免疫学って基礎医学の中でも特に難しい科目ですよね。それに「MHC拘束」とか「イディオタイプネットワーク」とか、訳の分からない用語や現象がたくさん出て来ます。ここでは、宮澤教授が独自の考え方で現代免疫学の基本的な概念を再構成して皆さんに紹介しています。これまでの免疫学の教科書と全く違った構成になっているのは、免疫学の発展の歴史を無視し、「血清学」とか「抗体分子の構造」から話を始めるのをやめたからです。生物現象やそれに関与する物質の「発見の歴史」は、決して系統発生或いは生物進化に於けるそれらの「出現の歴史」とは一致しません。現代の免疫学の知識からは、免疫系を「多細胞生物の遺伝的自己同一性維持システム」と捉えた方がわかり易いので、敢えてTリンパ球のことから話し始めています。かなり独断と偏見(?)に満ちた免疫学の組立なので、「独説」と銘打ちました。

図表の目次 (ここに載せた図は全て宮澤のオリジナルです。無断転載を禁じます。)

 図 1
: 下等な多細胞生物は細胞接着の特異性で個体の同一性を守る
 図 2 : 多臓器の高等多細胞生物になると、どんな臓器・組織にも入り込んで自己同一性を監視するTリンパ球が必要になる
 図 3 : 細胞内で発現している遺伝子を外から監視する方法
 図 4 : Tリンパ球は正常の自己遺伝子のみを発現している細胞には何もしないよう、そうでない細胞は排除するよう教育される
 図 5 : ウイルス感染細胞とがん(突然変異)細胞は似ている
 図 6 : 免疫系の基本構成
 図 7 : MHCクラス II分子による大食細胞からTリンパ球への抗原情報伝達
 図 8 : 抗体は分泌型のレセプターである
 図 9:  抗体分子のエフェクター機能
 図10 : 抗原・抗体結合物を取り込んだ培養マクロファージ
  :   血液型抗体の謎
 図11: 自己反応性抗体産生細胞も除去される

 参考書


多細胞生物に於ける遺伝的自己同一性の維持

図 1:単細胞生物にとっては、食べるのが自分、自分以外は「食べる対象」か「自分を食べる敵」。下等な多細胞生物は細胞接着の特異性で個体の同一性を守る

 生物にとって最も基本的な機能は「自己同一性の維持」です。細胞を構成する蛋白質や糖質・脂質は不断に代謝され、その組成を変えていますから、「自己同一性」を担うのはDNAです。あなたの身体を構成する全ての細胞が基本的に同じ遺伝子の組を持っていなければならないことは、例えば「移植が自由に出来たら」と考えてみるとわかります。あなたが男性であるとして、あなたの親しい友人 A君の精巣(睾丸)をあなたの身体に移植した場合、その後に生まれる「あなたの(身に覚えのある)子供」は、本当にあなたの子供ですか、それとも A君の子供ですか?もっと困るのは「脳が自由に移植できたら?」と考えた場合です。親友の A君の脳を移植されたあなたは、あなたなのですかそれとも A君ですか?A君の脳を持ったあなたが恋をして結婚し、あなたの中の A君の脳が(それともあなたの身体が?)愛する奥さんから産まれてくる子供は、あなたの遺伝子を持っています。それをあなたの身体の中の A君の脳は誰の子供だと理解するのでしょう?
 多細胞生物では、「個体を構成する全ての細胞が唯一個の受精卵に由来する遺伝情報のセットを変わりなく保持し続けることが、自己同一性を保証する」と言う原理が判って頂けましたね。
 ウニや海綿のような下等な多細胞生物では、個体を構成する細胞同士の「接着の特異性」が遺伝的に決まっていることで、個体を構成する全ての細胞の同一性が保証されています(図 1)。例えば、仙台湾のウニ(図で赤い核)と白浜海岸のウニ(青い核 )を個々の細胞にまでバラバラにして混ぜ合わせると、仙台湾のウニの細胞は仙台湾のウニの細胞同士、白浜のウニの細胞は白浜のウニの細胞同士で集まって、別々の個体を再構成します。両者が集まって「仙浜湾(?)」のウニになったりはしません。これは、細胞表面に出ている接着分子の構造(図1)が遺伝子によって決定されているからだと考えられます。

図 2: 多臓器の高等多細胞生物ではどんな臓器・組織にも入り込んで全ての構成細胞を監視する特別な細胞が必要

 ところが、哺乳類のような器官(臓器)を持った高等多細胞生物では、身体を構成する細胞同士の「接着の特異性」で個体全体の遺伝的同一性を維持するのは無理です。何故なら、例えば肝臓の細胞は腎臓の細胞とくっつく機会はないのですから。また、同じ個体の細胞だからと言って、肝臓の細胞と腎臓の細胞が勝手にくっついて「肝腎」と言う器官を作ってしまったら困るのですから。実際、高等多細胞生物では細胞接着の特異性は、個体(或いはしばしば種をも)を越えて臓器毎に同じになっています。だから移植の時、臓器提供者(ドナー)の心臓や肺の断端と受け手(レシピエント)の心臓や肺の断端がちゃんとくっつくのです(実験的には、あなたの身体から腎臓の上皮細胞と肝細胞を取り出してバラバラにし、混ぜ合わせると肝細胞は肝細胞同士、腎臓の上皮細胞は腎臓の上皮細胞同士でくっつきます。両者が混じって「肝腎」にはなりません。図 1と図 2を比較して下さい)。
 そうすると、臓器を持った高等多細胞生物では、身体中の全ての臓器・組織のどんな細かい隙間にも侵入して、そこにある全ての細胞の遺伝子が本来自分が親から受け取ったものと同じであるかどうかを専門的に確かめる細胞が必要になります。それが免疫系の細胞、特にTリンパ球と呼ばれる細胞の仕事です。

図 3: 細胞内で発現している遺伝子を外から監視する方法。核内の「遺伝子」の情報に基づいて「蛋白質」が合成される。細胞内の蛋白質は「プロテアソーム」で分解され、細かい断片である「ペプチド」になる(図の小さな赤丸)。生じたペプチドは「TAPトランスポーター」と呼ばれるトンネルをくぐって小胞体膜の内部に運ばれ、ここで MHCクラス I分子のお皿に載って細胞表面へと運ばれる。

 ところで、体内の生きた細胞のDNAを免疫系の細胞が直接調べるることはできませんから、個体を構成するあらゆる細胞が同一の遺伝子のセットを保持しているかどうかは、各細胞の「遺伝子産物」、即ち蛋白質の中に非自己のものがないかどうかを調べる以外ありません。遺伝子の違いは蛋白質のアミノ酸の並び方の違いに反映しますから、細胞を構成する全ての蛋白質を調べれば全ての遺伝子を調べたことになります。でも、生きた細胞が作っている全ての蛋白質のアミノ酸配列を、免疫系の細胞はどうやって外から調べることが出来るのでしょう?
 実は、高等多細胞生物には細胞内で合成された蛋白質を分解し、それによって生じた断片であるペプチドを細胞表面に提示する機構があるのです(図3)。細胞の内部で、蛋白質は次々と新しく作られる一方、用済みとなったり使い過ぎて傷ついた蛋白質はどんどん分解もされて行きます。新しい機能を果たすために蛋白質が作られたとき、用済みとなった旧い蛋白質が分解・処分されなければ、細胞はどんどん大きくなって最後には「破裂」してしまします。細胞内でこの役割を担うのが、「プロテアソーム」と呼ばれる蛋白質分解酵素の集まりです。プロテアソームでバラバラにされた蛋白質の一部は、元のアミノ酸配列を残したまま「MHC分子」と呼ばれるお皿に載って細胞表面に運ばれます。この仕組みにより、細胞内で合成されている遺伝子産物(蛋白質)の「サンプル」が、常に細胞の表面に表れていることになります。そして、このお皿の上のサンプルををTリンパ球が監視することによって、本来自分が親から受け取ったものとは異なる遺伝情報を使っている細胞の存在が認識されるのです。レストランに行ってお皿の上に載ったステーキの一切れを仔細に見れば、何も仕入れ部門の帳簿を覗いて見なくても、それが元はウシであったこと、そして多分は和牛であろうことが判ると言った話なのです。

「免疫反応」の本質は、「自分には何もしないこと」

図 4Tリンパ球は正常の自己遺伝子を使っている細胞には何もしないように、そうでない細胞は排除するように教育される。中段の自己細胞表面に赤で示すMHC分子があり、それらは自己正常蛋白質由来の種々のペプチド(緑色)を載せている。T細胞レセプター(紫色)は、この「自己MHC+自己ペプチド」の構造と緩やかに反応できるように、しかしそれを完全にぴったりとは認識しないように選択される。

 ところで、図 2からもわかる通り、Tリンパ球の仕事は非自己の(自分が親から受け継いだのではない)遺伝子を発現している細胞を見出し、これを攻撃して排除することです。一方、正常の自己遺伝子産物のみを発現している細胞は決して攻撃してはいけません。Tリンパ球はどうやってその違いを区別するのでしょう?実は、Tリンパ球の細胞表面には、身体中の殆ど全ての細胞が表面に持っている「ペプチドを載せるお皿」=MHC分子と結合し、その上に載っているペプチドの形を調べるレセプターがあります。これをTリンパ球レセプター(T-cell receptor、TCRと略す)と呼びます。TCRは、自分の身体の中で作られているあらゆる正常蛋白質と、外から侵入してきた、或いは突然変異によって体内に生じたあらゆる「非自己遺伝子」の産物とを区別できなければいけません。そこで、図 4に示すように、体内での発生・分化の過程で個々のTリンパ球は細胞表面にそれぞれが異なった形のTCRを発現します(図 4には紫色「手」のように示しています)。一つ一つのTリンパ球はただ一つの特異性(厳密には二つの場合もある)を持ったTCRしか発現していませんが、それぞれのTCRの形が違うので、全体としてはほぼ無限に異なる構造を認識できます。この「多様性の形成」は、(TCRを形作る遺伝子の組み合わせを変えることにより)全くランダムに起こります(図 4の上半分)。
 TCRの形成がランダムに起こることにより、結果的には「全宇宙のあらゆる構造」が認識できるほどの多様性が形成されるのですが、形成された多様なTCRの中にはそもそも自分のMHC分子に結合できないものもたくさんあるでしょう。そのような役に立たないレセプターを作ってしまった細胞はそれ以上増殖出来ず、発生の途中で死に絶えます(図 4の赤い横線)。一方、ランダムなTCR形成のもう一つの帰結として、自己MHC分子上に提示された正常自己遺伝子産物由来ペプチドとそのまま結合してしまうレセプターも出来るでしょう(図 4でX印を付けた細胞)。そのようなレセプターを持ったTリンパ球は自分自身を攻撃することになりますから、発生の途中で細胞死に陥ることにより取り除かれます(自己反応性の除去)。そうすると、最終的に生き残ったTリンパ球の持つTCRは、「自己MHC分子上に正常自己蛋白質由来ペプチドとは異なったペプチドが載ったもの」を認識出来る可能性が生じます。その中には(ある確率で)外来のウイルス遺伝子の産物(図 4右下の青いペプチド)を認識するものがあるでしょう。

図 5: ウイルス感染細胞と突然変異細胞(がん細胞)は、共に「自己正常遺伝子産物由来ペプチド」とは異なったペプチドをMHC分子に載せている

 こうして、

「全宇宙の全ての構造」−「自己正常遺伝子産物」=ありとあらゆる非自己遺伝子産物

と言う引き算により、自己MHC分子に載ったありとあらゆる非自己遺伝子産物由来ペプチドを認識できるTCRのセットが選択されると言う訳です。出来上がったTCRの大部分は一生の間使われることが無いかも知れませんが、生まれてこの方一度も出会ったことのないウイルスに感染しても、予期せぬ遺伝子の傷による突然変異細胞が出現しても、それに反応するレセプターはちゃんと体内に用意されていると言うことになります(図 5)。彷徨える遺伝子であるウイルスによって体外から持ち込まれた非自己遺伝子(図 5の細胞質内及び染色体上に赤で示す)も、突然変異によって体内に生じた非正常な遺伝子(図 5の染色体上に緑で示す)も、MHC分子(四角で示す)上に「変なペプチド(図5には赤い三角形や緑の三角形で示す)」を載せさせる点では同じなのです。また、このようなTリンパ球による非自己認識のしくみがわかると、移植などは極く最近になって人類が始めたことなのに、何故神様はちゃんと「拒絶反応」が働くようにして下さったのかが理解出来ます(図 4)。Tリンパ球から見ると、「自己MHC分子上に非自己ペプチドが載った構造」と、「非自己MHC分子(図 4左下の青いMHC上に何かのペプチドが載った構造」とは全体として同じように見える訳です。

図 6: 免疫系の基本構成細胞。体内に侵入した異物を活発に食べ込んで異物由来抗原の断片をT細胞に提示するマクロファージ(macrophage: 大食細胞)、免疫反応の指令官役を務めるヘルパーTリンパ球、ヘルパーTリンパ球により活性化される細胞傷害性 (cytotoxic) Tリンパ球、活性化(activated)マクロファージ、そして抗体産生細胞 (antibody-producing cells)

Tリンパ球とMHC分子は2種類が必要

 さて、これまでお話しして来たTリンパ球は、MHC分子の上に正常自己構成成分とは異なるペプチドを載せた「ウイルス感染細胞」や「突然変異細胞」を見つけて、それらを直接傷害する細胞傷害性Tリンパ球 (cytotoxic T-lymphocytes: CTL)でした。図 5や図 6の漫画に示す通り、活性化された細胞傷害性Tリンパ球は標的細胞に直接接近して相手の細胞膜に孔を開けて殺します。細胞傷害性Tリンパ球の細胞質には、細胞膜に孔を開ける「パーフォリン」と呼ばれる「トンネル構造形成分子」や、そこから標的細胞内に入って大事な蛋白質を分解してしまう「グランザイム」と言う酵素の入った顆粒が含まれています。
 ところで、身体中のTリンパ球が全てこのような細胞傷害性を発揮するとしたら、一寸困ったことが起こります。というのは、免疫系の構成要素として、体内に侵入してきた異物を貪食(「どんしょく」:活発に食べ込むこと)したり、老廃した細胞を食べて処理しているマクロファージと言う細胞があるのです。この細胞は「トゲ」などに付いて体内に侵入した細かいゴミのような異物や、空気中から肺の中に吸い込んだ微粒子状の異物、或いは抗生物質や免疫反応の働きで死にかけた細菌などを食べて無害化しようとする大切な機能を営んでいますが、この細胞の取り込んだ異物由来の「非自己ペプチド」もMHC分子の上に載ってしまいます。もしそれが今まで述べて来たと同じMHC分子であると、折角体内から異物を除こうとしている自分自身のマクロファージを細胞傷害性Tリンパ球が攻撃し、破壊してしまうことになります。そんなことが起こると、マクロファージが食べてまだ消化されていない細菌やウイルスが周囲に撒き散らされてしまう危険性さえあります。むしろ、Tリンパ球はマクロファージの機能を積極的に利用して体内に入ってきた異物の情報をこれから受け取り、マクロファージの消化機能を助けるくらいのことをした方が良い筈ですね。
 そこで、マクロファージのように外来異物を積極的に取り込み、これを体内から取り除こうとする細胞群の表面には、今まで述べて来たMHC分子とは少し異なった「お皿分子」が出ています。これを今まで述べて来た全身の殆ど全ての細胞が出しているMHC分子(MHC クラス I分子 )と区別するため、「MHC クラス II分子」と呼びます。



図 7: MHCクラス II分子によるマクロファージからヘルパーTリンパ球への抗原提示

 一方、マクロファージからMHCクラス II分子を介して抗原提示を受けるTリンパ球も、相手を殺さずに元気づける細胞でなくてはいけません。このような機能を持ったTリンパ球は「ヘルパーTリンパ球」と呼ばれます。MHCクラス II分子上の非自己ペプチドにより刺激を受けたヘルパーTリンパ球(図 7)は、サイトカインケモカインと呼ばれる、一種のホルモンのような「細胞間信号伝達分子」を産生し、抗原侵入部位に他のリンパ球や食細胞を呼び寄せるとともに、抗体産生細胞や細胞傷害性Tリンパ球の活性化を促します(図 6)。MHCクラス II分子の上に載ったペプチドが上手く認識出来るように、ヘルパーTリンパ球はT細胞レセプター(TCR)と共に CD4 と呼ばれるレセプターを細胞表面に持っています。この CD4分子はMHCクラス II分子と特異的に結合し、「ペプチドの載ったお皿」をTCRに近付ける働きをします。図 7ではヘルパーT細胞がCD4と名付けられた左手でMHCクラス II分子という「お皿」を支え、TCRと言う右手でお皿の上のペプチド(▲)を調べている様子がわかるでしょう。
 細胞傷害性Tリンパ球でヘルパーTリンパ球のCD4分子と同じ役目をしているのがCD8と呼ばれるレセプターです。即ち、Tリンパ球はCD4分子を表面に持ったヘルパーT細胞とCD8分子を表面に持った細胞傷害性T リンパ球とに分類されるという訳です。

 初めて抗原に出会ったTリンパ球がどのように活性化されるかは、別に「絵解き」をしてみました


抗体は分泌型のレセプターである

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図 8: 単一ドメインの祖先蛋白質から遺伝子の重複により二つずつのドメインを持つTCRα鎖とTCRβ鎖が出来た。更にドメインの重複が起こり重鎖(オレンジ色)と軽鎖(緑色)2本ずつから成る膜型免疫グロブリンが生じた。これが細胞膜を離れ、分泌型となったのが抗体分子、即ち(分泌型)免疫グロブリンである。なお、厳密に言うと膜型及び分泌型の IgMは重鎖のドメインがもう一つ多い。

 体外から非自己の遺伝子産物(蛋白質や糖質)が直接侵入して来た場合や、それ自身が遺伝子発現能力を有する生きた細胞(細菌や真菌、寄生虫など)が侵入した場合、それらは表面にMHC分子を持っていませんから、Tリンパ球によっては認識されません。そこで、このような場合これら外来の遺伝子産物或いは非自己細胞そのものに直接結合する血液中の蛋白質である「抗体 (antibody)」、即ち免疫グロブリン (immunoglobulin)分子が防御効果を発揮します。
 免疫グロブリンを産生するのはBリンパ球に由来する抗体産生細胞(形質細胞:plasma cells、図 6下段・左)であり、Bリンパ球は自らがこれから産生するはずの抗体分子そのもの を抗原レセプターとして細胞表面に持っています(図 8)。即ち、血液の中を流れている抗体分子は、Bリンパ球の抗原レセプターが細胞を離れて分泌型になったものに他なりません。抗体分子は図のようにY字型をしており、先端部に二つの抗原結合部位を持っています。このため、一つの抗体分子が同時に二つの抗原分子に結合し、両者を橋架けすることが出来ます。こうして、抗体分子がウイルス粒子や細菌細胞を凝集させたり、ウイルスや細菌が細胞に吸着するのを阻害したりします。

図 9: 抗体分子のエフェクター機能。ウイルス粒子の表面に抗体が結合すると、ウイルスの細胞への吸着が阻害される。抗体によって凝集したウイルス粒子は、マクロファージにより貪食処理される。

 分泌型のレセプターとして細胞表面を離れ、血液の流れに運ばれて全身の組織や分泌液中(唾液や乳汁、消化液、涙などの中には「分泌型 IgA」と呼ばれる抗体分子がたくさん含まれています)に行き渡る抗体は、いわば抗体産生細胞の作る「誘導ミサイル」のようなものです(図 6)。但し、この誘導ミサイルが充分に効果を発揮するためには、ミサイルが標的に達したところでこれを破壊するような機能が働かなければなりません。このため、血液中には「補体」と呼ばれる一群の蛋白質があって、抗原と結合した抗体によって活性化され、抗原の侵入した局所にもっとたくさんの抗体や補体を集めたり、白血球(食細胞やリンパ球を含む)を呼び寄せたり、細胞傷害性Tリンパ球の持っていたパーフォリンによく似た血液中の分子を集めて異種細胞の膜に孔を開けたりします。こうして、侵入した抗原に抗体が結合すると、細菌やウイルスの膜は補体によって破壊され、すぐさま食細胞が集まって来て壊れかけたウイルス粒子や細菌を食べてしまいます。このように外敵侵入の局所に血液中の蛋白質や白血球が集まる反応を「炎症」と言います。

図 10: 抗体と結合した抗原を取り込み、細胞内に蓄えた培養マクロファージ。中央の細胞の核の周りにたくさんの細かい顆粒が含まれていることに注意。

 実は、炎症反応によって外敵侵入の局所に呼び寄せられる白血球には、細胞表面に抗原と結合した抗体をくっつける Fcレセプターと呼ばれる分子があります。元々ウイルス粒子や細菌を食べる能力のある白血球は、抗体の結合したウイルス粒子や細菌を見つけるとこの Fcレセプターの働きでより速く異物を取り込んで消化してしまいます。まるで美味しいご飯に「ふりかけ」をかけ、栄養たっぷりのおかずにソースをかけて食欲増進を図るようなものです(図 9、図10)。これを「オプソニン効果」と呼びますが、抗体産生細胞から分泌された抗体は、結局最後は再び細胞表面レセプターに戻る訳です。

血液型抗体の謎


 輸血をするとき、供血者と受け手の「血液型」を合わせる必要があることはご存知でしょう。血液型とは、実は全身のほぼ全ての細胞の表面に出ている糖鎖(グルコース、ガラクトースなどの単糖が分岐しつつ連なって出来た高分子物質)の構造の遺伝的な違いです。最初に赤血球に存在することがわかったので「血液型」と呼ばれますが、実際は赤血球以外にも血管内皮細胞や神経細胞、粘膜の上皮細胞など、全身の多くの細胞に発現しています。だから、本当は「全身型」とでも呼ぶのが正しいのです。血液型 A型の人の細胞表面には「A型糖鎖」が、B型の人の細胞表面には「B型糖鎖」があり、AB型の人の細胞はそれらを両方持っています。また、O型の人の細胞表面には A型糖鎖も B型糖鎖もありません(細胞が裸というわけではなく、全ての ABO式血液型糖鎖に共通の H型と呼ばれる糖鎖があります。H型糖鎖の末端に N-アセチルガラクトサミンという糖が付くと A型、ガラクトースが付くと B型の構造になります)。

A 型血球 B 型血球 AB 型血球 O 型血球
A 型血清 凝集無し 凝集 凝集 凝集無し
B 型血清 凝集 凝集無し 凝集 凝集無し
AB 型血清 凝集無し 凝集無し 凝集無し 凝集無し
O 型血清 凝集 凝集 凝集 凝集無し


 さて、血液を遠心分離するとその細胞成分である血球(その大部分は赤血球)と液体成分である血漿に別れます。血漿から血液の凝固に関与するフィブリノーゲン(線維素原)を除いたものと、血液を試験管内で凝固させてその上清の液体を採った血清とはほぼ同じものです。血液中の抗体の大半は血清の中に残ります。
 今血液型が A型の人の血球と血清を分け、B型・AB型・O型の人からもそれぞれ血球と血清を分離します。それらを上の表のようにお互いに混ぜ合わせると、A型の人の血清はB型の血球とAB型の血球を凝集させ、B型の人の血清はA型の血球とAB型の血球を凝集させます(条件によっては凝集反応が弱く、見かけ上この表の通りにならないこともあります)。これは、A型の人の血清中には B型の糖鎖と反応する抗体があり、B型の人の血清中には A型の糖鎖と反応する抗体があるからです。O型の人は血清中にこの両方の糖鎖と反応する抗体を持っています。
 このことは多分中学校や高等学校の理科、或いは保健体育の授業でも習っているでしょう。ところで、その時「今まで一度も輸血や手術を受けたことのない人でも、最初から血液型抗原に対する抗体を持っているのは何故だろう?」と不思議に思ったことはありませんか?それに気付いたあなたは免疫学のエッセンスを理解している人です!
 私たちはこの世に生まれた瞬間からたくさんの微生物との共存共栄を始めます。皆さんの皮膚の表面にはたくさんの「常在細菌」が住んでいますし、口から肛門までの消化管には非常に多くの「腸内細菌」や酵母の仲間が常在しています。日本人なら大部分の人が EBウイルスと呼ばれるウイルスを3・4歳頃から一生身体の中に持ち続けていますし、サイトメガロウイルスやアデノウイルスも殆どの人に常在しています。これらの常在微生物、特に常在細菌の表面には多種多様な糖鎖があり、その中にはヒトの血液型糖鎖とよく似た、或いは全く同じ構造を持ったものもあるのです。そこで、子宮を離れ環境中の微生物に触れ始めた瞬間から、私たちの身体は微生物の持つ糖鎖抗原に対する抗体を作り始めます。これが、輸血もされたことがないのに自分とは異なる血液型の抗原に対して「自然抗体」が出来る理由と考えられます。

図 11: 自己反応性抗体産生細胞の除去。発生途上のBリンパ球は、免疫グロブリン遺伝子断片の組換えによって無限に異なる抗原構造を認識出来るだけのレセプターの多様性を形成し、成熟の過程で正常自己遺伝子産物と直接反応するレセプターを持ったものが取り除かれる。これによって、自己構成成分とは反応せず、外来のあらゆる抗原構造を認識できる、きわめて多様な抗原レセプターのセットがあらかじめ体内に用意される。

 A型の人は自分の体内に侵入した微生物の B型糖鎖に反応し、B型や AB型の血球と結合する抗体を作ります。A型糖鎖にも反応したいのですが、自分自身の細胞の表面に出ている A型糖鎖に結合する抗体を作ってしまったら、それの結合した自分自身の赤血球や血管内皮細胞、神経細胞が傷害されてしまいます。だから、A型の人は A型糖鎖に対する抗体は作れない のです。同様に B型の人は B型糖鎖に対する抗体は作れず、A型糖鎖も B型糖鎖も持っていない O型の人はその両方に対する抗体を作ることが出来る訳です(図10)。つまり、ここでも

「全宇宙の全ての構造」−「自己正常遺伝子産物」=ありとあらゆる非自己遺伝子産物

と言う引き算の原理で「抗体の抗原結合能の多様性」が作られているのです。

 どうですか、免疫学の基礎を多少なりとも理解して頂けたでしょうか?あとは応用編として実際に体内で起こる異物除去反応の様子や移植免疫反応、或いはアレルギー反応のお話をしなければいけないのですが、ここまで読んで下さった皆さんには、既に一般の免疫学の教科書を充分に理解するだけの力が付いている筈だと思います。そこで、最後にいくつかの参考書を紹介してこのページを終わりにしましょう。

参考書

 1)Charles A. Janeway, Jr., Paul Travers, Mark Walport, and Mark Shlomchik: Immunobiology, The Immune System in Health and Disease, 5th Edition.  Garland Publishing, New York. (この教科書は大変優れており、最新の知識を一貫したスタイルでわかりやすく記載しています。 但し、Fcレセプターに関する記述など、最近の進歩が速い部分では少し記述が間違っているところもあるので、最新の文献を読み直す必要があります 。私の講義ではこの教科書の内容を補うようにしています。)

 2)笹月健彦 監訳: 免疫生物学 免疫系の正常と病理 第5版、南江堂 (上記の訳書ですが、日本語に翻訳することによって却って表現が分かり難くなっている部分も無い訳ではありません。何れにしろ、かなり大きく厚い教科書で、免疫学の全ての分野の情報が万遍なく盛り込まれています。また、分かり易い模式図が満載です。)

 3)澤井高志・内藤 眞・名倉 宏・八木橋操六 編: エッセンシャル病理学 第5版、医歯薬出版 (病理学の教科書ですが、その炎症・免疫・感染症・アレルギーに関する部分は生体防御学のエッセンスを上手く盛り込んでいます。最新の第5版では、「感染症」及び「免疫とアレルギー」の章を宮澤が執筆して全面的に改めました。)

 4)山本一彦 編: 自己免疫疾患 (New メディカルサイエンスシリーズ)、羊土社 (このホームページを見た後に本書を読むと分かり易いでしょう。このホームページでは触れなかった「免疫反応の異常によって起こる病気」の解説を主な目的とした教科書ですが、最新の免疫学の教科書としても使える内容を持っています。)

 5)平野俊夫 編: 免疫の仕組みと疾患(イラスト医学&サイエンスシリーズ)、羊土社 (最新の研究成果をヴィジュアルに纏めてあり、特に病気との関係が理解し易くなっています。このホームページでは充分に触れられなかった「サイトカイン」や「補体」、或いは「細胞接着因子」に関する専門家の解説が大きな図と共に纏められています。)

 6)東野英明・他 編著: 医学生のための薬理学、南山堂 (薬理学の教科書ですが、その「免疫抑制薬・抗アレルギー薬・リウマチ治療薬」の項は宮澤が書きました。このホームページの続きをなすべき「アレルギー」や「移植免疫反応」に関する解説を充分に盛り込んだつもりです。アレルギーの治療に感心のある方にも役に立つと思います。)

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