テュートリアル Unit 7 「病因・病態 I」

第1週 抗体分子の構造と機能
(平成18年11月20日〜11月25日)

  2007年11月18日

 平成19年度は60分授業制への移行初年度である上、木曜日に休日が入り、第一週の講義の進行がかなりタイトでした。第2週はもう少しゆっくりと講義を進めるように内容の変更をしました。

目 次

週の担当教員 週の教育目標 週の時間割 事例とその解説
参考書 ホームページへのリンク

 週の担当教員名簿・連絡先

Unit 主任: 宮澤 正顕  (免疫学教室、教授)

週担当教員、実習指導担当者:

宮澤 正顕 (免疫学教室 教授、内線 3265)
松村 治雄 (免疫学教室 講師、内線 3267)
河原 佐智代 (免疫学教室 講師、内線 3267)
金成 安慶 (免疫学教室 助手、内線 3267)
梶原 栄二 (免疫学教室 助手、内線 3267)
松熊 秀明 (免疫学教室 博士研究員、内線 3267)
武田 英理 (免疫学教室 博士研究員、内線 3267)

 週の教育目標 :

 週の一般目標

 血清中の生体防御タンパク質、特に抗体分子の構造と生理機能を理解する

 週の行動目標

  1. 免疫グロブリンの主要なクラスの名前を血清中の濃度が高い順に言え、それぞれの分子構造の違いをドメインモデルを用いて説明出来る。
  2. 免疫グロブリン分子の重鎖と軽鎖、抗原結合部位、Fc部分、可変部と定常部を、図を描いて説明出来る。
  3. 免疫グロブリン各クラスの構造と機能の違い、特に補体活性化能とFcレセプター結合能の違いを言える。
  4. 分泌型 IgA の構造上の特徴、secretory component (Sc) の由来、粘膜免疫に果たす IgAの役割を説明出来る。
  5. 抗体のエフェクター機能を担う補体の活性化機構と、補体による細胞膜傷害のしくみを簡単に説明できる。
  6. 補体の活性化が炎症反応に結びつくしくみを、「アナフィラトキシン」をキーワードとして説明出来る。
  7. Fcレセプターに細胞機能を活性化するものと抑制するものがあることを、その分子構造の違いから説明出来、抑制性レセプターの存在意義を言える。
  8. 免疫グロブリン分子の多様な抗原特異性が、遺伝子断片の再構成によって創られることを計算式を用いて簡単に説明でき、クラススイッチの分子機構を略図を描いて説明出来る。
  9. リンパ節の構造を濾胞と傍濾胞領域に分けて説明し、濾胞にBリンパ球が集まるしくみを組織発生から説明できる。
  10. リンパ球再循環の経路と、これに関わるリンパ節の組織構造を説明できる。

 事例における行動目標

  1. 免疫グロブリン分子の「抗原結合部位」とは何かを説明できる。
  2. 免疫グロブリン分子がウイルスの感染性を阻害(中和)するしくみを説明できる。
  3. HIV感染の抗体による検査法を3種類挙げ、それぞれの原理を説明できる。
  4. Western blot法の原理と手順を、模式図を描いて 説明できる。
  5. HIV感染における「ウィンドゥピリオド」とは何かを説明できる。
  6. HIV感染の経過を、血液中のHIV粒子(ウイルスゲノムコピー)数、抗HIV抗体価、末梢血CD4陽性Tリンパ球数をグラフに表して説明できる。

     週の時間割表
     (11月20日 〜 25日)

    日付 11月20日(月) 11月21日(火) 11月22日(水) 11月23日(木) 11月24日(金) 11月25日(土)
    1時限目
    9:00〜10:00
    テュートリアル 講義 5
    Bリンパ球抗原
    レセプター 1

    (河原)
    テュートリアル sunny.gif テュートリアル 自習
    2時限目
    (時間に注意!)
    自習
    10:00〜11:00
    講義 6
    Bリンパ球抗原
    レセプター 2

    (河原)
    10:15〜11:15
    自習
    10:00〜11:00
     
    勤労感謝の日 自習
    10:00〜11:00
    自習
    スペアタイム
    (時間に注意!)
    講義 1
    免疫学入門
    (宮澤)
    11:00〜12:00
    医学英語
    (松村)
    11:20〜12:00
    講義 7
    免疫系の
    細胞と組織

    (宮澤)
    11:00〜12:00
    講義 10
    免疫グロブリン
    遺伝子 1

    (宮澤)
    11:00〜12:00
    自習
    3時限目
    13:00〜14:00
    講義 2
    抗体とは何か
    (宮澤)
    実習
    血球凝集反応
    講義 8
    免疫系の
    組織発生

    (宮澤)
    講義 11
    免疫グロブリン
    遺伝子 2

    (宮澤)
    4時限目
    14:10〜15:10
    講義 3
    抗体分子の
    構造と機能 1

    (宮澤)
    実習
    血球凝集反応
    ゲル内沈降反応
    講義 9
    補体の活性化と
    その調節

    (松村)
    講義 12
    Fcレセプター
    (宮澤)
    5時限目
    15:20〜16:20
    講義 4
    抗体分子の
    構造と機能 2

    (宮澤)
    実習
    血球凝集反応
    ゲル内沈降反応
    実習
    ゲル内沈降反応
    判定
    講義 13
    Bリンパ球の
    分化と体内分布

    (宮澤) 

     事例とその解説

     事例1 (月曜日に配布)

     A子さんは兵庫県内で働く看護師・保健師です。看護雑誌でアフリカのエイズ孤児救済ボランティアの記事を読み、応募してザンビアのカニャンガにあるエイズ孤児収容施設に2年間滞在しました。孤児たちの健康管理や地域でのエイズ撲滅運動に携わるとともに、農作業を手伝い、学校での理科教育にも協力しました。

    学生さんたちに挙げて欲しかったキーワード
     □ 看護師・保健師
     □ アフリカ
     □ エイズ
     □ エイズ孤児
     □ ボランティア
     □ ザンビア
     □ カニャンガ
     □ 孤児収容施設
     □ エイズ撲滅運動
     □ 農作業
     □ 理科教育

    こんなことを調べて、討論してみましょう (これらに縛られる必要はありません)
     エイズってどんな病気?
     エイズの原因(病因)は?
     世界におけるHIV感染とエイズの現状は?
     アフリカにおけるHIV感染者数は?
     エイズ孤児とは?その数は?
     母子感染について考えなくて良いの?
     ザンビアってどこ?
     よく「サハラ以南」と言われるけれど、その意味は?
     どうしてアフリカにはエイズ患者が多いの?
     ボランティア活動ってやったことある?
     エイズ撲滅運動って、具体的にはどんなことをするの?
     何故看護師のA子さんが理科教育を手伝うの?


     事例のねらいと解説
     今年度は宮澤の着任以来初めて、HIV感染とエイズをテュートリアルの事例に採り上げてみました。
     現在インド・中国を含むアジアの国々で、HIVの感染爆発が急速に進行しています。インドの感染者数は500万人を超え、南アフリカを抜いて「世界一のHIV感染大国」になりました。また、中国では2010年までに感染者数が1,000万人を超えるとの推計があります。これは対岸の火事ではなく、我が国でも平成18年度は新規HIV感染報告数が1,000件を超える勢いであり、感染爆発の進行が強く懸念されます。宮澤が実際にお手伝いしている、神戸市保健所のHIV抗体即日検査や性感染症検査・相談でも、若者に性器クラミジア感染症を中心とする性感染症の拡がりがあり、若年者のHIV感染の実態にも触れています。このような背景の下、単に講義だけでなく、テュートリアルによる「体験」を通して、これからの日本を担う学生たちにHIV感染とエイズの実情をしっかりと理解してほしいと強く願っています。また、医学部の卒業者にとって国内で臨床医として働くことだけが可能な進路ではなく、全世界的な視野で感染症対策に携わる道もあることを是非知って貰いたい、とも思います。
     さて、事例はザンビアにおけるエイズ孤児の話から始まります。現在全世界におよそ4,000万人のHIV感染者が生存しており、毎年300万人以上がエイズを発症して死亡しています。アジアにおける感染爆発が進行する以前から、サハラ以南のアフリカ(sub-Saharan Africa)では急激な感染爆発が起こっており、現時点で全世界のHIV感染者の約65%がこの地域に集中しています。15歳から49歳までの働き盛りにおけるHIV感染の頻度は6%以上、レソトやボツワナではこれが25%にも達します。当然、エイズ死亡も多く、この地域では2005年一年間でおよそ200万人がエイズにより死亡したと考えられます。そのため、例えば2005年における南アフリカ共和国の平均寿命は43歳、ボツワナのそれは39歳と低く、2010年までにボツワナ、ナミビア、スワジランド、ジンバブエを含むアフリカ南部の多くの国々で、平均寿命は30歳近くまで落ち込むものと見られています。
     青壮年でのエイズ死亡が多いことから、当然生じるのがエイズ孤児の問題です。両親或いは片親(多くの場合は父親)がエイズを発症して死亡し、後に残されたエイズ孤児の数は、サハラ以南のアフリカで1,200万人に達すると推計されています。この地域では、孤児発生の原因に占めるエイズの割合が、過去10年間で3.5%から32%へと急増しているのです。

     エイズ孤児には、戦争や天災による孤児発生とはまた別の問題点があります。即ち、
     1)親のエイズ発症から死亡までの間、就労不能による収入減、医療費・介護費用による支出増、社会的差別などの問題が重なり、既に家計は破綻して、土地や財産なども人手に渡ってしまっている場合が多い。
     2)一方の親がHIV感染者である場合、他方も感染している場合が多く、残された片親もいつ発症するかわからない。或いは、二人とも発症し、両親を亡くした孤児の割合が高い。
     3)エイズ孤児自身がHIVに感染している場合もある(胎盤・分娩時の出血・母乳を介する母子感染の危険率は、これらの原因全てを合わせて、分娩一回あたりおよそ1/3)。
     4)エイズ孤児自身が社会的差別の対象となる。
    などです。

     A子さんがボランティア活動に従事したザンビアは、753,000km2と日本の約2倍の広さの国土を持ち、人口約1,270万人ですが、全人口の87%は日収2ドル以下と貧しく、近隣諸国の紛争による難民の流入も伴って、政府の経済破綻が深刻です。国内のHIV感染者数はおよそ110万人で、15歳から49歳におけるHIV感染率は約17%、エイズ孤児数は71万人と見積もられています(UNAIDS, 2005)。エイズ孤児の多くは祖父母や伯父・叔母など親戚に引き取られていますが、唯でさえ低収入の養家に対する経済的負担も大きく、青壮年教員のエイズ死亡も加わって満足な教育を受けられないため、それがまた就労不能による貧困を生むという悪循環に陥る例が増えています。A子さんが看護師・保健師としての活動の他に学校教育の援助にも携わったのはこれが理由で、我が国のJICA(独立行政法人 国際協力機構)の活動でも、教員の派遣が重視されています。事例に出てくるカニャンガという地域 は、住民が協力して農業を推進し、エイズ孤児たちに食糧を供給すると共に、作物の一部を売って地域発展のための資金源ともしていると言う活動で有名なところです。

     学生たちは、テュートリアルHPのリンクや検索サイトを活用させ、世界におけるHIV感染とエイズの現状、アフリカにおけるエイズ孤児の実情、我が国政府機関やNPO法人などによる援助活動などを調べて下さい。HIVがどのようなウイルスか、エイズはどのようにして発症するかなど、ウイルス学・免疫学の細部にわたる自己学習は、この時点ではまだ不要です。それよりも、現時点では先ずHIV感染に関する疫学的事項、エイズの社会的・経済的影響について学習することに重点を置いて下さい。

     事例 2 (水曜日に配布)
     帰国したA子さんは保健所に勤め、神戸市で毎週末行われている無料エイズ検査に協力することになりました。この検査では希望者から匿名で採血を行い、HIVに対する抗体の有無をイムノクロマト法と粒子凝集法で調べて、2時間以内に結果説明をします。A子さんは、若者の検査希望が多いこと、反復して検査に訪れる人たちがあること、予約者に対して行っているクラミジア感染の抗体検査で、陽性率が驚くほど高いことにショックを受けました。

    学生さんたちに挙げて欲しかったキーワード
     
      □ 無料エイズ検査
      □ 採血
      □ HIV
      □ 抗体
      □ イムノクロマト法
      □ 粒子凝集法
      □ 2時間
      □ 反復受診者 (リピーター)
      □ クラミジア
      □ 高い陽性率

    こんなことを調べて、討論してみましょう (これらに縛られる必要はありません)

     HIVって何の省略?
     HIV感染とエイズはどう違うの?
     どうしてHIVそのものではなく、HIVに対する抗体を調べるの?
     日本のHIV感染者数はどのくらい?世界でも多い方?
     抗体って何?
     抗体には抗原結合部位がいくつあるの?
     粒子凝集法ってどんな検査?実習で
    赤血球凝集反応をやったよね?
     濾紙みたいな細長い紙でやる妊娠検査を知らない? → たとえば…
    これ

     事例のねらいと解説
     まず、月曜日の「事例1」について十分ディスカッションして下さい。学生さんたちは世界におけるHIV感染とエイズの実情を十分に調べてきたでしょうか?HIV感染がどのようにして拡がるのか、なぜアフリカでこれほどの感染爆発が起こったかについて、少しは考えて来たでしょうか?
     アフリカでHIVの感染爆発が起こった理由については、いくつかの要因があります。一つは度重なる紛争や貧困に伴う社会秩序の喪失と、教育の崩壊、そしてもう一つは文化・習慣的背景です。現在、少なくともアフリカの30ヶ国が何らかの形で紛争や内戦に直面しており、こうした状況下では、人権・倫理意識の低下した状態で各地を転々とする兵士・民兵・反乱兵によって、HIV感染は地域を越えて拡がって行きます。特に、将来に対する希望を失いかけた人たちが密集して生活する難民キャンプでは、HIV感染が蔓延し易い条件が生じます。同時に、アフリカ特有の性文化に、貨幣経済と開放的な欧米文化の影響が加わり、青壮年層が性行為に対してより寛大になったことも、HIV感染の急速な蔓延に関係しています。WHOとUNAIDSは一致して、性暴力がサハラ以南のアフリカにおけるエイズ蔓延の最大の原因だと指摘しています。これは、残念なことにアフリカでは男性に較べて女性の教育程度が低いこととも関係しています。サハラ以南のアフリカでは平均して最も教育程度の高い南アフリカ共和国でも、女性(特に黒人女性)のほとんどは、性行為の際に相手に避妊(コンドーム使用)を言い出せない傾向が強いと言います。2004年3月末に公表された国連の統計によれば、南アフリカに隣接するスワジランドの周産期ケアセンターに通ってくる女性のHIV感染率は、1992年が3.9%、1994年には16.1%、1996年が26%、1998年が31.6%、2000年には34.2%、そして2002年になると38.6%と、10年間でほぼ9倍にもはね上がりました(周産期ケアセンターに通える女性は比較的教育程度の高い人たちと考えられますから、一般人口の感染率はさらに高い可能性があります)。HIVに感染している女性の87%が30歳未満、67%が25歳未満です。小児に対するレイプの事例も多く、レイプを受けた子どもは「処女との性行為がHIVまたはエイズの治療になる」との迷信を信じている割合が、ほかの子どもよりも多いと言われます。このため、レイプの犠牲者に3歳以下の幼児や小児が多いのも特徴です。若年でのHIV感染は思春期から青年期でのエイズ発症につながり、平均寿命の短縮に結び付くとともに、働き盛り人口の低下、これによる貧困と教育の衰退、そして先天性或いは小児HIV感染者の増加という悪循環を生みます。この辺について、学生さんたちに十分考えてもらいたいと思います。

     さて、事例2ですが、ここではHIV感染とエイズの関係、及びHIV感染の検査法について考えて貰うのが主なねらいです。エイズ(後天性免疫不全症候群)の原因はHIV(ヒト免疫不全症ウイルス)による感染ですが、HIV感染が直ちにエイズ発症に結び付く訳ではありません。HIVが体内に侵入して感染が成立した場合、感染初期には他の多くのウイルス感染症と同じように、発熱(96%)、腋窩や頸部のリンパ節腫脹(74%)、喉の痛み(70%)筋肉痛・関節痛(54%)などの非特異的全身感染症状が出現します(全く無症状の場合もあります)。しかし、このような急性感染症状とエイズとは全く異なったものです。HIV感染の成立後、多くの場合10年以上の長い無症候期間を経て、免疫系の司令官であるCD4陽性Tリンパ球数が減少していきます。このため免疫不全状態に陥って、最終的に日和見感染症や日和見腫瘍を発症したとき、初めてエイズを発症したと言います「HIV感染状態=エイズ」ではない、と言うことをしっかり理解しないといけません。HIVに感染していてもエイズを発症していない無症候期には、外見上HIV感染を窺わせる何らの症状も所見もなく、感染者本人も自分の感染を知らないことがしばしばです(我が国でも、エイズ発症によって初めて自己のHIV感染を知る症例が毎年百例単位であり、タイでは、夫がエイズ死するまでそのHIV感染を全く知らなかったと言う「エイズ寡婦」が多数います)。そして、この無症候期間に性行為や麻薬静注を介して未感染者へとHIV感染が拡がって行きます。
     HIVに感染しただけでは何もそれらしい症状が出ないのですから、自らの感染の有無を知るには検査が必要です。現在、日本赤十字社は輸血用血液について核酸増幅法(NAT)による厳格なHIV検査を実施していますが、献血の際に肝炎ウイルス感染が認められた場合には献血者本人にその事実を伝えるのに対し、HIV感染が見つかっても、その事実は献血者には伝えられません。これは、HIV感染リスクのある人が、検査代わりに献血を行う(そして、それによってHIV感染者の血液が輸血に用いられてしまう)というリスクを避けるためです。因みに、現在の献血におけるHIV陽性率は、10万件あたりおよそ1.5(昨年は1.7)です。一方、保健所などでは無料のHIV抗体検査を行っています。これは、献血と異なり保健所での検査であれば、発見した感染者に対して直ちにカウンセリングや指導が出来るからです。

     一般にウイルス感染の診断法としては、ウイルスそのものの存在を検出する方法と、血清、特にペア血清を用いてウイルスに対する抗体価の変化(抗体陽転:seroconversion)の有無を調べる方法とがありますが、通常保健所などのHIV感染即日検査に用いられているのは、抗体の検査法です。今週は主に抗体分子について学ぶ週ですので、事例2から抗体検査について十分なディスカッションが出来るように期待しています。なお、ウイルスそのものの定量的検出法については、事例5で解説します。
     血清中のウイルス抗原特異的抗体の検出と定量は、いくつか異なった方法で行うことが出来ます。例えば、持続感染細胞を標的とした蛍光抗体法や酵素抗体法、感染性のウイルス粒子と標的細胞を用いた中和アッセイ法などですが、HIV感染の検査に用いられている方法は、主にイムノクロマト法、粒子凝集法、ウェスタンブロット法の3つです。
     イムノクロマト法は、乾燥させたグラスファイバーの滴下部に、検出しようとするウイルス抗原(この場合はHIV抗原)に金コロイドなどを標識したものを含ませておき、そこに検体となる血液を滴下して、毛細管現象で隣接するニトロセルロース膜へと抗原を移動させるものです。ニトロセルロース膜の途中には、標識されていないHIV抗原を線状に固定しておきます。もし血清中にHIV抗原と反応する抗体があれば、滴下部で標識抗原と血清抗体が結合し、抗原・抗体複合物となって膜内を流れて行きます。非標識HIV抗原が線状に固定された部位に達すると、抗体分子には抗原結合部位が二箇所ありますので、抗体による標識抗原と非標識抗原の架橋が起こり、標識抗原が線状に集積します。この時、金コロイドなどが膜上の狭い範囲に集まることにより、赤く発色して見えるようになるのです。
     血清中に抗HIV抗体が無ければ、標識抗原は膜上に捉えられることなく素通りして行き、発色は起こりません。検出キットの種類によっては、ニトロセルロース膜の端に抗HIV抗体や抗ヒトIg抗体を固定しておき、抗体による架橋が起こった場合とは別の場所に(または別の色で)線が出るように工夫されているものもあります(これにより、毛細管現象が確実に進行したことを確認できる訳です)。
     イムノクロマト法の応用範囲は広く、上記とは逆に、特定の抗原物質の二つ以上の異なるエピトープ(抗体認識部位構造)に対して標識抗体と線状固相化抗体を用意しておき、微量の抗原物質の有無を検出するという場合もあります。何れの場合も、標識にはナノコロイド状の金属(金やセレニウム)を用いることが多く、例えば金コロイドの場合は、金がナノメートルサイズの粒子としてガラス或いは溶液中に分散すると、電子のプラズマ振動により特定波長の可視光を吸収し、(金色ではなく)赤色に見えるという現象を利用しています。この反応は極めて鋭敏で、酵素反応など煩雑な操作を必要とせず、特別の設備がない一般会議室やフィールドで抗体検査が出来るので、近年広く普及しています。また、妊娠検査やアレルゲンの検査などにも用いられていることは、多分学生たちも知っているでしょう。
     但し、イムノクロマト法は鋭敏な反面操作の失敗(滴下部位に上手く検体を落とせない、毛細管現象が十分に起こらない、など)で結果が得られないことや、発色ラインが薄くて判断に迷う場合などもあり、多くの検査機関ではこの方法と粒子凝集法などを併用しています。粒子凝集法については、火曜日の実習で説明を受け、学生の皆さん自らが体験しているので説明を省きます。
     イムノクロマト法と粒子凝集法の両方で抗体陽性となった場合、さらに確定のためにウェスタンブロット法によるウイルス抗原特異的抗体の検出や、RT-PCR法によるウイルスRNAの検出を行います。これらの検査には十分な設備と経験が必要ですので、「即日検査」では対応できず、一週間ほど待って貰って、再度検査結果の説明とカウンセリング、今後の方針決定などを行います。

     抗体検査の問題点として、ウイルス抗原の侵入後、血清中に抗体が検出できるようになるまでには暫く時間がかかるという点が重要です。HIV感染の場合、一般に感染後2〜3週間からひと月をピークとして血漿中のウイルスコピー数が急増します。ウイルス感染細胞の出現に伴って免疫系が反応し、早くも感染2週間後には、所属リンパ節などにHIV抗原特異的なサイトカイン産生或いは細胞傷害反応を示すエフェクターT細胞が検出できるようになります。しかし、ウイルス抗原に対する抗体産生は完全にT細胞依存性ですので、抗体産生が始まるのはさらに遅れて、感染後2〜3週間を過ぎてからです。しかも、初期に作られた抗体は血漿中に圧倒的に多く存在するウイルス粒子と結合してしまいますから、遊離の抗体として検査で検出可能になるのは、早くても感染後一月近く経ってからです。
     現在即日検査に用いられているイムノクロマト法や粒子凝集法はかなり鋭敏ですので、普通感染後1ヶ月目になれば抗体陽性として検出できますが、体内に侵入したウイルス粒子が極めて少量の場合など、条件によっては、感染後6週間を過ぎても抗体が検出できない場合もあります。そこで、多くの検査機関では「感染したかも知れないという機会(感染者かも知れない人との性的接触など)から3ヶ月経ってから検査にお越し下さい」とお願いしています。
     問題は、抗体が検出出来るようになる前から血中には大量の感染性ウイルス粒子が放出されていることです。即ち、HIV感染が成立し、他人に感染させることもあり得る状態でありながら、抗体検査では陽性と判断できない期間(感染後およそひと月)があるわけで、これをしばしば「ウィンドゥピリオド」と呼びます。献血におけるHIV感染の検査では、現在NAT法でウイルス核酸を増幅し検出していますので、抗体による検査よりもウィンドゥ期は短くなりますが、それでも感染後2週間程度が限度です。もしも献血の際にHIV感染の検査をして結果を教えますと言うことになれば、「感染したかも知れない」という人が感染機会の直後に献血に訪れ、抗体検査は陰性なのでそのまま感染血が輸血に使われてしまうと言う危険性が生じます。このため、献血ではHIV感染に関する検査データは本人に教えない、と言う方針が貫かれているのです。

     A子さんは、即日検査の経験から日本におけるHIV感染者数に関心を持ちました。我が国におけるHIV感染者の年次報告数は鰻登りに上昇を続けており、平成17年度の感染者報告総数は832件、エイズ患者報告数は367件です。平成18年度は年間の感染者報告数が1,000件を超える勢いであり、これまでの累計感染者報告数は、平成18年10月末の速報値で8,000名、エイズ患者数の累計は同じく4,000名近くになりました。HIV感染からエイズ発症までの潜伏期を考えると、年間400名のエイズ発症者の裏には、その十数倍のHIV感染が存在するはずで、恐らく実際の感染者数は25,000名から40,000名と見積もられています。
     留意が必要なのは、我が国におけるHIV感染者の年齢構成です。報告されている感染者の40%以上は20歳代、約30%は30歳代で、20代から30代の若者で全感染者の70%を占めます。つまり、我が国でも若者の間にHIV感染が拡がっているということです。これには明らかに若者の性風俗が関係しています。保健所の無料HIV抗体検査に反復してやって来る所謂「リピーター」には、ゲイと考えられる(或いは自分がゲイであることをカミングアウトする)青壮年男性と、所謂風俗産業に従事し、或いは風俗産業を頻繁に利用している若者が目立ちます。
     なお、事例では、クラミジア感染症にも触れています。微生物学について詳しく学ぶのはこのコースの後半ですので、ここでは微生物としてのクラミジアの定義や、詳細な分類、クラミジア一般の特性について深入りする必要はありません。但し、最近性感染症としての性器クラミジア感染症が激増していること、特に10代後半での感染例が高頻度で、都市部では高校3年生女子の6〜7人に一人が陽性というデータもあること、女性では無症状の場合が多く(男性では排尿痛、パンツへの膿の付着などで気がつくことがある)、感染の自覚がないため周囲に感染を拡げる結果となるとともに、炎症が膣から子宮、卵管へと拡がって、不妊症に陥る例もあることなどに気付かせて下さい。性感染症に関する公的機関のHPなどが参考になります。

     事例 3 (金曜日に配布)
     A子さんは、陰性対照のつもりで自分の血液を検査してみました。その結果は、イムノクロマト法・粒子凝集法とも陽性で、担当のM医師から「すぐにウェスタンブロット法で確定検査をしましょう。結果がわかるのは来週です。」と言われました。翌週告げられたウェスタンブロット法の結果は陽性で、HIV感染が確定しました。

    学生さんたちに挙げて欲しかったキーワード
     □ 陰性対照
     □ ウェスタンブロット法
     □ 確定検査
     □ 結果が出るのに一週間
     □ HIV感染

    こんなことを調べて、討論してみましょう (これらに縛られる必要はありません)
     陰性対照って何?
     ウェスタンブロット法ってどんな方法?
     ウェスタンブロット法で何がわかるの?
     どうして検査に時間がかかるの?
     どうしてイムノクロマト法と粒子凝集法だけでは確定診断にならないの?
     待っている一週間の間、A子さんはどんな気持ちだろう?
     A子さんはいつ、どのようにしてHIVに感染したのだろうか?
     A子さんはエイズになるんだろうか?
     A子さんは、自分のHIV感染がわかってどんな気持ちだろう?
     A子さんはこれからどうしたらいいの?

     事例のねらいと解説
     例によって、まず事例2について自己学習してきたことを十分に討論しましょう。イムノクロマト法の原理など、正確に理解しているかどうか、ホワイトボードに模式図などを描いてみると良いと思います。また、HIV感染の時間経過、特にウイルスの複製と宿主側の免疫反応の順序について、同じように図を描いて整理して下さい。
     なお、クラミジア感染症については深入りする必要はないと言いましたが、一般常識程度のことは理解している必要があります。上記の神戸市保健福祉局による性感染症のページ(「知っとこ、ホンマのこと」)などを参照して下さい。

     さて、一転して主人公のHIV感染が明らかになってしまいました。学生たちはAさんに感情移入できるでしょうか?自分の検査データを知ってAさんがどのように感じたか、学生さんたちの間で議論が沸騰すると良いと思います。また、Aさんの感染経路についても考えて下さい。ザンビアでのボランティア活動期間中に感染した可能性が最初に挙げられるでしょうが、勿論それ以前から国内で感染していた可能性もあります。HIVの感染経路はどのようなものでしょうか?国内の感染者数は何人ですか?ザンビアにはどのくらいの数の感染者がいるのでしょうか?
     ザンビア滞在中に感染したと仮定して、感染者の数が多ければ感染機会が増えると単純に考えて良いのでしょうか?或いは、エイズ孤児に対する医療行為が感染の原因でしょうか?医療行為を介する感染の機会はどの程度あると考えられているのでしょうか?A子さんの感染経路を考えることが、この週末の大きな宿題で、次週月曜日の議論が楽しみです。

    参 考
    テュートリアルコース 過去の事例を参照する

    UNAIDS
    米国 CDC
    エイズ動向委員会報告
    JICA (独)国際協力機構

    ライフ・エイズ・プロジェクト(LAP)
    NPO法人 ストップエイズ機構
    10の物語 世界の人たちにもっと知って欲しいこと
    HIV感染症治療研究会
    HIV検査・相談マップ
    神戸市保健福祉局の性感染症とエイズ防止のページ  知っとこ、ホンマのこと
    徳島大学医学部付属動物実験施設人獣共通感染症講義のページ

    <学術雑誌、データベース>
    AIDS
    Journal of AIDS
    AIDS Reswaech and Human Retroviruses
    HIV sequence database

     

     参考書

     このコースでは特に教科書は指定しません。講義に当たって毎回詳細なプリントを配布し、講義内容がテュートリアルの事例や実習のテーマと密な連携を保つよう配慮しているので、必ず講義に出席しその内容を理解するよう努めて下さい。参考書としては以下に挙げるものがありますが、この分野の進歩は早く、古い教科書には現在では間違であることが明らかな理論や実験結果が記載されているので、この点でも講義で最新の知識に触れることが重要です。

     1) Charles A. Janeway, Jr. , Paul Travers, Mark Walport, and Mark Shlomchik: Immunobiology, The Immune System in Health and Disease, 6th Edition.  Garland Publishing ., New York. (この教科書は大変優れており、最新の知識を一貫したスタイルでわかりやすく記載しています。テュートリアル室に備えられています。

     2) 笹月健彦 監訳: 免疫生物学 免疫系の正常と病理 第5版、南江堂 (上記教科書の訳書ですが、翻訳によって却って分かり難くなっている部分もあります。)

     3) 澤井高志・内藤 眞・名倉 宏・八木橋操六 編: エッセンシャル病理学 第5版、医歯薬出版 (病理学の教科書ですが、その炎症・免疫・感染症・アレルギーに関する部分は生体防御学のエッセンスを上手く盛り込んでいます。第5版の「免疫とアレルギー」及び「感染症」の章は、宮澤が執筆しました。近く第6版に改訂されます。)

     4) 山本一彦 編: 自己免疫疾患 (New メディカルサイエンスシリーズ)、羊土社 (これ自体が、最新の免疫学の教科書として使える内容を持っています。テュートリアル室に備えられています 。)

     5) 平野俊夫 編: 免疫の仕組みと疾患(イラスト医学&サイエンスシリーズ)、羊土社 (最新の研究成果をヴィジュアルに纏めてあり、特に病気との関係が理解し易くなっています。)

     6) 東野英明・宮澤正顕 他編著: 医学生のための薬理学、南山堂 (薬理学の教科書ですが、「免疫抑制薬・抗アレルギー薬・抗リウマチ薬」の章には、免疫学の基本知識と免疫応答の薬物による制御のしくみを、最新の知識に基づいて纏めてあります。残念ながら絶版になりました。)

    ホームページへのリンク

    近畿大学医学部ホームページ
    免疫学教室ホームページ

    便利なリンク集

    目次に戻る