テュートリアル Unit 7 「病因・病態 I」

第2週 抗原提示とTリンパ球による認識
(平成18年11月27日〜12月 2日)

 2007年 11月 18日

目 次

週の担当教員 週の教育目標 週の時間割 事例とその解説
参考書 ホームページへのリンク

 週の担当教員名簿・連絡先

Unit 主任: 宮澤 正顕 (免疫学教室、教授)

週担当教員、実習指導担当者:

宮澤 正顕 (免疫学教室 教授、内線 3265)
高橋 智  (筑波大学教授、免疫学教室非常勤講師)
松村 治雄 (免疫学教室 講師、内線 3267)
河原 佐智代 (免疫学教室 講師、内線 3267)
金成 安慶 (免疫学教室 助手、内線 3267)
梶原 栄二 (免疫学教室 助手、内線 3267)
松熊 秀明 (免疫学教室 博士研究員、内線 3267)
武田 英理 (免疫学教室 博士研究員、内線 3267)

 週の教育目標 :
 週の一般目標

 高等多細胞生物の免疫系は、個体を構成するすべての細胞が一個の受精卵に由来する同一ゲノムを保持するよう監視していること、ウイルス感染細胞の排除や移植片の拒絶は、その当然の帰結であることを理解する

trimolc.gif 週の行動目標

  1. MHCクラスI分子による抗原提示のしくみを、簡単な図を描いて説明できる。
  2. CD4陽性Tリンパ球とCD8陽性Tリンパ球による抗原認識機構の違いを説明できる。
  3. 樹状細胞の分化と活性化の過程を、その抗原提示機能との関わりから説明できる。
  4. MHC遺伝子に多重性と多型性が存在する理由を、個体維持と種の進化の両面から説明できる。
  5. Th1細胞とTh2細胞の産生する代表的なサイトカインを二つずつ挙げることができ、両者の誘導する免疫反応の違いを説明できる。
  6. 抗体産生の誘導とクラススイッチにおけるヘルパーT細胞の役割を、ウイルス感染症を例に説明できる。
  7. 免疫グロブリン遺伝子の体細胞高頻度突然変異による抗体の抗原結合親和性成熟(affinity maturation)のしくみを、「濾胞樹状細胞」をキーワードに、二次リンパ組織の構造との関わりから説明できる。
  8. 胸腺におけるT細胞レセプターの正の選択と負の選択により、自己反応性Tリンパ球の除去と「MHC拘束」が生じることを説明できる。

 事例における行動目標

  1. 末梢血リンパ球の各サブセットを、互いに区別して計数する方法を言える。
  2. CD4陽性Tリンパ球の機能を、そのサイトカイン産生能から説明できる。
  3. HIVが標的細胞に感染するとき利用するレセプター分子を2種類言える。
  4. CCR5Δ32突然変異のホモ接合でHIV感染に抵抗性となる理由を言える。
  5. 急性レトロウイルス症候群の症状と、それが生じる原因を言える。
  6. エフェクターメモリー細胞とはどのような細胞か、また体内のどこに存在するかを言える。
  7. HIV感染によってCD4陽性Tリンパ球数が次第に減少する理由について、少なくとも二つの仮説を説明できる。
  8. HAART療法とはどのような治療かを簡潔に説明できる。
  9. HIV感染者が医療行為に従事しても構わない理由を、感染経路から説明できる。

 週の時間割表
 (12月 5日〜10日)

日付 11月27日(月) 11月28日(火) 11月29日(水) 11月30日(木) 12月 1日(金) 12月 2日(土)
1時限目
9:00〜10:00
テュートリアル 講義 18
>抗原提示細胞とTリンパ球の活性化
(宮澤)
テュートリアル 講義 24
MHC遺伝子
(宮澤)
テュートリアル 自習
2時限目
(時間に注意!)
自習
10:00〜11:00
講義 19
サイトカイン入門
(松村)
10:15〜11:15
自習
10:00〜11:00
講義 25
MHCと疾患感受性
(宮澤)
10:15〜11:15
自習  自習
スペアタイム
(時間に注意!)
講義 14
免疫学的
自己とは何か

(宮澤)
11:00〜12:00
自習
11:15〜12:00
講義 23
T-B細胞間相互作用
(宮澤)
11:00〜12:00
医学英語
(松村)
11:20〜12:00
自習
(事例発表準備)
自習
3時限目
13:00〜14:00
講義 15
MHCとTリンパ球による抗原認識
(宮澤)
講義 20
エフェクターT細胞とメモリー
(宮澤)
実習
ヒト末梢血リンパ球の分離と計数
実習
FACSによる細胞表面抗原の検出と陽性細胞の計数
講義 26
原発性免疫不全症候群
(宮澤)
4時限目
14:10〜15:10
講義 16
Tリンパ球抗原レセプターとその遺伝子
(宮澤)
講義 21
T細胞メモリーの分子機構
(高橋)
実習
ヒト末梢血リンパ球の分離と計数
実習
FACSによる細胞表面抗原の検出と陽性細胞の計数
事例発表・討論
(宮澤)
5時限目
15:20〜16:20 
 講義 17
胸腺とTリンパ球の分化
(宮澤)
講義 22
遺伝子改変マウスと血球分化
(高橋) 
実習
ヒト末梢血リンパ球の分離と計数
 
実習
FACSによる細胞表面抗原の検出と陽性細胞の計数
 
総括講義・
形成評価
(宮澤)
@IT教室

 事例とその解説

 事例 4 (月曜日に配布)
 M医師からHIV感染とエイズ発症の違い、発症を遅らせるための薬物療法について説明を受けましたが、頭の中は真っ白でした。感染の初期症状について尋ねられましたが、確かにザンビア在住中、喉の痛みと微熱、全身倦怠感で二日ほど仕事を休んだことがありました。その時はしかし、軽い風邪かと考え、むしろ急性肝炎ではないかと心配をした程度でした。
 A子さんには国内での性経験はありませんでしたが、ザンビア滞在中、学校の近くで井戸掘りの穴に落ちたエイズ孤児を助けてくれた、ハンサムで勇敢な現地の男性教員と深く共感し合い、心からの合意の下、数回ベッドを共にしたことがありました。

学生さんたちに挙げて貰いたかったキーワード
 □ HIV感染とエイズの違い
 □ 薬物療法
 □ 初期症状(急性レトロウイルス症候群)
 □ 発熱
 □ 急性肝炎
 □ 性経験
 □ 現地の男性

こんなことを考えてみましょう (必ずしも、これに囚われる必要はありません)
 エイズに効く薬ってあるの?
 A子さんはいつHIVに感染したのだろう?
 微熱や全身倦怠感はどうして生じたのだろう?
 風邪とは医学的にはどのような病気だろうか?
 急性肝炎って知っている?
 同じような境遇になったら、あなたもA子さんのように現地の異性とベッドを共にするだろうか?


 事例のねらいと解説

  第2週の月曜日も、まず前週の事例(事例3まで)の討論とまとめから始めて下さい。ウェスタンブロット法について、学生さんたちは原理の模式図を描けますか?学生さんたちの間で、A子さんの感染経路についていくつかの仮説が提起されたでしょうか ?一番考えられるのは、矢張りザンビア滞在中の性行為による感染ですが、「学生用の事例だから、性感染症の話になる筈はない」と勘ぐって、医療行為による感染を考えてきた学生もあるかも知れません。
 HIVの感染経路で主要なものは、性行為による感染と静注麻薬による感染です。それに対し、医療従事者が医療行為に伴う曝露により感染したと考えられる例は、むしろ稀です。米国CDCの報告によると、アメリカ合衆国では2002年末現在で、医療従事の経歴があるHIV感染者は約23,000名(合衆国の感染者総数は、2005年末の推計で120万人)ですが、その大部分が医療行為以外の経路でHIVに感染したものであり、医療行為に伴う曝露が感染原因であると特定できている例は僅かに57例、医療行為が感染機会であるという可能性を否定できない例が139例であるとされています(従って、合計でも感染原因の1%未満 )。医療行為による感染と確定している57例について、感染原因の内訳を見ると、48件がいわゆる針刺し事故であり、取り扱っていた感染検体は患者の血液であるものが49例です。即ち、医療従事者の感染は、大部分が感染者血液の針刺し事故ですが、特徴的な例外として、研究室で濃縮したウイルス粒子が傷口から入ったという例が3件あります。
 HIVの感染力は、例えばB型肝炎ウイルスなどに較べると遙かに弱く、一回の針刺し事故による感染の危険性は、勿論傷口から侵入する血液の量にもよりますが、0.1%程度と見積もられています。また、HIVは皮膜(envelope)を持つウイルスで、そのゲノムは一本鎖RNAですから、エタノール消毒、洗剤による洗濯、次亜塩素酸処理、加熱・乾燥などにより、その感染力は急速に失われます。日常生活における感染者との接触で感染することはありませんし、お風呂やトイレを共用することは何の問題もありません。感染者の家族に対しては、一緒に食事をして、食器をまとめて洗ったり、洗濯物を一緒に洗ったり、トイレを共用したり、励ますために抱きしめて上げることは全く問題ないと説明します。また、感染者が怪我をして出血したとしても、こちらに傷口があって、そこに大量の血液が付着しない限り感染の危険はないので 、普通に水道水で血液を洗い流させ、ごく普通の傷口と同じように救急絆創膏や包帯で止血をすれば大丈夫です。タイなどで感染者の診察をするときも、特別の防護措置はしませんし、抗体検査のための採血も、慣れた看護師は手袋をすることはありません(手袋をすると却って手先が滑り易く、針先の位置に関する感覚も鈍るので危険だという人が多い)。
 これに対して、静注麻薬による感染の危険性は医療事故の比ではありません。現在インド北部(南部は別の理由)、ベトナム、中国南東部で感染爆発が起こっている最大の理由は、これらの地域に麻薬常用の習慣があり、静注麻薬常用者の大半は、売買春にも関わっているためです。しかも、麻薬常習者は買売春行為に際してコンドームを使わない傾向が強いというデータがあります。性行為における感染の危険性については、感染者との一回の性行為により感染する確率が1/100〜1/1,000、平均して恐らく200回から400回に一回と見積もられています。勿論、出血や粘膜の傷を伴うような性行為は感染の危険性が高まり、oral sexやanal sexは通常の性行為よりも感染の危険性を高めます。また、直腸の粘膜は膣粘膜に較べて薄いので、男性同性愛の行為は異性間の性行為よりも感染の危険性が高まる訳です。普通の異性間の性行為で感染確率1/200と聞くと、「何だ、その程度か」と思う人もあるようですが、これは「危ないことを200回まではやっても大丈夫」という意味ではありません。当然ながら、200人に一人は、感染者とのたった一回の性行為で感染していると言うことです
 なお、唾液による感染のためには2リットル以上が必要とされていますが、実際には口腔内の小さな傷口からの出血という問題があり、性器間の接触を伴わないoral sexだけで感染したとしか考えられない事例も複数報告されています。従って、感染者の家族・同居者には、歯ブラシや剃刀の共用は避けるように指導します。

 ところで、この事例のように婚外の性行為に関する記載を行うと、学生さんたちの中には不快感を表したり、「不道徳だ」と怒り出す人があるかも知れません。実際、例えば高校生や予備校生を対象にエイズに関する講義を行うと、必ず何人か、「エイズは不道徳な人たちが罹る病気である。エイズがあるから、私たちはHIVに感染しないようにと性道徳を守ることが出来る。HIV感染者を治療するのは、却って性秩序を乱すことになる」というような考えを披瀝する人がいるものです。テュートリアルのグループの中にも、そのような考えを持つ人がいるかも知れません。
 今回の事例は、わざとその点を意識して作っています。A子さんは人の命を守ろうと仕事をして来た看護師・保健師であり、アフリカのエイズ孤児を助けたいと気高い志を抱いて、ボランティアでザンビアに渡航したのでした。国内での性経験はなく、多分相当にconservativeな性意識を持った人だろうと考えられます。そのA子さんが、井戸に落ちたエイズ孤児を助けるという勇敢な行為を通じて、現地の男性教員と強い絆で結ばれ、不幸にもそれがHIV感染の原因となってしまいます。
 A子さんは「不道徳」でしょうか?A子さんは「悪いことをした」のでしょうか?例えば、一生涯夫以外の男性と性行為を行ったことはないが、その夫が出張先のタイで「魔が差して」HIVに感染してしまい、その夫からHIVをうつされたという主婦がいたとして(実はそういう人はたくさんいます )、その主婦も「不道徳」なのでしょうか?夫からHIVをうつされた主婦は「可哀相な人」だから治療し、感染させた夫は「悪いことをした人」だから治療すべきではないですか?もしも時間があれば、このような議論も出来ると良いと思います。

 A子さんに対して、M医師は感染初期の「急性レトロウイルス症候群」症状の有無を尋ねました。HIV感染初期に生じる可能性がある急性レトロウイルス症候群は、どのような急性ウイルス感染症でも生じる可能性がある、炎症反応の非特異的な表れです。感染CD4陽性Tリンパ球における急激なHIV複製に続き、宿主免疫系の活性化が起こり、ウイルス抗原特異的に活性化されたTリンパ球から各種のサイトカインが産生されます。HIVの急性感染モデルであるアカゲザルのSIV(サル免疫不全症ウイルス)感染実験系では、SIV感染から一週間から10日もすると、局所リンパ節にSIV抗原特異的なサイトカイン産生性エフェクターTリンパ球が出現することが示されています。反応リンパ球の増殖により、リンパ節は腫大します。また、感染から2週間もすると、リンパ節でウイルス抗原と反応する抗体の産生が始まります。作られた抗体は血中のウイルス粒子と結合し、免疫複合体を形成します。免疫複合体は組織の肥満細胞・単球・マクロファージ・顆粒球のFcレセプターを介してこれらの細胞を活性化させ、サイトカイン産生を促します。こうしてTリンパ球や肥満細胞・マクロファージ系細胞から産生されたサイトカインは、一部は直接に、一部は肝臓におけるIL-1, IL-6の産生誘導を介して視床下部に働き掛け、発熱や全身倦怠感の症状と、痛みに対する閾値の低下を起こします。また、免疫複合体が関節や結合組織における炎症反応を誘起し、関節痛や筋肉痛が起こります。これらは、HIV感染に特異的な現象ではなく、例えばカゼ症候群における全身症状と区別はありません。 A子さんも、自分の急性レトロウイルス症候群症状を風邪だと思っていました。
 A子さんがむしろ急性肝炎を疑ったのは、アジア・アフリカのいわゆる低開発諸国では、食物を介するA型肝炎ウイルス感染の機会が多いからです(流石に看護師・保健師ですので、その辺の知識があります)。肝炎および肝炎ウイルスについては、このコース後半の病原微生物学で詳しい講義を聴きますから、ここでは深入りの必要はありません。また、HIV感染の薬物治療は、水曜日の事例5でも話題になりますので、この時点で詳しく議論する必要はありません。薬物療法について調べる動機として下さい。

 事例 5 (水曜日に配布)
 A子さんの末梢血CD4陽性Tリンパ球数は、750/mm3でした。M医師からは、今後この数値や血漿中のHIVコピー数を継続的に検査し、経過に応じてHAART療法を開始するかどうかを決めると言われました。

学生さんたちに挙げて貰いたかったキーワード
 □ CD4
 □ Tリンパ球
 □ 末梢血CD4陽性Tリンパ球数
 □ HIVコピー数
 □ HAART療法

こんなことを考えてみましょう (必ずしも、これに囚われる必要はありません)
 Tリンパ球って何?
 Tリンパ球以外のリンパ球はあるの?
 CD4とはどのような分子?
 末梢血単核球中に占めるTリンパ球の割合は、普通どのくらい?
 末梢血中のCD4陽性Tリンパ球数はどうやって調べるの?
 Tリンパ球は体内のどこにいるの?
 HIVのコピー数ってどうやって調べるの?
 HAART療法って何?
 どうしてCD4陽性Tリンパ球数を調べるの?


 事例のねらいと解説

 今回のテュートリアルも、まず前回の事例に関する十分な討論から始めて下さい。HIVの感染経路について、学生さんたちは十分調べて来たでしょうか?A子さんの感染経路について、どのような結論に達しましたか?また、急性レトロウイルス症候群について、それがウイルス感染に伴うサイトカイン産生や免疫複合体形成の結果であることを十分に理解出来たでしょうか?多くのウイルス感染症の症状は、実はウイルスの複製そのものが原因ではなく、ウイルス感染に対する宿主応答が原因 だ、と言うことに気付くことが出来れば最高です。
 今日の事例ですが、Tリンパ球とそれらのサブセットについては、今週の講義の中心的な内容ですから、学生さんたちも既にある程度の知識を持っているはずです。CD4陽性Tリンパ球の機能、CD4分子の役割などについて、理解度を確認して下さい。また、末梢血中のリンパ球サブセットの割合については、この日と翌日(木曜日)の実習で自ら調べますので、この事例を実習に対する動機づけとして下さい。

hiventry.gif HIV感染の標的となるのは、CD4陽性Tリンパ球です。HIVの感染過程は、感染性粒子の標的への吸着から始まりますが、この時ウイルス粒子表面の糖タンパク質gp120が最初に結合するのが、標的細胞のCD4分子です。CD4分子を一番多く発現している細胞は、勿論CD4陽性Tリンパ球ですが、単球や樹状細胞にも、より低密度ながらCD4分子の発現があります。HIV粒子表面のgp120分子が標的細胞のCD4分子と結合すると、gp120分子の立体構造変化が起こり、CCR5(或いはCXCR4)分子との結合部位が露出します。CD4分子との結合による立体構造変化で、gp120分子のCCR5との結合親和性は100倍以上に高まることが知られています。CD4とCCR5が結合したgp120分子は、ウイルス粒子の被膜貫通分子であるgp41のN-末端にある、融合ペプチドを露出させます。gp41の膜融合ペプチドは疎水性のアミノ酸に富み、gp120が離れて露出することにより、標的細胞の細胞膜に侵入します。これに続いてgp41分子中の二つのcoiled-coilドメイン(HR1とHR2)同士の結合による折り畳みが起こり、gp41分子がウイルス粒子の被膜と標的細胞膜を引き寄せる形で膜の融合を引き起こします。gp120分子とケモカインレセプター(CCR5またはCXCR4)との結合が、gp41の融合ペプチド露出前に起こるのか、露出後に起こるのかについては、まだ諸説がありますが、ケモカインレセプターとの強い結合により、gp120分子がgp41分子から「引き離される」過程は、感染に重要です。
 HIV感染の成立には、上記のようにCD4分子と共にCCR5(またはCXCR4)ケモカインレセプター(=HIV共受容体)の存在が必須ですので、HIV感染の標的細胞は「CD4陽性でかつCCR5(またはCXCR4)陽性の細胞」と言うことになります。実際、CCR5遺伝子の第2細胞外ループをコードする部分に32塩基対の欠失があるCCR5Δ32遺伝子型のホモ接合者では、フレームシフトによるC-末端の欠失のためこの分子が細胞表面に発現せず、反復するHIV感染者との接触にも関わらず感染が成立していないことが報告され、HIV感染抵抗性遺伝子の最初の報告となりました。但し、CCR5Δ32 対立遺伝子は、白人では9%程のアリル頻度があり、従ってホモ接合者の頻度も約1%に達しますが、黒人やアジア人におけるこの変異の頻度は低く、報告されているHIV曝露非感染者の殆どは、この変異では説明できません。
 CCR5はTリンパ球の他、単球・マクロファージ系細胞、マイクログリアなど、造血系由来の多くの細胞に発現しています。CD4陽性Tリンパ球の中でCCR5を強く発現するのは、エフェクターメモリー細胞(または末梢メモリー細胞)と呼ばれるサブセットです が、これはリンパ節で樹状細胞から抗原刺激を受け、分裂と共に分化・成熟してエフェクター細胞となったCD4陽性Tリンパ球のうち、抗原侵入の局所である末梢組織に移動して、そこでメモリー細胞として同一抗原の再侵入を待っている細胞群です。例えば、インフルエンザウイルスに感染した場合、リンパ節で活性化されたエフェクター細胞はウイルス複製の現場である気管支粘膜に移動しますが、その場にメモリー細胞に分化したCD4陽性Tリンパ球(=エフェクターメモリー細胞)を残しておけば、同じウイルスの再侵入に際して、直ちに現場でサイトカイン産生を行うことが出来ます。エフェクターメモリー細胞は、このように局所での感染防御に重要な役割を果たすと考えられます。
  エフェクターメモリー細胞を、(リンパ節ではなく)末梢組織に集める役割をしているのがCCR5ケモカインレセプターですので、CCR5陽性のエフェクターメモリー細胞は、HIV感染の最初の標的 となります。実際、HIV感染初期に最初に減少するのは、末梢のエフェクターメモリー細胞であることがわかっています。HIVの感染経過で、感染初期に末梢血CD4陽性Tリンパ球数が一旦減少することが知られていましたが、減少の主体となるのがエフェクターメモリー細胞であることは、最近までわかっていませんでした。末梢血中を循環しているエフェクターメモリー細胞の割合は高くないので、CD4陽性Tリンパ球数全体として考えるとその減少は僅かなのですが、例えば肺胞洗浄液中のCD4陽性Tリンパ球数を調べると、その大半はエフェクターメモリー細胞なので、著明な減少が見出されます (サルのSIV感染実験系などで証明されています)。
 感染初期に著しく減少した末梢のエフェクターメモリー細胞数も、宿主免疫応答の成立によってHIVのコピー数が一旦減少すると、次第に回復してきます。これは、リンパ節のナイーブT細胞や(中枢)メモリー細胞が抗原刺激を受けて活性化(または再活性化)し、次第にエフェクター細胞を供給するのと、末梢に残っていたエフェクターメモリー細胞が再活性化され、その一部が再びメモリー細胞に分化するためです。しかし、いわゆる無症候期にも、体内でHIVの複製は続き、新しい感染細胞は出現し続けています。それらの感染CD4陽性Tリンパ球は(主に宿主の抗HIV免疫反応そのものによって)破壊されて行きますので、感染者の体内ではCD4陽性Tリンパ球の供給と破壊とが同時に起こっていることになります
 成人では加齢と共に胸腺におけるナイーブTリンパ球の産生能力は低下して行き、一旦リンパ節や末梢のメモリー細胞から再分化したエフェクターメモリー細胞も、活性化をくり返すほどアポトーシスに陥る割合が高まって行きます。このため、HIV感染者ではHIV抗原そのものに反応する、或いは体内に侵入した他の微生物抗原に反応するTリンパ球が活性化される度に、多くのTリンパ球が破壊されて行きます。こうして次第にCD4陽性Tリンパ球数が減少していき、最後には日常的に曝露されている弱毒微生物に対する免疫応答も十分に起こせない状態となって、エイズを発症するわけです。従って、HIV感染からエイズ発症に至る臨床経過を把握する上で、感染者のCD4陽性Tリンパ球数をモニタすることは重要です。

 一方で、血中のHIVコピー数も、HIV感染の進行をモニタする上で重要な指標です。HIVに対する抗体産生ではなく、血液などの検体からHIVそのものを検出する方法として最初に考え出されたのは、感染細胞の融合現象によって生じた多核巨細胞の数を数える方法です。しかし、これは定量性に乏しく、感度の低いものでした。次いで感染レセプターとなるCD4分子を発現させた標的細胞を用い、抗体によって感染細胞の集団(フォーカス)を検出する方法が用いられるようになり、感度と定量性が高まりました。この方法は、現在ではCD4だけでなく副受容体(coreceptor)であるCCR5の遺伝子も導入し、しかもHIVに感染するだけで酵素遺伝子の発現誘導が起こって発色するMAGIC-5細胞などを用いた鋭敏な方法として、感染性HIV粒子の検出・定量に用いられています。原理的には、たった1個の感染性ウイルス粒子を検出することも可能です。
 一方、HIVのウイルスゲノムRNAを検出する方法もあります。HIVウイルスゲノムRNAの検出法として最も早くから用いられるようになったのは分岐DNAプローブ法(branched DNA probe assay) で、カイロン社の特許ですが、我が国ではHCVの検出・定量に用いられる一方、HIV検出用キットは販売されていません。この方法は固相化したcapture probeとウイルスゲノムRNAの複数の部位に反応するcapture extenderを用いてウイルスRNAをプレートに固定し、多数の酵素が結合できる分岐鎖プローブをamplifier DNAを介してウイルスRNAに結合させるというものです。最新の方法ではpreamplifierを間において酵素標識プローブの数を著しく増大させており、100コピー以下のウイルスゲノムを検出できます。
 この方法が開発されたことにより、それまでHIVの複製が殆ど起こっていないと考えられていた無症候期に、実は毎日数億コピーのウイルス粒子が産生される一方で破壊され、血漿中には常に感染性のHIV粒子が存在していることが明らかにされたのでした 。amplifierと言う言葉は使われていますが、実はPCRのようにウイルス核酸を増幅しているわけではなく、丁度酵素抗体法におけるかつてのPAP法、或いは現在のABC法や(EnVision)ポリマー法のように、微量の標的物質に対して極めて大量の発色物質を結合させ、高感度の検出を行っているものです。
 我が国で一般的に用いられているのは、PCR反応によりウイルスゲノムの一部を増幅して、非放射性プローブで検出する方法で、いくつかのキットがあります。当然、検体に対して一度RT反応を行い、その後cDNAをPCRで増幅して検出します。感度は上記の改良型分岐DNAプローブ法同様高く、100コピー/ml以下まで定量出来ます。この他、RT-PCRではなく、RNAポリメラーゼ反応を用いてウイルスRNAを増幅する反応も用いられています。また、血漿中のウイルスゲノムRNAではなく、感染細胞に組込まれたHIVのプロウイルスDNAをPCRによって検出することも行われます。

 HIV感染に対する治療法としては、HIVの複製を抑制する抗レトロウイルス薬が使われます。これは、体内の感染性HIV粒子の数を低く抑えることで新規のTリンパ球感染を抑制し、CD4陽性Tリンパ球数減少を抑えると共に、複製サイクルの回転を遅くして、変異ウイルスの出現頻度も出来るだけ低く保とうとするものです。最初に実用化されたのはチミジン誘導体のアジドチミジン(AZT)ですが、これはレトロウイルスの複製に必須である逆転写酵素の活性を阻害するものでした。これに続いて多数の核酸系及び非核酸系逆転写酵素阻害薬が開発されました。一方、レトロウイルスのpol遺伝子がコードするタンパク質には逆転写酵素の他にウイルスタンパク質の成熟に関わるタンパク質分解酵素(プロテアーゼ)があります。レトロウイルスのgag遺伝子産物は一本の前駆体ポリペプチドとして翻訳されますが、これがpol遺伝子の産物の一つであるプロテアーゼによって分解され、MA, CA, NCなどの断片に分かれることにより、ウイルス粒子は成熟し、感染性を持ちます。gag遺伝子産物の機能断片への分解は、ウイルス粒子が感染宿主細胞から出芽した後に、pol 遺伝子産物であるプロテアーゼの働きで進行しますから、ウイルスのプロテアーゼを特異的に阻害する薬物は、HIVの複製を抑制することが出来ます。
 1996年に複数の逆転写酵素阻害薬とプロテアーゼ阻害薬を併用することによって、感染者体内のHIV複製を劇的に抑制出来ることが報告され、この多剤併用療法が highly active antiretroviral therapy (HAART)として、HIV感染の標準治療法となり、現在に至っています。HAARTの普及により欧米先進国や我が国ではHIV感染者の死亡率が激減し、感染から15年以上を経過してもエイズを発症しない例や、エイズ発症状態から「生還」して無症候状態に復帰した例などが多数報告されるようになりました。しかし、HAART療法によってエイズ発症までの期間を長引かせることが可能になったと言っても、それはHIV感染が完全に治癒するようになったと言うことではありません 。HIVは突然変異の速度が速く、複数の抗レトロウイルス薬に対しても耐性株が出現します。HAART療法によって血中ウイルスコピー数を検出限界以下にまで抑えられたとしても、それは全くウイルス複製が起こらない状態を意味するわけではなく、時間の問題で、いつかは耐性ウイルスが出現します。
 もう一つの問題はHAART療法の持つ副作用です。HAART療法によって血中ウイルスコピー数を限界まで低く保つためには、作用機序の異なる複数の抗レトロウイルス薬を、最適量で持続的に維持する必要があります。これは複数の薬剤を日単位で定期的に、全く休み無く摂取し続けることを意味し、逆転写酵素阻害薬によるミトコンドリア障害(→乳酸アシドーシス)や脂肪肝(→肝機能障害)、プロテアーゼ阻害薬による体脂肪分布異常(リポディストロフィー)や高脂血症(→動脈硬化症)が問題になります。これらの副作用は薬剤摂取のアドヒーレンスを低下させる原因となりますが、一方で摂取忘れによる血中濃度低下が変異ウイルス出現の頻度を高める ことが明らかで、それを知っている服用者は摂取忘れを恐れてノイローゼに陥り、更にはリポディストロフィーによる体型変化をも気にして鬱状態になると言う問題点もあります。
 社会的には、HAARTの出現によってHIV感染者のQOLが向上し、それに伴って感染者の性的活動もより長期にわたって高く保たれるようになった結果、アメリカ合衆国など欧米先進国で一旦減少した新規感染者数が再び増加に転じたり、他の性感染症の頻度(例えば直腸アメーバ症など)が著増したという問題点もあります。勿論、アフリカやアジアの大多数の国々では、HAART療法を多くの感染者に継続的に施すと言うことは不可能であり、「南北格差」を象徴する経済問題ともなっています

 ところで、HIV感染者に対してHAART療法を実施する場合、以前は感染が診断された直後から治療を開始することが良いと考えられていましたが、現在では薬剤耐性ウイルスの出現を遅らせるため、末梢血のウイルスコピー数やCD4陽性Tリンパ球数を観察しつつ、治療開始を遅らせることが一般的になっています。現在我が国で推奨されているHAART療法の開始基準は、

・エイズ及びエイズに関連する重大な臨床症状がある場合
(2〜4週間以上続く発熱、口腔カンジダ症、10%以上の体重減少など)

・エイズ症状はないが、CD4陽性Tリンパ球数が 200/mm3未満の場合

・CD4陽性Tリンパ球数が200〜350/mm3で、CD4陽性Tリンパ球数の減少速度が速い(100/mm3/年以上)か、血中ウイルスコピー数が高い(100,000コピー/ml以上)場合

とされ、末梢血CD4陽性Tリンパ球数が350/mm3以上の場合は、経過観察を行うこととされています

 事例6 (金曜日に配布)
 M医師の説明を受けて、A子さんは少し安心し、これからも看護師・保健師の仕事を続けていこうと思いました。職場の同僚で、互いに好意を抱き始めている検査技師のBさんにも、近いうちに本当のことを言おうと思います。
 それにしても、HIVに感染するとどうしてCD4陽性Tリンパ球数が減っていくのか、A子さんは不思議に思いました。

学生さんたちに挙げて貰いたかったキーワード
 □ 患者への説明
 □ 看護師・保健師の仕事を続ける
 □ 恋人への打ち明け
 □ CD4陽性Tリンパ球数減少

こんなことを考えてみましょう (必ずしも、これに囚われる必要はありません)
 あなたがM医師だったら、A子さんにどのような説明をする?
 A子さんは医療従事者として仕事を続けられるの?続けて良いの?
 同僚のBさんは感染していると思う?
 もし感染していたらA子さんは「自分のせいだ」と思うだろうか?
 A子さんは結婚を考えることが出来るだろうか?
 HIV感染者の体内で、CD4陽性Tリンパ球はどのようにして破壊されるのだろう?

 事例のねらいと解説

 今日の事例は短いので、先ず前回の事例5に関する討論と纏めを十分に行って下さい。学生さんたちは、末梢血ウイルスコピー数の測定方法とその意義、HAART療法の作用機序と問題点を調べて来たでしょうか?必要に応じて、服薬アドヒーレンスなどに関してもディスカッション出来れば最高です。

 さて、A子さんはHIV感染が直ちにエイズ発症に結び付くわけではないこと、HAART療法によりエイズ発症を遅らせることが可能であること、無症候期には非感染者と全く変わりなく日常生活を送り、仕事を続けることが出来ることを理解しました。HIV感染者が医療従事者として仕事を続けることに、何らの法律上の問題点も、倫理上の問題点もありません。そもそも、HIV感染者であることを理由に、何らの職業的差別も受けるいわれはありませんし、それを理由に差別を行ってはいけません。実際、アメリカ合衆国には、医療従事者であってHIV感染者であるという人が、現役と退職者を合わせて2万人以上います。これらのHIV感染医療従事者から、医療行為を介して患者に感染が起こったという例は、皆無に等しいのです。唯一の例外は、自らのHIV感染に気付いて鬱状態となった歯科医で、彼が患者5名に自分の血液を注射し、HIVに感染させた(疑いが高い)事例は、刑事事件となっています。日常生活での接触は勿論、普通の診療行為を介して医療従事者から患者への感染が起こることはあり得ません。
 A子さんと恋人のBさんの関係はどうでしょうか?二人が真剣な交際を経て性行為に至った場合、A子さんは自分がBさんにHIVを感染させる可能性があることを知っています(実は、感染女性から未感染男性への感染の確率は、感染男性から未感染女性への確率よりも低いことが知られています)。A子さんにとっては辛い事実かも知れませんが、それを黙っているのは、医療従事者としても許されないことでしょう。感染を打ち明けた結果、BさんはA子さんの許を去るかも知れません。一方で、HIV感染という事実は、A子さんの人格のごく一部を示すに過ぎないとも言えます。過去にHIV感染に至るような経験があったとしても、それを含めて、BさんにとってA子さんは大切な人であるかも知れません。意外に思う学生も多いかも知れませんが、既婚夫婦の一方にHIV感染が明らかになっても、それだけを理由に離婚に至ると言うことは少ないものです。また、我が国では血友病患者に凝固因子製剤を介する医原性のHIV感染が起こり、社会問題となっていますが、これらHIV感染血友病患者にとって、結婚の選択は重要なQOL及び人権上の問題として採り上げられています。実際に結婚に至っている例もあり、それら感染カップルが子供を持つことを希望した場合、比重遠心法によって精液からHIVを出来るだけ取り除いて人工受精を行うことの是非が、厚生労働省の研究班でも科学・倫理の両面から検討されています。イタリアでは、感染男性の精液から比重遠心法でHIVを除去し、人工受精を行った例が既に数千件あり、子供への感染は1例もないと報告されています。唯、宮澤の知る限り、今のところHIV感染者の日本人女性が、非感染者の日本人男性と国内で公式に結婚したという実例は、殆ど無いものと思います。ここには、心理・社会的な問題に加え、挙児を希望した場合に胎盤を介する感染、産道感染など、精液を介する感染とは全く別の問題点をクリアしなければいけない(「借り腹」が必要になる?)と言う問題点が横たわっているのです。学生さんたちにこの辺まで考えてもらうのは荷が重いかも知れませんが、自分が同じ立場だったらどうするかを 、「根拠を持って」考えて見て下さい。

 HIV感染におけるCD4陽性Tリンパ球破壊のメカニズムは、前回(事例5)の解説でも多少触れましたが、まだ完全に解明されている訳ではありません。初期には、試験管内で容易に再現可能な感染Tリンパ球の膜融合による巨細胞形成がTリンパ球減少の原因と言われた時期がありますが、現在これは否定的です。ノーベル賞受賞者のZinkernagelは、HIV抗原反応性の細胞傷害性Tリンパ球が感染CD4陽性Tリンパ球を次々と破壊して行くとの説を述べていますが、これが(特に急性感染期に)CD4陽性Tリンパ球数減少の一因となっていることは事実としても、それだけでは全てを説明することは困難です。もしそうであれば、感染のごく早期に感染CD4陽性Tリンパ球が全て除去されてしまえば、それでHIV感染は終息する(他の急性ウイルス感染症とあまり違いはない)はずだからです。HIVに感染したCD4陽性Tリンパ球、或いは、HIV抗原特異的に活性化されたTリンパ球から、細胞死を誘導するようなサイトカイン(例えばTNF-α)が過剰に産生されるという説もありますが、実際のサイトカイン産生パターンとは必ずしも一致しません。
kyoseng.gif 実際には、HIV感染に伴う免疫系機能の複数の変化が、じわじわと進むCD4陽性Tリンパ球数減少の原因となっているようです。ヒトの末梢リンパ組織及び血液中に存在するTリンパ球の数は、胸腺からの供給とメモリー細胞の再活性化による増殖の二つで維持されています。ヒトの胸腺は思春期以降急速に萎縮して機能を失うと思われていますが、実際には40歳を過ぎてもかなりの程度実質組織が残っています。それだからこそ、例えば白血病患者に骨髄移植を行っても免疫系が(ゆっくりと)再構築されるのですが、当然のことながら、思春期前と較べて成人では胸腺でのT細胞産生能は低下しています。HIVは胸腺にあるTリンパ球前駆細胞にも感染しますし、胸腺を構成する骨髄由来細胞にも感染します。HIV感染に伴って胸腺構造が破壊され、胸腺機能が急速に低下することはよく知られた事実 です。
 一方、メモリー細胞に分化したT細胞の寿命は、ほぼヒトの一生に亘ります。リンパ節に存在する中枢メモリー細胞は、その認識する抗原の再侵入に伴って活性化し、分裂増殖してエフェクター細胞を血液中に送り出すと共に、再度メモリー細胞を作り出します。末梢に出たエフェクター細胞の一部も、エフェクターメモリー細胞として局所組織に留まり、抗原の再侵入によって活性化します。加齢に伴って胸腺からのナイーブT細胞供給が低下してくると、末梢リンパ組織及び血液中のTリンパ球は、大部分がメモリー細胞由来になって来ます 。それでも大抵の場合は構わないのであって、自分の生活環境で接触しうる大多数の病原体に対しては、これまでの一生で既に出会ってメモリーが出来ていますので、それらの再侵入・再々侵入には十分に対応できるわけです。一方、「新型インフルエンザ」などで話題となる通り、歳を取ってからそれまでに一度も出会ったことのない抗原性を持つ病原体に感染すると、蓄えてきたメモリー細胞だけでは対応できません。新しい感染性因子にお年寄りが犠牲となりやすいのは、これが理由です。
 HIV感染者では、順次出現する変異型ウイルスに対して、免疫系はナイーブT細胞を次々と活性化させていく必要があります。末梢血リンパ組織や血液中のリンパ球には、メモリー細胞の割合がどんどん高まって行きます。変異ウイルスは、これまでに活性化されたリンパ球によって認識できないようなものだけが作られる訳ではありません。「エスケープ変異」として認識されるものは、多数できた変異ウイルスのごく一部が、宿主体内に既存の免疫細胞による選択を受けた結果に過ぎません。大部分の変異ウイルスは、それ自体複製能がないか、または以前に活性化されたメモリー細胞に再び認識されるようになったものです。中には、他のウイルス抗原を認識して活性化したメモリー細胞に、偶然認識される(交差反応する)抗原性を持ったものまであるでしょう。つまり、HIV感染者のメモリーT細胞は、繰り返し再活性化の刺激を受け続けているのです。その上、前述のように感染初期に末梢のエフェクターメモリー細胞が(細胞傷害性T細胞による破壊で)激減していますので 、普通なら末梢組織だけで阻止して終わりになるはずの微生物感染に対しても、中枢のメモリー細胞が活性化する確率が高まります。
 メモリー細胞が活性化すると、分裂・増殖によって生まれたエフェクター細胞の大部分は、再度メモリー状態に戻ることなくアポトーシスに陥ります 。これは、エフェクター細胞がいつまでも生存していたら、「サイトカイン病」になってしまうからです。従って、胸腺からのナイーブT細胞供給が低下した状態で中枢メモリー細胞を常時高頻度で活性化し続けなければならないHIV感染者では、メモリー細胞の多くが活性化した後アポトーシスに陥り、残ったメモリー細胞の数は「先細り」に減少して行きます。
 以上が、現在考えられているHIV感染者におけるCD4陽性Tリンパ球数減少のメカニズムで、これはHIV感染とエイズの病態をかなり良く説明しています。

参 考
テュートリアルコース 過去の事例を参照する

UNAIDS
米国 CDC
エイズ動向委員会報告
JICA (独)国際協力機構

ライフ・エイズ・プロジェクト(LAP)
NPO法人 ストップエイズ機構
10の物語 世界の人たちにもっと知って欲しいこと
HIV感染症治療研究会
HIV検査・相談マップ
神戸市保健福祉局の性感染症とエイズ防止のページ 知っとこ、ホンマのこと
徳島大学医学部付属動物実験施設人獣共通感染症講義のページ
日本赤十字社 血液事業のページ

<学術雑誌、データベース>
AIDS
Journal of AIDS
AIDS Reswaech and Human Retroviruses
HIV sequence database

事例発表会

 今週の金曜日(12月 1日)4時限目に、事例に関する発表会を行います。「事例の全体像(グループとしての解釈)」と「この例から学んだこと」、学生がPowerPointまたはOHPシートを使って発表します。発表に使うOHPシートは、原稿を持参すれば免疫学講座で作成します。

 参考書

 このコースでは特に教科書は指定しません。講義に当たって毎回詳細なプリントを配布し、講義内容がテュートリアルの事例や実習のテーマと密な連携を保つよう配慮しているので、必ず講義に出席しその内容を理解するよう努めて下さい。参考書としては以下に挙げるものがありますが、この分野の進歩は早く、古い教科書には現在では間違であることが明らかな理論や実験結果が記載されているので、この点でも講義で最新の知識に触れることが重要です。

 1) Charles A. Janeway, Jr. , Paul Travers, Mark Walport, and Mark Shlomchik: Immunobiology, The Immune System in Health and Disease, 6th Edition.  Garland Publishing ., New York. (この教科書は大変優れており、最新の知識を一貫したスタイルでわかりやすく記載しています。テュートリアル室に備えられています。

 2) 笹月健彦 監訳: 免疫生物学 免疫系の正常と病理 第5版、南江堂 (上記教科書の訳書ですが、翻訳によって却って分かり難くなっている部分もあります。)

 3) 澤井高志・内藤 眞・名倉 宏・八木橋操六 編: エッセンシャル病理学 第5版、医歯薬出版 (病理学の教科書ですが、その炎症・免疫・感染症・アレルギーに関する部分は生体防御学のエッセンスを上手く盛り込んでいます。第5版の「免疫とアレルギー」及び「感染症」の章は、宮澤が執筆しました。近く第6版に改訂されます。)

 4) 山本一彦 編: 自己免疫疾患 (New メディカルサイエンスシリーズ)、羊土社 (これ自体が、最新の免疫学の教科書として使える内容を持っています。テュートリアル室に備えられています 。)

 5) 平野俊夫 編: 免疫の仕組みと疾患(イラスト医学&サイエンスシリーズ)、羊土社 (最新の研究成果をヴィジュアルに纏めてあり、特に病気との関係が理解し易くなっています。)

 6) 東野英明・宮澤正顕 他編著: 医学生のための薬理学、南山堂 (薬理学の教科書ですが、「免疫抑制薬・抗アレルギー薬・抗リウマチ薬」の章には、免疫学の基本知識と免疫応答の薬物による制御のしくみを、最新の知識に基づいて纏めてあります。残念ながら絶版になりました。)

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