テュートリアル Unit 7 「病因・病態 I」

第1週 抗体分子の構造と機能
(平成18年11月20日〜11月25日)

  2006年 4月14日

目 次

週の担当教員 週の教育目標 週の時間割 事例とその解説
事例発表会 参考書 ホームページへのリンク

 週の担当教員名簿・連絡先

Unit 主任: 宮澤 正顕 (免疫学教室、教授)

週担当教員、実習指導担当者:

宮澤 正顕 (免疫学教室 教授、内線 3265)
松村 治雄 (免疫学教室 講師、内線 3267)
河原佐智代 (免疫学教室 講師、内線 3267)
金成 安慶 (免疫学教室 助手、内線 3267)
梶原 栄二 (免疫学教室 研究員、内線 3267)
北口 大輔 (免疫学教室 研究員、内線 3267)
武田 英理 (免疫学教室 研究員、内線 3267)

 週の教育目標 :

 週の一般目標

 血清中の生体防御タンパク質、特に抗体分子の生理機能を理解する

 週の行動目標

  1. 免疫グロブリンの主要なクラスの名前を血清中の濃度が高い順に言え、それぞれの分子構造の違いをドメインモデルを用いて説明出来る。
  2. 免疫グロブリン分子の重鎖と軽鎖、抗原結合部位、Fc部分、可変部と定常部を、図を描いて説明出来る。
  3. 抗体分子によるウイルス中和の複数のメカニズムを説明出来る。
  4. 免疫グロブリン各クラスの構造と機能の違い、特に補体活性可能とFcレセプター結合能の違いを言える。
  5. 分泌型 IgAの構造上の特徴、secretory component (Sc) の由来、粘膜免疫に果たす IgAの役割を説明出来る。
  6.  newmark.gif
    リンパ節の構造を濾胞と傍濾胞領域に分けて説明し、濾胞にBリンパ球が集まるしくみを組織発生から説明できる。
  7.  newmark.gif
    リンパ球再循環の経路と、これに関わるリンパ節の組織構造を説明できる。
  8. 抗体のエフェクター機能を担う補体の活性化機構と、補体による細胞膜傷害のしくみを簡単に説明できる。
  9. 補体の活性化が炎症反応に結びつくしくみを、「アナフィラトキシン」をキーワードとして説明出来る。
  10. Fcレセプターに細胞機能を活性化するものと抑制するものがあることを、その分子構造の違いから説明出来、抑制性レセプターの存在意義を言える。
  11. 免疫グロブリン分子の多様な抗原特異性が、遺伝子断片の再構成によって創られることを簡単に説明でき、クラススイッチの分子機構を略図を描いて説明出来る。
  12. 免疫グロブリン遺伝子の体細胞高度突然変異による、抗体の抗原結合親和性成熟(affinity maturation)のしくみを、「濾胞樹状細胞」をキーワードにして、二次リンパ組織の構造との関わりから説明できる。

 事例における行動目標

 上記週の行動目標のうち、1〜5と10

 週の時間割表
 (11月28日〜12月 3日)

日付

11月28日(月)

11月29日(火) 11月30日(水) 12月 1日(木) 12月 2日(金) 12月 3日(土)

1時限目

9:00〜10:00:
テュートリアル
10:00〜10:30:
自習

講義 4
抗体分子の構造と
機能 2

(宮澤)

9:00〜10:00:
テュートリアル
10:00〜10:30:
自習

講義 8
Fcレセプターの
構造と機能

(宮澤)

9:00〜10:00:
テュートリアル
10:00〜10:30:
自習

自習
2時限目 講義 1
免疫学入門
 (宮澤)
講義 5
免疫系を構成する
細胞と組織

(宮澤)
講義 6
Bリンパ球抗原
レセプターと
クローン選択

(宮澤)
講義 9
抗原レセプターの
シグナル伝達
 (河原)
自習 試験
3時限目 講義 2
抗体のはたらきと
血清療法

 (宮澤)
実習
血球凝集反応
講義 6
補体の活性化と
制御
(松村)
講義 10
免疫グロブリン
遺伝子 1

(宮澤)
講義 11
Bリンパ球の
発生・分化と
体内分布

(宮澤)
4時限目 講義 3
抗体分子の構造と
機能 1

(宮澤)

実習
血球凝集反応
ゲル内拡散法

実習
ゲル内拡散法

講義 11
免疫グロブリン
遺伝子 2

(宮澤)
事例発表会

 事例とその解説

 事例1

 近畿太郎君は、大阪郊外のニュータウンに住む医学部二年生です。自宅の近くにはまだ休耕田が残っており、数年前から牧草が栽培されています。
 5月の初め、同じ自宅から近くの中学校に通う弟が、毎朝「目が痒い」と言うようになりました。太郎君が弟の顔をよく見ると、両方の瞼が腫れており、結膜に充血がありました。また、健診の時のお医者さんを真似て弟の下瞼を裏返してみると、白っぽいぶつぶつとした斑点のようなものが見えました。

 弟が涙をボロボロと流してハンカチで拭いているので、目にバイ菌でも入ったのかと心配になりました。そう言えば、血液の中には細菌と戦うタンパク質が流れていると聞いた憶えがあります。涙にも同じようなタンパク質が入っているのかと、太郎君は調べてみたくなりました。

 キーワードの例 (学生に挙げて貰いたかったもの)

 □ 郊外
 □ ニュータウン
 □ 休耕田
 □ 牧草
 □ 5月
 □ 痒み
 □ 瞼の腫れ
 □ 充血
 □ 斑点
 □ 涙
 □ 血液
 □ タンパク質

 学生に討論して貰いたかったポイント

 1. 5月という季節に、何か重要な意味はありませんか?
 2. 自分や家族に、同じような症状の人は居ませんか?
 3. 結膜とは、解剖学的にどこを指しますか?また、結膜の部位による違いは何ですか?
 4. 結膜の充血とは、組織学的にはどこ(どの組織)に何が起こっているのでしょうか?
 5. お互いに瞼を裏返してみて、「白いぶつぶつとした斑点」は見えますか?
 6. 血液の中を流れている「細菌と戦うタンパク質」とは何のことですか?
 7. 涙の中にあるタンパク質と、血液のタンパク質は同じものですか?

 事例のねらいと解説
 今週から来週にかけて、免疫系の構成と免疫応答のしくみを、細胞と分子のレベルから集中的に学びます。先ず今週は免疫グロブリン分子の構造と機能、および抗体産生のメカニズムを学び、次いで来週はTリンパ球による抗原認識と免疫応答調節のしくみを理解します。
 事例は、典型的な季節性アレルギー性結膜炎(seasonal allergic conjunctivitis: SAC)の一例です。ここでのねらいは、アレルギー反応について詳しく理解することではなく(それは、このユニットの第6週、「炎症」のところで学びます)、免疫グロブリン各クラスの体内分布と機能の違い、および抗体産生に関わる組織構造の特徴を理解して貰うことにあります。事例1の最後のパラグラフで、医学生の近畿太郎君は「涙にも細菌と戦うタンパク質が含まれているのか?」と疑問を抱きます。これが月曜日のポイントで、学生たちに分泌型IgAの存在を自己学習して貰うのが目標です。
 ヒトの血清中には、IgG > IgA > IgM >> IgD >>> IgEの順序で濃度の異なる免疫グロブリンが存在します。これら免疫グロブリン各クラスの分子構造の違いと、それに基づく生物活性の違いは、講義で詳しく解説します。一方、唾液・消化管粘液・生殖器分泌液などには、血清中とは異なった濃度分布で免疫グロブリンが含まれています。粘液中の濃度が圧倒的に高いのはIgAで、IgGとIgMがこれに続きます。血清と粘液とで免疫グロブリン各クラスの濃度が違うことは、粘液中の免疫グロブリンは、単に血管から受動的に滲み出したものではなく、粘膜のどこかで能動的に産生・運搬されたものであることを示しています。実際、粘膜組織には独自の免疫グロブリン産生細胞が含まれ、局所で産生された免疫グロブリンと血清中の免疫グロブリンが、上皮細胞のトランスポーター分子(polyIG receptor)を介して能動的に運搬されます。
 ヒトの涙液に含まれる免疫グロブリン各クラスの濃度については、1970年代から種々の方法で測定されており、特に1980年代からは酵素免疫定量法(ELISA)による測定で、種々の疾患時における変化なども記載されるようになりました。健常人涙液中の免疫グロブリン濃度について、いくつかの報告データを纏めてみます:

 IgA 186 μg/ml、IgG 6.7 μg/ml、IgM 5.6 μg/ml  (n = 20)
  Coyle, P.K. and P.A. Sibony.  Invest. Ophthalmol. Vis. Sci. 27 :622-625, 1986.

 IgA 795 μg/ml  (白内障患者の術前値)
  Sand, B., O.L. Jensen, J.S. Eriksen, and T. Vinding.  Acta Ophthalmol. 64 :212-215, 1986.

 IgA 720 μg/ml  (コンタクトレンズ装着者 18名の中央値)
 IgA 242 μg/ml (コンタクトレンズ非装着者 42名の中央値) P < 0.01で有意差あり
  Vinding, T., J. S. Eriksen, N.V. Nielsen.  Acta Ophthalmol. 65 :23-26, 1987.

 IgA 289±114 μg/ml、IgG  49± 42 μg/ml、IgM 20±17 μg/ml  (健常者 n = 30)
 IgA 301±101 μg/ml、IgG 280±348 μg/ml*、IgM 37±51 μg/ml (シェーグレン症候群患者 n = 13、*健常者との比較で P < 0.01)
  Domingo, I., J. Coll, J. Ribas-Montobio, J. Marrugat, and J. Rubies-Prat.  Ophthalmologica 212 :30-33, 1998.

 これらの報告を総合すると、ヒトの涙液中には健常人で200〜300 μg/mlの分泌型IgAが含まれ 、通常IgG, IgMの濃度は一桁以上低いこと、コンタクトレンズの装着者では涙液中のIgA濃度が有意に上昇すること、シェーグレン症候群など、結膜に炎症がある場合は涙液中のIgG濃度が上昇することなどがわかります。

 さて、事例に見られる結膜の充血ですが、これは炎症反応による血流の増加と鬱滞が、透明な結膜組織で目に見える状態となったものです。アレルギー反応に伴うケミカルメディエータの産生により、後毛細血管細静脈の収縮と細動脈の拡張が起こり、間の毛細血管は充血すると同時に拡張し、肉眼でも真っ赤に見えるようになります。また、この時毛細血管圧が上昇すると共に細静脈の透過性上昇が起こり、周囲組織に浮腫を生じます。元々極めて疎な結合組織から成る結膜は、浮腫によって体積を増し、「瞼が腫れ上がった」状態となります。さらに、炎症のケミカルメディエータは涙腺の分泌を促進させますから、涙が流れて止まらない状態となります。但し、これらケミカルメディエータの作用の詳細は、第6週「炎症」で詳しく学びますから、ここで深入りする必要はありません。
 下眼瞼を裏返したとき粘膜下に見える「白いぶつぶつ」は、眼瞼粘膜のリンパ組織が発達し、濾胞が目に見えるようになったものと考えられます。欧米では、このような下眼瞼の濾胞の発達を、Mag's signとして、アレルギー性結膜炎の特徴とすることがあるようです(Maganias, N.H.  Ann. Allergy 61 :273-274, 1988.)。これについては、金曜日にまた詳しく考えます。


 事例2

 弟の目は相変わらず真っ赤に充血し、目脂もたまってきました。太郎君は弟を連れて眼科を受診することにしました。眼科の先生は涙を採って顕微鏡で調べ、「好酸球がたくさん出ている」と、太郎君にも見せてくれました。
 先生は弟に、目が痒くなる症状がいつ頃から出てきたかを詳しく聞きました。実は去年も5月頃、しばらくの間目が痒く、涙が止まらないことがあったが、一週間くらいで良くなっていたそうです。先生は「抗ヒスタミン薬だよ」と言って点眼薬を出してくれました。

 キーワード例 (学生に挙げて貰いたかったもの)

 □ 充血
 □ 目脂
 □ 好酸球
 □ 痒み
 □ 5月
 □ 涙
 □ 一週間で良くなる
 □ 抗ヒスタミン薬

 学生に討論して貰いたかったポイント

 1. 好酸球とはどのような細胞ですか?
 2. 好酸球とその他の白血球(顆粒球)の違いは何ですか?
 3. 好酸球は普通血液にどのくらい含まれていますか?
 4. 好酸球が組織に出てくるのはどのような時ですか?そのしくみは?
 5. 好酸球がたくさん出ているときは、どのような疾患を考えますか?
 6. 好酸球がたくさん出ていることと痒みとは関係がありますか?
 7. 涙と目脂の違いは何ですか?
 8. 弟の症状が、去年は一週間で良くなったのは何故でしょうか?
 9. 抗ヒスタミン薬とはどのような薬ですか?
 10. ヒスタミンはどこから出てくるの?

 事例のねらいと解説
 既に講義が進んでいますので、学生たちは免疫グロブリン分子各クラスの構造と機能、抗体産生組織の構造と体内分布などに関して知識を持っているはずです。必要に応じて、IgGとIgAの構造および体内分布の違い、分泌型IgAを構成するポリペプチド、IgEのFc部分の特徴などについて質問してみて下さい。IgGとIgEでは、重鎖(heavy chain)のドメイン構成に違いがあります。
 事例1については、太郎君の弟がアレルギー性結膜炎に罹っていること、自宅近くの休耕田で栽培されている牧草がその原因に関わっていることを、多くのグループが推測できているものと期待します。そこまでを纏めた上で、事例2のシートを配布して下さい。
 事例2では、眼科を受診して目脂を調べ、好酸球が検出されています。涙は透明な粘液ですが、炎症が高度になって血管壁から白血球が遊出するようになると、粘液中に集積した白血球の死骸が黄色い膿となって認識されます。涙液が白血球の死骸を含む場合、目脂と言われるものになります。季節性アレルギー性結膜炎は典型的な即時型過敏症反応、即ちGell-Coombs分類のT型アレルギー反応で、組織の肥満(マスト)細胞に予め結合したIgEが、侵入抗原により架橋されることにより、肥満細胞から多数のケミカルメディエータが放出されて、急性炎症反応が起こります。T型アレルギー反応の局所に特にたくさん集まる白血球が好酸球で、好酸球が集積することが、逆にT型アレルギー反応の診断学的な特徴ともされます。眼科臨床では、結膜分泌物中に好酸球が証明されれば、たとえ1個であってもアレルギー性結膜炎と診断して差し支えないとされています。T型アレルギー反応に特徴的な好酸球遊走のしくみについては、第6週「炎症」で改めて詳しく学びますが、最近ではケモカインの一種エオタキシン(Eotaxin)が、特に重要な役割を果たすと考えられています。
 ヒスタミンは肥満細胞の顆粒内に(ヘパリンと結合して)予め蓄えられており、抗原による膜結合型IgEの架橋によって直ちに組織中に放出されます。放出されたヒスタミンは、H1受容体を介して血管内皮細胞を刺激することによりPGI2を産生させる作用と、平滑筋H2受容体を介する直接作用の両方によって、細動脈血管平滑筋の弛緩を起こさせ、これにより局所血流を増大させます。また、後毛細血管細静脈の内皮細胞のH1受容体に作用して透過性を亢進させると共に、P-セレクチンの発現を上昇させることにより、血管壁での白血球のローリングを誘発させて、遊出を促進します。なお、気管支喘息の場合は、H1受容体を介して気管支平滑筋の収縮を引き起こします。
 一方で、肥満細胞から放出されたヒスタミンは、C線維上のH1受容体を介して、中枢神経に痒みを伝達します。ヒスタミンによるC線維の刺激と、血流増大による局所の温度上昇(熱感)、および浮腫に伴う組織圧の増大などが、T型アレルギー反応における痒みの原因と考えられます。そこで眼科医は、抗ヒスタミン薬の点眼を処方したと理解できます。
 アレルギー性結膜炎の治療には、クロモリンなど肥満細胞からのヒスタミン遊離抑制薬や、エメダスチンなどの抗ヒスタミン薬が使われます。治療薬の詳細については、薬理学のユニットで詳細に学ぶことになりますので、この時点で深入りする必要はありません。アレルギー反応の病態発生の面から考えさせて下さい。


 事例3

 半月くらいで、弟の症状は軽くなってきました。いろいろと教科書を調べた太郎君は、弟の病気は近くの休耕田で栽培されているイネ科の植物が原因の、「アレルギー性結膜炎」であると考えました。太郎君は、皮膚に注射をしたわけでもないのに、眼から入ったイネの花粉がどうしてアレルギー反応を惹き起こせるのか、とても不思議に感じました。

 キーワード (学生に挙げて貰いたかったもの)

 □ 半月で症状が消える
 □ イネ科植物
 □ アレルギー
 □ 花粉
 □ 注射
 □ 皮膚
 □ 眼から侵入
 □ アレルギー反応の成立
 □ 太郎君の疑問

 学生に討論して貰いたかったポイント

 1. 太郎君はどうして休耕田のイネ科植物が原因と考えたのか?
 2. アレルギー反応とはどんな反応?
 3. アレルギー反応と抗体の関係は?
 4. 予防接種を皮膚に行うのはどうして?
 5. 事例1で見られた、下眼瞼の「白い斑点」は何だったのか、もう一度考えてみよう。
 6. 太郎君は何を不思議だと思っているのだろうか?
 7. IgEはどこで作られるの?

 事例のねらいと解説
 今回も事例そのものは短いので、先ず前回までの纏めをしっかりと行って下さい。講義では、木曜日にFcレセプターによる細胞機能の活性化や、免疫系レセプターによる細胞内シグナル伝達の機構を説明していますので、学生たちはIgEの架橋により肥満細胞からケミカルメディエータが放出されるしくみを良く理解しているはずです。講義と自己学習から、「休耕田の牧草抗原による感作→IgEの産生→肥満細胞表面へのIgEの結合→牧草抗原が結膜に再侵入→肥満細胞の脱顆粒による急性炎症反応の惹起→涙と痒み、眼瞼の腫れ、好酸球遊走と目脂」という流れは全てのグループが比較的簡単に理解できるものと思います。その上で、上記「質問例7」の、「IgEは一体どこで作られるのだろう」という疑問を、学生に投げ掛けてみて下さい。
 免疫学の講義では、免疫グロブリンを産生する細胞は何であるか、免疫グロブリンの生合成と分泌の細胞内機構はどのようになっているか、免疫グロブリン分子の抗原結合能の多様性を決定する分子機構はどのようなものかを詳しく学びます。その一方で、抗体産生細胞の体内分布や、抗原・抗体の免疫組織への運搬経路は、等閑視させることが多いのです。しかし実際には、免疫細胞の体内分布や、免疫系組織の解剖学的特徴を理解しないと、特に粘膜における免疫反応の特性は把握できません。今回の事例で太郎君が抱いている素朴な疑問は、空気中を飛んできた花粉の抗原が、結膜から入ってどうやってリンパ組織に到達するのか、リンパ組織で作られるはずの抗体が、どうやって結膜に分布するのか、と言うことです。かなり高度な疑問ですが、これを「不思議だ」と思って貰うことが出来れば、事例3の目的は果たされたことになります。

 この事例は、イタリアンライグラスの花粉を原因とする、季節性アレルギー性結膜炎を想定しています。少し旧いデータですが、平成5年度の厚生省アレルギー総合事業疫学調査班によるフィールド調査によれば、眼掻痒を持つ者は、全人口のうち小児(15歳未満)の16.1%、成人(15歳以上)の21.1%で、医師によってアレルギー性結膜炎と判定されたことがあると答えた者は、小児の12.2%、成人の14.8%です。このことから、全人口の約15〜20%がアレルギー性結膜炎を有していると推定されます。アレルギー性結膜炎の発症は生活環境に密接に関連し、地域差が大きいので、地域によってはこれより高率のところもあると考えられます。本症の発症頻度増加は明らかであり、眼科臨床においてはきわめて頻度が高く、特に最も頻度の高い花粉性結膜炎の管理は重要とされています。
 イタリアンライグラスは冬作のイネ科牧草で、省力的に管理できるため、高齢者による休耕田活用の手段として、近畿・中国・四国地方でしばしば耕作が奨励されています。早生種は5月に収穫しますが、収穫がわずかに遅れると開花し、花粉が飛散します。イタリアンライグラスの花粉には強い抗原性のあることが実験的に証明されており、例えばモルモットへの花粉エキス腹腔内3回投与後、静注による惹起誘発を行うとアナフィラキシーショックを起こすこと、花粉点眼による感作後、同じ花粉で誘発を行うと結膜の浮腫・充血が起こることが報告されています(神奈川県衛生研究所 薬事毒性科)。
 花粉の侵入から抗体産生までの経過を、結膜を中心とした粘膜組織の構造と絡めて考えてみましょう。これまで、眼球に関連する組織で免疫グロブリンの産生能があるのは涙腺だけだと考えられてきました。実際、涙腺の粘膜固有層にはリンパ球と形質細胞が分布しており、多くの形質細胞中にはIgAが認められます。さらに、涙腺の腺房上皮細胞には分泌因子(SC)が検出され、涙腺上皮にIgA運搬機能があることも判ります。これが、涙液中に検出される分泌型IgAの主要な供給源です。
 ところが、1990年代後半に結膜そのものが持つ免疫組織の存在が明らかにされ、眼球における粘膜免疫の概念は大きく書き換えられることになりました。即ち、眼瞼結膜を中心に、結膜には常時多数のリンパ球が存在しており、それらは上皮内のTリンパ球(主にCD8陽性T細胞)と粘膜固有層のBリンパ球や形質細胞を主な構成成分とします。結膜には高内皮細静脈も分布しており、リンパ濾胞もあります。さらに、涙液を鼻腔に流す涙鼻管の粘膜には、表面上皮にM細胞を含んだ典型的な粘膜リンパ装置があり、胚中心を含むリンパ濾胞が形成されています。これらの構造を機能単位と考えて、Knopらは「眼球関連リンパ組織(eye-associated lymphoid tissue)」の概念を提唱しています。
 即ち、角膜や結膜表面に付着・侵入した抗原は、涙液の流れに従って涙鼻管のリンパ装置(lacrimal drainage-associated lymphoid tissue)に取り込まれます。この部の粘膜には典型的な抗原取り込み・提示のしくみがあり、上皮内のM細胞を介して取り込まれた抗原によりリンパ球が感作されて、活性化された抗原特異的Bリンパ球はリンパ濾胞を形成します。このリンパ濾胞で分化した抗体産生細胞は一旦血流に入り、涙腺や結膜の粘膜固有層でIgA産生を行います。
 勿論、少量の花粉抗原が繰り返し侵入した場合にはIgE産生細胞への分化が起こり、これらIgE産生細胞も結膜などの粘膜固有層に分布します。産生されたIgEは局所粘膜の肥満細胞に結合し、次の抗原刺激で急速に炎症反応が起こります。また、抗原刺激が繰り返し行われた場合には、粘膜固有層に分布していたメモリー細胞の再活性化が反復して起こり、結膜に分布しているリンパ濾胞が大きく発達します。これが肉眼で見える大きさになったものが、所謂Mag's signに相当する眼瞼の斑点です。
 このような粘膜特有の免疫組織の存在と、その構造に基づく粘膜での抗原感作・抗体産生のしくみは、例えばワクチン開発などの実用面でも、非常に重要な概念に結び付くことがわかってきています。即ち、エイズや性病などを含め、病原体が粘膜から侵入する感染症に対しては、予防接種を皮膚に行うのではなく、粘膜からワクチンを接種した方が効果が高いことが明らかにされてきているのです。経皮的に接種したワクチンでは、血清中のIgGは上昇するが粘液へのIgA産生はほとんど全く認められず、同じ抗原を粘膜に投与した場合には、血清中のIgM/IgGは殆ど全く検出されないのに、粘膜にはIgAが産生されると言う場合が報告されています。今後、実際の予防接種においても、粘膜免疫を強く誘導するような接種経路が推奨される時代が来ることでしょう。

 参考文献
 1) Knop, E. and N. Knop.  Lacrimal drainage-assoiated lymphoid tissue (LDALT): a part of the human mucosal immune system.  Invest. Ophthalmol. Vis. Sci. 42 :566-574, 2001.
 2) Knop, E. and N. Knop.  The role of eye-associated lymphoid tissue in corneal immune protection.  J. Anat. 206 :271-285, 2005.
 3) Andrson, A.O.  Peripheral and mucosal immunity: critical issues for orl vaccine design.  http://www.geocities.com/artnscience/Mucosal_Immunity/

 

参考
テュートリアルコース 過去の事例を参照する
獨協医科大学 小暮名誉教授による アレルギー性結膜炎の解説
日本眼科学会による アレルギー性結膜炎の解説
日本眼科医会による アレルギー性結膜炎の解説
横浜市立大学医学部眼科学教室 内尾 英一先生による アレルギー性結膜炎の講演要旨
筑波記念病院による 花粉症と結膜炎の解説
Medical Encyclopedia Allergic Conjunctivitis
e-Medicine Conjunctivitis, allergic
ペンシルヴェニア州立大学 Health and Disease Topics Eye Allergy and Conjunctivitis

事例発表会

 週の事例に関し、菌曜日4時限目に発表会を行います。「事例の全体像(グループとしての解釈)」と「この例から学んだこと」を、学生がPowerPointまたはOHPシートを使って発表します。発表に使うOHPシートは、原稿を持参すれば免疫学講座で作成します。

 参考書

 このコースでは特に教科書は指定しません。講義に当たって毎回詳細なプリントを配布し、講義内容がテュートリアルの事例や実習のテーマと密な連携を保つよう配慮しているので、必ず講義に出席しその内容を理解するよう努めて下さい。参考書としては以下に挙げるものがありますが、この分野の進歩は早く、古い教科書には現在では間違であることが明らかな理論や実験結果が記載されているので、この点でも講義で最新の知識に触れることが重要です。

 1)Charles A. Janeway, Jr. , Paul Travers, Mark Walport, and Mark Shlomchik: Immunobiology, The Immune System in Health and Disease, 6th Edition.  Garland Publishing ., New York. (この教科書は大変優れており、最新の知識を一貫したスタイルでわかりやすく記載しています。

 2)笹月健彦 監訳: 免疫生物学 免疫系の正常と病理 第5版、南江堂 (上記教科書の訳書ですが、翻訳によって却って分かり難くなっている部分もあります。)

 3)澤井高志・内藤 眞・名倉 宏・八木橋操六 編: エッセンシャル病理学 第5版、医歯薬出版 (病理学の教科書ですが、その炎症・免疫・感染症・アレルギーに関する部分は生体防御学のエッセンスを上手く盛り込んでいます。第5版の「免疫とアレルギー」及び「感染症」の章は、宮澤が新たに執筆して、全面的に稿を改めました。)

 4)山本一彦 編: 自己免疫疾患 (New メディカルサイエンスシリーズ)、羊土社 (これ自体が、最新の免疫学の教科書として使える内容を持っています。テュートリアル室に備えられています 。)

 5)平野俊夫 編: 免疫の仕組みと疾患(イラスト医学&サイエンスシリーズ)、羊土社 (最新の研究成果をヴィジュアルに纏めてあり、特に病気との関係が理解し易くなっています。)

 6)Marc Da ron: Fc receptor biology.  Annu. Rev. Immunol. 15:203-234, 1997.(Fcレセプターに関する最新の知識はこれを参考にして下さい。)

 7)東野英明・宮澤正顕 他編著: 医学生のための薬理学、南山堂 (薬理学の教科書ですが、「免疫抑制薬・抗アレルギー薬・抗リウマチ薬」の章には、免疫学の基本知識と免疫応答の薬物による制御のしくみを、最新の知識に基づいて纏めてあります。)

ホームページへのリンク

近畿大学医学部ホームページ
免疫学教室ホームページ

便利なリンク集

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