC分子は一個体に数種類出ていれば良いのですが、TCRの方は一個体当たり10の16乗のオーダーの多様性が必要です。それでも、西洋皿しか持っていない人は、どう頑張ってもラーメンやうどんは食べ難いというのが、MHC分子の多型性による免疫応答遺伝子現象です。

週の担当教員 週の教育目標 週の時間割 事例とその解説
事例発表会 参考書 ホームページへのリンク

 週の担当教員名簿・連絡先

Unit 主任: 宮澤 正顕 (免疫学教室、教授)

週担当教員、実習指導担当者:

宮澤 正顕 (免疫学教室 教授、内線 3265)
松村 治雄 (免疫学教室 講師、内線 3267)
河原 佐智代 (免疫学教室 講師、内線 3267)
阿部 弘之 (免疫学教室 助手、内線 3267)
金成 安慶 (免疫学教室 助手、内線 3267)

梶原 栄二 (免疫学教室 研究員、内線 3267)
北口 大輔 (免疫学教室 研究員、内線 3267)
木下 さおり (免疫学教室 研究員、内線 3267)
河俣 浩之 (免疫学教室大学院生、内線 3267)

 週の教育目標 :
 週の一般目標

 高等多細胞生物の免疫系は、個体を構成するすべての細胞が一個の受精卵に由来する同一ゲノムを保持するよう監視していること、ウイルス感染細胞の排除や移植片の拒絶は、その当然の帰結であることを理解する

 週の行動目標

  1. MHCクラスI分子による抗原提示のしくみを、簡単な図を描いて説明できる。
  2. CD4陽性Tリンパ球とCD8陽性Tリンパ球による抗原認識機構の違いを説明できる。
  3. MHC遺伝子に多重性と多型性が存在する理由を、個体維持と種の進化の両面から説明できる。
  4. Th1細胞とTh2細胞の産生する代表的なサイトカインを二つずつ挙げることができ、両者の誘導する免疫反応の違いを説明できる。
  5. 胸腺におけるT細胞レセプターの正の選択と負の選択により、自己反応性Tリンパ球の除去と「MHC拘束」が生じることを説明できる。
  6. 上記5.の結果として、同種移植片に対して強い免疫反応が起こることを説明できる。
  7. 免疫応答の誘導における樹状細胞の役割を説明できる。

 週の時間割表
 (12月 6日〜11日)

日付

12月 6日(月)

12月 7日(火) 12月 8日(水) 12月 9日(木) 12月10日(金) 12月11日(土)

1時限目

9:00〜10:00:
テュートリアル
10:00〜10:30:
自習

医学英語
(松村)

9:00〜10:00:
テュートリアル
10:00〜10:30:
自習

講義 18
MHC拘束と免疫応答遺伝子現象
(宮澤)

9:00〜10:00:
テュートリアル
10:00〜10:30:
自習

事例発表会
2時限目

講義 12
MHCとTリンパ球による抗原認識
(宮澤)

講義 15
抗原レセプターのシグナル伝達
(河原)
自習
(宮澤)
講義 19
MHCと疾患感受性
(宮澤)
自習(宮澤) 週末試験
3時限目 講義 13
胸腺とTリンパ球の分化
(宮澤)
講義 16
サイトカイン入門
(松村)
実習 3
ヒト末梢血リンパ球の分離と計数
実習 4
FACSによる細胞表面抗原の検出と陽性細胞の計数
講義 20
移植免疫と腫瘍免疫
(宮澤)
4時限目 講義 14
抗原提示とTリンパ球の活性化
(宮澤)
講義 17
Tリンパ球のエフェクター機能とT-B細胞間相互作用
(松村)
実習 3
ヒト末梢血リンパ球の分離と計数
実習 4
FACSによる細胞表面抗原の検出と陽性細胞の計数
講義 21
原発性免疫不全症候群とエイズ
(宮澤)

 

事例とその解説

 事例における行動目標

  1. MHCクラスI分子による抗原提示のしくみを、簡単な図を描いて説明できる。(週の行動目標1に同じ)
  2. 細胞表面に発現するMHC分子は、必ずペプチドを提示している(「裸の」MHC分子は細胞表面には出ていない)理由を説明できる。
  3. 細胞質内タンパク質由来ペプチドのMHC class I分子による提示にTAPトランスポーターが果たす役割を説明できる。
  4. CD4陽性Tリンパ球とCD8陽性Tリンパ球による抗原認識の違いを説明できる。(週の行動目標2に同じ)
  5. CD8陽性Tリンパ球がウイルス感染防御に果たす役割を説明できる。
  6. T細胞の産生するサイトカインが免疫応答の調節に果たす役割を説明できる。

 事例解説

 事例 1 (月曜日に提示)
 成人式を迎えたばかりの女性・花子さんは、生来比較的健康に過ごしてきたが、幼稚園の頃からいつも鼻づまりがあり、「蓄膿症」と言われて繰り返し耳鼻科の開業医に治療を受けていた。つい先日も、鼻の中に出来たポリープを切除して貰ったところである。
 花子さんの父親と母親は従兄妹同士で、物心つく頃からずっと一緒に遊んできたためか、たいそう仲が良い。先日も一緒にテレビを見ていて、骨髄バンクへのドナー登録を求める広告に揃って感激し、「こんな私たちでも、これまで殆ど病気もせず元気に過ごしてきた。白血病の患者さん達のお役に立てるなら、協力してみようか」と、早速骨髄移植推進財団のパンフレットを申し込んでいた。昨日そのパンフレットが届き、市内の献血センターでドナー登録が出来ることを知った二人は、早速出掛けることになった。花子さんも医療に関心を持っていたので、両親と一緒に献血センターに行ってみることにした。

 キーワード:
 □ 成人式
 □ 女性
 □ 蓄膿症(慢性副鼻腔炎)
 □ ポリープ
 □ 従兄妹結婚
 □ 骨髄バンク
 □ ドナー
 □ 白血病
 □ 骨髄移植
 □ 献血

 学生の皆さんに考えてもらいたかったこと:
 1. 「蓄膿症」とはどのような病気ですか?その原因は?
 2. ポリープとは何ですか?蓄膿症との関係は?
 3. 骨髄バンクのことを聞いたことはありますか?テレビのコマーシャルを見たことがありますか?
 4. 骨髄移植はどのような場合に行われるのですか?
 5. 白血病とはどのような病気ですか?その治療法は?
 6. 骨髄移植のドナーには、誰でもなれるのでしょうか?ドナーの条件は?
 7. 献血センターでは、ドナー登録のためにどのような検査をするのでしょうか?

 解説:
 今週のテーマは、「自己認識とその破綻」です。Tリンパ球による個体の遺伝的同一性維持の機構と、その帰結として生じる移植片の拒絶や、ウイルス感染細胞の排除に伴う免疫病理学的組織傷害などを、テュートリアルと講義・実習を通じて学んで行きます。
 事例では、骨髄移植を自己学習の起点に置いてみました。医学生として、骨髄移植の現状やドナー登録の実際を知っておくのは良いことだと考えますし、家族や親戚・友人などから質問・相談を受ける機会も多いだろうと思います。その際、正しい知識で十分な情報を提供できるようになっておくことも、医学生として必要であると思います。勿論、このテュートリアルでは、白血病の発症機構や診断・治療法の詳細、再生不良性貧血など、骨髄移植の適応となる白血病以外の疾患を詳しく調べさせることが目的ではありません。今週のテーマである「自己認識」のしくみ、即ちTリンパ球による抗原認識機構やMHCの多型性の意味について学んで行くための橋頭堡として、今日はまず骨髄移植を採り上げてみようという訳です。
 わが国における骨髄移植の現状やドナー登録の条件・方法については、骨髄移植推進財団のホームページを参考にするのが一番良いでしょう。頻繁に放映されているテレビジョンコマーシャルなどを足掛かりに、「ドナーになる条件は何なのだろう?」「誰でもドナー登録できるのだろうか?」「ドナーにはどんな負担が生じるの?」などの質問で自己学習の意欲をかき立てて頂きたいと思います。そこから、次回(水曜日)に向け、学生が自らHLA のタイピングなどについても学習してきてくれれば最高です。
 ところで、今回の事例には、実は次回に向けての布石も沢山用意されています。例えば、花子さんの両親は従兄妹結婚ですが、このことは花子さんに何らかの劣性遺伝疾患が存在する可能性を示唆します。また、最初のパラグラフで、花子さんが慢性副鼻腔炎を患って、ポリープの切除を受けていることも気になります。いわゆる「蓄膿症」は、医学的には慢性副鼻腔炎ですが、慢性副鼻腔炎の発症には、副鼻腔粘膜の換気障害と細菌感染が重要な役割を果たします。即ち、鼻風邪など急性炎症で副鼻腔の粘膜が腫脹し、複雑な形状の内腔に閉塞が生じると、換気障害により粘膜のpHが変化し、常在細菌が増殖し易い条件が生じます。感染を早期に排除できない場合は、化膿性細菌の増殖と炎症に伴う滲出により、副鼻腔自然口の閉塞はますます悪化し、悪循環を形成して炎症は慢性化することになります。粘膜の炎症が持続すると、肉芽組織による肥厚が起こり、肥厚した粘膜に感染が加わると炎症細胞が浸潤し、更に肥厚が悪化します。複雑な形状の粘膜同士が物理的にも擦れ合い、上皮が剥がれた部分には更に肉芽が形成されて、最終的には炎症性のポリープが出来てきます。花子さんの副鼻腔では、このような感染と炎症の繰り返しが持続していたと考えられます。

 事例 2 (水曜日に提示)
 献血センターではドナー登録の条件に関する説明を受け、ビデオを見せられた。その後、「白血球の型を調べましょう」と言われ、10mlほどの採血を受けた。花子さんは「血液型ならわかるけれど、白血球の型ってなんだろう?」と思った。
 後日ドナー登録確認書とドナーカードが送られてくると言うことで待っていると、献血センターの医師から連絡があり、もう一度詳しく検査をしたいから出来るだけ早い機会に訪問してほしい旨連絡があった。心配になって献血センターを訪れると、抗体によるHLAタイピングの結果、花子さん一家について下の表のような結果が得られたと教えられた:

父 親 A22 B16 C5 DR3 DR52 DQ2
A2 B63 C2 DR4 DQ3
母 親 A1 B39 C3 DR7 DR53 DQ2
A2 B63 C2 DR4 DQ3
花 子 DR4 DQ3
DR4 DQ3

 キーワード:
 □ 白血球の型
 □ 採血
 □ 血液型
 □ 抗体
 □ タイピング
 □ HLA
 □ A, B, C, DR, DQ

 学生の皆さんに考えてもらいたかったこと:
 1. 血液型について既に学んだことは?
 2. 血液型抗原の分子実体は?
 3. HLAとは何の省略?
 4. 「抗体によるタイピング」とは何のことだろう?「抗体ではないもの」によるタイピングもあるの?
 5. 父親と母親のHLA型は2行に分けて書いてあるのに、花子さんの検査結果が1行になっているのは何故?
 6. A, B, Cはアルファベット1文字と数字なのに、DR, DQはどうしてアルファベット2文字と数字なのだろうか?
 7. DRについて、二つの番号が同時にあるのはどうしてだろうか?

 解説:
 ドナー登録のためにHLAのタイピングを受けた花子さん一家に、びっくりするような検査結果が示されました。献血センターの医師も、この結果にはさぞびっくりしたことでしょう。
 MHC分子の構造と機能を理解することが、この週の焦点の一つです。ヒトのMHC分子がHLAですが、ヒト白血球抗原(Human leukocyte antigen)と言う名称は、これら分子の発見の経緯は示していても、その機能を正確には表していません。尤も、その点では、主要組織適合抗原、或いは主要組織適合性遺伝子複合体(Major histocompatibility complex: MHC)と言う名称そのものが、歴史的には意味のあるものであっても、分子機能を正確に表現したものではないことと一緒です。
 輸血の場合に血液型の適合を図る必要があることは、医学生なら常識として知っているでしょう。血液型の種類や、血液型抗原分子の実体についても、既にこれまでのコースで何度か学んで来ている筈です。「血液型」とは言っても、その抗原分子は実際上全身の全ての細胞に発現していること、一度も輸血を受けたことのない人でも、自分自身の細胞が発現していない(非自己の)血液型抗原に対して、「自然抗体」を持っていることなど、免疫学的に考えて非常に大切な問題も沢山あります(「わかる!独説免疫学」でも解説しています)。
 「白血球型」は、歴史的には、ABO式血液型が適合した条件下で輸血を行っても、レシピエント(「輸血」も細胞の「移植」です)がドナーの白血球表面と反応する抗体を産生する場合がある、と言う観察から発見されてきました。ヒトの赤血球はMHC抗原を(殆ど全く)発現していませんから、「白血球型」という名称は、「赤血球には無い抗原」という意味で当を得ています。殆ど同時に、「白血球型」が臓器移植における拒絶反応の有無や強さと強く相関することが見つかり、既にマウスで研究が進んでいたH2抗原系と同様、HLA抗原がヒトの主要組織適合性抗原であることが明らかになりました。
 HLAのタイピングは、歴史的に「血清学的」に行われてきました。MHC分子は、同一種内で個体間(家系間)の多型性が著しく、自己の持つMHC分子とアミノ酸配列が異なる「非自己MHC分子」に対しては、これと反応する抗体が産生されます。丁度ABO式血液型の場合のように、このような「同種抗体」の反応パターンから、「白血球抗原」を型分けしていくことが可能です。問題は、AさんにBさんから輸血を行った結果Aさんが作るようになった抗体は、Bさんの白血球にだけ(特異的に)反応するという訳には行かず、Bさんとは無関係なCさんの白血球にも反応する場合がしばしばあることです。登録されたHLA型が増えてくると、それに伴って極めて多数の同種抗体を用意し、それら「パネル」の反応パターン(Aの血清は反応、Bの血清は反応せず、Cの血清は反応・・・)から型決めをしていく必要が出てきます。これでは煩雑すぎて、とても実用性がありません。
 MHC分子の機能にとって本質的なのは、この分子がT細胞に対してどのような抗原ペプチドを提示できるか(或いは出来ないか)です。移植片の拒絶に際してTリンパ球が認識するのも、MHC分子のペプチド結合溝周辺の構造です。従って、抗原提示の機能から考えても、移植片拒絶の観点からも、MHCの「型」を決める上で最も重要なのは、ペプチド結合溝を含むN 末端側ドメインのアミノ酸配列の多型性であるはずです。その観点からは、MHCのタイピングは「遺伝子型」によって行うのが一番良いことが明らかです。実際、最近では遺伝子型の直接決定を行う方法も随分普及してきました(講義でも解説しました)。
 一方で、血清学的決定法は、操作が簡便で費用もかからないという利点があります。また、モノクローナル抗体の普及により、現在では遺伝子型との対応がかなり明確な血清型を、再現性良く決められるようにもなっています。さらに、この事例のように、MHC class I分子そのものには遺伝子異常が無く、別の分子の異常のため細胞表面にクラスI分子の発現がないという場合には、遺伝子検査ではMHC class I遺伝子がきちんと検出されるのに、抗体では細胞表面にあるはずのクラスI分子が検出できないと言う事態が生じます。すなわち、遺伝子検査だけだとこの事例のような異常は見落としてしまう、ということになります。
 この事例では、被験者の末梢血を少量採取し、モノクローナル抗体を用いた血清学的タイピングを行ったと想定しています。表のデータも、血清学的なHLA型(serotype)に対応した表現になっています。しかし、血清学的に決められたHLA型は、遺伝子型を完全に反映している訳ではなく、血清学的に同一の型と分類される分子であっても、遺伝子型としてはアミノ酸配列が異なり、従って機能的な差もあると言う場合があります。この辺は、講義で詳しく解説しました。
 この事例では、血清学的にHLA抗原の型決めを行った結果として、花子さんの白血球にはクラスI抗原が発現していないことが明らかにありました。クラスII抗原は検出されています。どうしてこのようなことになったのか、白血球の表面にHLAクラスT抗原が発現していない花子さんは、免疫学的にどのような異常を持つことになるのか、それが次回に明らかになるはずです。

 事例 3 (金曜日に提示)
 花子さんはすぐに大学病院を紹介され、詳しい検査が行われた。花子さんの末梢血リンパ球を調べると、CD4陽性細胞が61%、CD8陽性細胞は 4.5%であった。遺伝子の検査を行った結果、β2ミクログロブリンの発現は正常で、TAP2の遺伝子発現が全く検出されなかった。

 キーワード:
 □ CD4陽性細胞
 □ CD8陽性細胞
 □ 遺伝子検査
 □ β2ミクログロブリン
 □ TAP2

 学生の皆さんに考えてもらいたかったこと:
 1. 末梢血のCD4陽性細胞、CD8陽性細胞の割合は、どのようにして調べますか?
 2. CD8陽性Tリンパ球が 4.5%という値は、正常でしょうか?
 3. β2ミクログロブリンとは、どのような機能を持つ分子ですか?
 4. TAP2とは、どのような機能を持つ分子ですか?
 5. TAP2の発現がないことと、事例2で明らかになった花子さんの検査結果とは、どのように結び付くのですか?
 6. TAP2の発現がないことと、今回の検査データ(CD8陽性Tリンパ球 4.5%)とは、どのように結び付くのですか?
 7. CD8陽性Tリンパ球の機能はどのようなものですか?何のためにある細胞(と言われている)でしょうか?
 8. 花子さんの免疫機能は正常だと思いますか?

 解説:
 MHCクラスII分子の発現は正常で、MHCクラスT分子の発現を欠く、「裸のリンパ球症候群」 Bare lymphocyte syndrome (BLS) I 型の一例です。大変稀な遺伝的疾患で、学生さんたちが将来実際に遭遇することはあり得ないと思いますが、MHC分子の構造と機能、およびTリンパ球サブセットの発生・分化と機能を理解する上で大変有効な事例ですので、敢えて採り上げてみました。事例の内容は、この症候群の分子機構を最初に明らかにしたde la Salleらの論文(Science 265: 237-241, 1994)を下敷きにしています。この事例(創作が加わっています)に類似した家系が、モロッコに実在しています。
 MHC分子の発現を欠くbare lymphocyte syndromeは、クラスI分子の発現を欠くI 型(HLA class I deficiency)と、クラスII分子の発現を欠くII 型(HLA class II deficiency)とに分類されていますが、実際にはII 型はクラスI分子の発現も欠くことが殆どで、病態としては重症複合型免疫不全症候群(SCID)になります。BLS I 型もII 型も、遺伝子レベルでの原因は複数で、I 型については本事例のTAP2欠損の他、TAP結合タンパク質(TAPBP)の欠損、タパシンの欠損などが知られています。I 型は、意外にも何れも軽症で、小児期の重症ウイルス感染や反復性の下痢などは無く、上気道の慢性感染症に伴う副鼻腔ポリープや気管支拡張症が主要な所見です。これに対して、BLS II 型は何れも重症で、乳児期の死亡が多く見られます。反復する呼吸器感染症、下痢、栄養障害による発育不全が見られ、感染巣からはインフルエンザ菌、カンジダ、単純ヘルペスウイルスなど、多彩な病原微生物が検出されます。BLS II 型の原因遺伝子は複数あり、その一部はMHC分子の発現制御に関わる転写制御因子の異常であることが明らかにされています。

 今回の事例は、BLS I 型で、その原因はTAP2分子の発現欠損でした。MHC class I分子の機能は、細胞質内に存在するタンパク質がプロテアソームにより分解されて出来たペプチドを細胞表面に運び、CD8陽性Tリンパ球に提示することです。細胞質内のタンパク質は、そのペプチド結合の一部が分解されたり立体構造が崩れたりすると、ユビキチン−プロテアソーム系による分解処理を受けます。プロテアソームによる細胞質内タンパク質分解によって生じたペプチドは、TAP1/TAP2から成るトランスポーターによって、ATP依存性に小胞体膜を通過し、小胞体の内腔に運ばれます。小胞体は細胞表面に運ばれるタンパク質の合成の場ですが、合成途中のMHC class I分子は、小胞体シャペロンであるカルネキシンに結合し、立体構造の組み上げが行われます。クラスI分子のα鎖にβ2ミクログロブリンが結合すると、クラスI分子はカルネキシンを離れてカルレチクリンと呼ばれる別のシャペロンに結合し、小胞体膜を貫通するタパシンを介してTAPトランスポーターに引き寄せられます。ここで、TAPトランスポーターにより運び込まれたペプチドがMHC class I分子のペプチド結合溝に嵌り、上手くペプチドを結合できたクラスI分子は、立体構造の組み上げを完成してカルレチクリンから離れ、輸送小胞に入ってゴルジ装置へと運ばれていきます。ペプチドの結合に失敗したクラスI分子は、立体構造の組み上げを完成できず、カルレチクリンから離れることが出来ないので、細胞表面に出ることはありません。逆に言うと、細胞表面に発現しているMHC class I分子は、全てペプチドを結合しており、「空のMHC分子」というものはあり得ないと言うことになります。
 この過程から明らかな通り、TAPトランスポーターが欠損した場合はMHC class I分子は小胞体内でペプチドを結合することが出来ず、細胞表面にはMHC class I分子が存在しない状態となります。同様に、タパシンの欠損や構造異常も、組み上げ途中のMHC class I分子とTAPトランスポーターの結合を妨げ、クラスI分子ペプチド結合溝へのペプチドの装填が阻害されます。これらがBLS I 型の原因となる訳です。

 遺伝子レベルでは、花子さんはTAP2の遺伝子に発現欠損がある劣性ホモ個体であると考えられます。TAPトランスポーターの構造遺伝子は、MHC class II領域のDP遺伝子座とDQ遺伝子座の間に位置し、連鎖不平衡のため、クラスIIの遺伝子型(特定の対立遺伝子)とTAP2の欠損とが一緒に遺伝する(ハプロタイプを形成している)、ということになります。この事例の場合、両親が従兄妹結婚でしたので、TAP2の発現が欠損する遺伝子型が DR4/DQ3のハプロタイプと一緒に両親から花子さんに伝えられ、花子さんはTAP2欠損のホモ接合となった訳です。
 Tリンパ球は、胸腺での発生過程でその抗原レセプターについて「正の選択」と「負の選択」を受けます。「正の選択」とは、自己のMHC分子に何らかのペプチドが結合した構造と相互作用が出来るような、即ち「MHC+ペプチド」の構造を認識できるようなレセプター(TCR)を持ったTリンパ球前駆細胞だけが、胸腺内で更に先へと分化を進めることが出来るというしくみです。この際、TCRは単独でMHC+ペプチド複合体に結合できる訳ではなく、TCRとCD4 分子、或いはTCRとCD8分子が同時にMHC+ペプチド複合体に結合します。CD4分子はMHC class II分子に、CD8分子はMHC class I分子に結合して、TCR+ペプチド+MHC複合体構造をより強固に形成させ、更にCD4, CD8分子の細胞質内部分は、TCRからのシグナル伝達も増強します。従って、MHC class I分子に提示されたペプチドを認識できるようなTCRを持ったT細胞前駆細胞は、CD8分子から副次的なシグナルが入って活性化し、MHC class II分子に提示されたペプチドを認識できるようなTCRを持ったT細胞前駆細胞は、CD4分子から副次的なシグナルが入って活性化します。こうして、MHC class I分子上のペプチドを認識するT細胞はCD8分子だけを発現するCD8陽性Tリンパ球へ、class II分子上のペプチドを認識するT細胞はCD4陽性T細胞へと分化していく訳です。これも、「正の選択」の一環 です。
 このことからわかるように、MHC class I分子の発現を欠く個体内では、CD8陽性Tリンパ球は効率的に分化することが出来ません。これが花子さんの末梢血中のリンパ球にCD4陽性細胞が多く、CD8陽性細胞が極めて少なかった理由です。実験的には、β2ミクログロブリンの遺伝子を破壊したノックアウトマウス(MHC class I分子の発現が見られない)で、CD8陽性Tリンパ球が欠損することがよく知られています。
 ところで、免疫学の教科書には、CD8陽性Tリンパ球はウイルス感染細胞の破壊・排除に重要な役割を果たすと書かれています。また、CD8陽性Tリンパ球のウイルス感染細胞傷害機構を重視して、HIV(エイズウイルス)ワクチンを始めとする多くのウイルス感染予防ワクチンの開発が、CD8陽性Tリンパ球の活性化を指標として進められています。ところが、驚くことにこの事例の花子さんは、MHC class I分子の発現が無く、CD8陽性Tリンパ球の機能が実質的に欠損していると考えられるにも拘わらず、致命的なウイルス感染症に罹ることもないまま、成人に達しています。実際、事例の下敷きになったモロッコの家系の例でも、TAP2欠損の患児は上気道感染を繰り返す程度で小児期を経過しており、その血清中には、過去に麻疹・単純ヘルペスウイルス・サイトメガロウイルスなどに感染し、これを排除したことを示す抗体が検出されたのです。
 この事実は、実際にはCD8陽性Tリンパ球はウイルス感染防御に必須ではなく、これが欠損しても、かなりの程度ウイルス感染細胞を体内から排除可能であることを示しています。これに対し、MHC class II分子の発現欠損では重症複合型免疫不全症候群となりますので、CD4陽性T細胞の役割は感染防御に決定的に重要であると考えられます。
 私たちの教室では最近、CD4陽性Tリンパ球を強力に活性化するワクチンを用いると、上述のβ2 ミクログロブリン遺伝子ノックアウトマウスでも、致死的なウイルス感染症から守ることが出来ることを示しました。マウスにおける実験的研究で、実はCD8陽性Tリンパ球の示すウイルス感染細胞傷害効果は、ナチュラルキラー細胞などのはたらきでかなりの程度まで補いうることがわかっています。この事例でも、恐らく同じようなことが起こっていたのでしょう。

 

事例理解の参考になるHP
テュートリアルコース 過去の事例を参照する
先週の事例解説を見る
骨髄移植推進財団のHP
厚生労働省・国立感染症研究所 感染症の話
形質マッピングホームページ
連鎖不平衡」「ハプロタイプ」に関する解説があります
Online Mendelian Inheritance in Man
(ヒト疾患遺伝子情報の総合検索サイト)

事例発表会

 週の事例に関し、土曜日1時限目に発表会を行います。「事例の全体像(グループとしての解釈)」と「この例から学んだこと」を、学生がOHPシートを使って発表します。発表に使うOHPシートは、原稿を持参すれば免疫学講座で作成します。

 参考書

 このコースでは特に教科書は指定しません。講義に当たって毎回詳細なプリントを配布し、講義内容がテュートリアルの事例や実習のテーマと密な連携を保つよう配慮しているので、必ず講義に出席しその内容を理解するよう努めて下さい。参考書としては以下に挙げるものがありますが、この分野の進歩は早く、古い教科書には現在では間違であることが明らかな理論や実験結果が記載されているので、この点でも講義で最新の知識に触れることが重要です。

 1)Charles A. Janeway, Jr. , Paul Travers, Mark Walport, and Mark Shlomchik: Immunobiology, The Immune System in Health and Disease, 5th Edition.  Garland Publishing ., New York. (この教科書は大変優れており、最新の知識を一貫したスタイルでわかりやすく記載しています。但し、Fcレセプターに関する記述など、最近の進歩が速い部分では理解が間違っているところもあるので、講義を注意して聞いて下さい 。)

 2)笹月健彦 監訳: 免疫生物学 免疫系の正常と病理 第5版、南江堂 (上記教科書の訳書ですが、翻訳によって却って分かり難くなっている部分もあります。)

 3)澤井高志・内藤 眞・名倉 宏・八木橋操六 編: エッセンシャル病理学 第5版、医歯薬出版 (病理学の教科書ですが、その炎症・免疫・感染症・アレルギーに関する部分は生体防御学のエッセンスを上手く盛り込んでいます。第5版の「免疫とアレルギー」及び「感染症」の章は、宮澤が新たに執筆して、全面的に稿を改めました。)

 4)山本一彦 編: 自己免疫疾患 (New メディカルサイエンスシリーズ)、羊土社 (これ自体が、最新の免疫学の教科書として使える内容を持っています。テュートリアル室に備えられています 。)

 5)平野俊夫 編: 免疫の仕組みと疾患(イラスト医学&サイエンスシリーズ)、羊土社 (最新の研究成果をヴィジュアルに纏めてあり、特に病気との関係が理解し易くなっています。)

 6)Marc Da ron: Fc receptor biology.  Annu. Rev. Immunol. 15:203-234, 1997.(Fcレセプターに関する最新の知識はこれを参考にして下さい。)

 7)山村雄一、岸本忠三、R. A. Good 編: 岩波講座・免疫科学9 免疫と病気 I、岩波書店 (やや旧い本ですが、先天性免疫不全症候群の基本的な考え方や分類・病態はこれで分かります。発症メカニズムについては記述が旧いので、最新の知識は講義から得てください。)

 7)東野英明・宮澤正顕 他編著: 医学生のための薬理学、南山堂 (薬理学の教科書ですが、「免疫抑制薬・抗アレルギー薬・抗リウマチ薬」の章には、免疫学の基本知識と免疫応答の薬物による制御のしくみを、最新の知識に基づいて纏めてあります。)

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近畿大学医学部ホームページ
免疫学教室ホームページ

便利なリンク集

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