口の中とノドの癌

これは平成16年10月16日に近畿大学医学部で行われた、一般市民対象の「公開講座」での講演資料です。

図の一部は掲載していません。

(1)始めに

1)あたま(頭部)やクビ(頸部)の癌の種類(表1)

      表1 口の中とノドの癌 の分類

        部位による分類
         口腔癌  
         咽頭癌  上咽頭癌
              中咽頭癌
              下咽頭癌
         喉頭癌

        組織による分類(組織学的分類)
         扁平上皮癌
         腺癌
         悪性リンパ腫
         その他

 主として耳鼻咽喉科が診療する領域は、クビ(頸部)から上のほとんど全てで、あたま(頭部)も含めます。脳や眼、皮膚は含めません。この、耳鼻咽喉科が診療する頭部や頸部では癌は割と珍しく、癌全体の約5%といわれています。この領域にできた癌を頭頸部癌といいます。

 癌のできる場所によって、まず、癌は分類されます。頭頸部癌は頭部や頸部のあらゆる場所に発生する訳ですが、特に、口の中に発生する場合は口腔癌、鼻の奥やノドの奥に発生する場合は咽頭癌、ノドボトケの中に発生する場合は喉頭癌と呼ばれます。例えば、舌に生じた場合などは舌癌と呼ばれますが、これは口腔癌の一種類にあたるわけです。

 その発生する頻度は部位によって差が大きく、特に舌癌、喉頭癌は頻度の多い癌といえます。

  一方、一口に癌と言っても、いろいろなタイプがあります。例えば、放射線治療という言葉を耳にされたことがあると思いますが、胃癌や大腸癌に対しては放射線治療はほとんど行われません。一方、食道癌には頻繁に放射線治療が行われています。これは癌細胞自身の、放射線に強いか弱いかという性格によるわけです。この性格は、癌がもともとどういう正常細胞から生じたかによって異なるわけで、この発生したもともとの正常細胞によって癌は分類され、この分類を組織による分類(組織学的分類)と呼んでいます。

 この組織学的分類によると、頭頸部にできるのは、扁平上皮という正常細胞から発生した扁平上皮癌と呼ばれるタイプが最多で、90%以上がこのタイプとなります。これに次いで多いのが腺癌とよばれるタイプの癌で、この両者で、頭頸部癌のほとんどを占めます。前者は進行が早いですが放射線治療がよく効きます。後者は進行は比較的ゆっくりですが、放射線治療は効きません。すなわち、上で述べた、食道癌は扁平上皮癌が多く、胃癌とか大腸癌には腺癌が多い、というわけです。口の中やノドにできるのはほとんどが扁平上皮癌ですので、放射線治療がよく行われます。また、リンパ節そのものの癌、悪性リンパ腫の発生部位としても頭頸部は最も頻度の高い部位として知られています。

2)口の中とノドの癌の特徴(表2)

      表2 口の中とノドの癌 の特徴
 
        ヒトとして最も重要な機能に直接関与する
            食べる
            話す
            見た目
        転移しやすい
        消化管の癌にかかりやすい

 口の中とノドの癌は、食べる、話す、というヒトとして最も重要な機能に直接関与する部位にできる訳です。また治療法によっては、クビから上で、常に人目にさらされる場所が関係してきます。

 口の中とノドの癌の治療では、これらの機能や見た目に何らかの障害をもたらすことは避けられません。癌が進行していればいるほど、声を失う、ロレツが回らない、飲み込めない、顔が変形するなど、治療後の障害は大きくなり、いわゆる身体障害者となることも少なくありません。すなわち、社会生活に大きなハンディキャップを負うことになります。逆に早期のものであれば治療後の障害は少なく、早期に社会復帰して元気に天寿を全うできる場合も多いのです。それゆえこそ、早期発見、早期治療が非常に重要となります。

 次いで、口の中とノドの癌は、非常に転移しやすい、という特徴があります。まずクビのグリグリ(リンパ節)に転移するのです。小生の経験では、扁桃腺に直径3mmの癌があって、転移したリンパ節が直径9cm、という方がおられました。リンパ節については、あとで詳しく説明します。 また、口の中やノドに癌ができた方の3割ほどは、食道癌や胃癌などの消化管の癌にかかります。これは転移ではなくて、同時に、あるいは間をあけて全く別の部分にできてくるわけで、重複癌と呼ばれます。そのため、治療中も、治療後も、定期的に胃カメラを飲んでいただくことをお薦めしています。

3)口の中とノドの癌の診断について(表3)

      表3 口の中とノドの癌 の診断の流れ

       症状などを聞く
        
       見る  (ファイバースコープを使うこともある)
       触る  (超音波エコーを使うこともある)
        
       CTやMRI

 口の中とノドの癌は、胃とか大腸とかに比べて体表に近い部位にあるため、、癌の診断も比較的容易です。そのため、初診で診断がつけられることが少なくありません。例えば、舌癌などは口を開けて見せていただき、触らせていただくだけでほとんどの場合は診断がつきます。

 診断の流れとしては、まず症状をお聞きした後、口の中であれば、見て触るだけ。ノドの場合は、鼻の穴から細いファイバースコープを入れてノドの奥をよく観察します。ノドの奥の方が敏感で、ファイバースコープを入れると、「おえ!!」とすぐにえづいてしまう方もおられます。その場合はしびれ薬でウガイをしていただいてからファイバースコープを入れています。

 その後にクビをよく触らせていただいて(触診する、と呼びます)、クビにグリグリがないか、すなわちリンパ節が腫れていないかを判断します。よく肥えておられてわかりにくい場合は、超音波エコーという、冷たくて固い、こぶし大の機械をクビにあてて、調べることもあります。

 たったこれだけで、大部分の場合、癌ないし癌の疑いの有無の判断ができます。どの検査もほとんど痛くはありませんので、ご安心ください。

 他病院では、経験の少ない医師の多くは、その日のうちに、癌と思われるものや疑いのあるものの一部分を切除します。これを生検と呼びます。そして、顕微鏡で癌か否かを調べます。癌か否かの結果がわかるまで多くは一週間以上かかってしまいます。この生検により、いわば「引き金を引いた」かのように、結果待ちの一週間に急速に癌が増大し、早期癌が進行癌になってしまった、という苦い経験が小生には数度ありますので、当科では生検をほとんど施行していません。 

 手術の数日前には口の中やノド、クビのCTスキャンやMRIなどを撮影して、目で見えない深いところへ癌が進んでいっていないか、クビのリンパ節(頸部リンパ節と呼びます)はどの程度腫れているかなどをチェックします。

4)口の中とノドの癌の治療について(表4)

      表4 口の中とノドの癌 の治療の流れ

      初診時あるいは次の診察時に
        入院手続き 
        術前検査(血液検査、尿検査、胸のレントゲン写真、心電図、肺活量など)
       ↓
      1〜2週間以内に入院
       ↓
      入院の1〜2日後に全身麻酔下に
       生検用の手術
        手術中に組織学的検査
        そのまま終了、あるいは治療用の手術に移行
       ↓
      必要に応じて、放射線治療

 当科の癌治療の方針は、

「自分の肉親ならどうするか?? 一日も早く診断をつけて、一日も早く治療開始を!!」

です。そのため、癌と思われる場合や疑いのある場合は、多くはその日のうちに術前検査(血液検査、尿検査、胸のレントゲン写真、心電図、肺活量など)をうけていただきます。そして初診からできれば1週間以内、どんなに遅くとも2週間以内には入院していただいています。入院の翌日あるいは翌々日に、多くは全身麻酔下に何らかの生検用の手術をおこなって、その手術中に癌であるかないかの診断をつけます。これを術中迅速病理診断と呼びます。

 その診断下に、生検用の手術にひき続いて、別の治療用の手術を開始することもありますし、生検用の手術だけで一旦終了して、数日後から放射線治療を開始することもあります。いずれにせよ、治療開始が遅れればその分、命の危険度が増す、と肝に銘じているつもりです。

 口の中とノドの部位により、また癌の進み具合(進行度と呼びます)によって、この手術などは大きく異なりますので、詳細は後で述べていきます。なお、進行度は、癌のその部分での進み具合とクビのリンパ節転移の程度、肺や肝臓など他臓器への転移の有無をもとに4段階に分けられます。これを進行期分類と呼びます。すなわち、1期は最も早期の癌で、当然治る可能性は高く、4期は非常に進行した癌で、治らない場合が多くなるのです。一応、ここでは1期、2期を初期癌、3期、4期を進行癌と呼ぶことにします。

(2)医学用語の解説

1)口の中とノドの癌について

 口の中に発生する場合は口腔癌、ノドの奥や鼻の奥に発生する場合は咽頭癌、ノドボトケの中に発生する場合は喉頭癌と話しましたが、具体的に見ていきましょう。

 口腔癌は

  舌の癌(舌癌)、

  舌と歯ぐきの間にできる癌(口腔底癌―こうくうていがん)、

  歯ぐきの癌(歯肉癌―しにくがん)、

  頬の内側の粘膜にできる癌(頬粘膜癌―きょうねんまくがん)、

  うわあごの固い部分(硬口蓋と呼びます)にできる癌(硬口蓋癌―こうこうがいがん)

に分類されます(図1)。

 一方、ノドは、咽頭と喉頭の2つの部位からできています。そして咽頭とは鼻や口の奥にあり、食道よりも上の部位を指します(図2)。鼻に近いほうから上中下の3つの部位に分けられます。すなわち、上咽頭、中咽頭、下咽頭と下がっていき食道に続いていくわけで、下咽頭はのどの一番底の部分、食道の真上ということになります。また、ノドボトケにあたるところが喉頭で、その真後ろが下咽頭ということになります。

 上咽頭とは鼻の突きあたりのことですが、直接見ることはできません。この部分には、耳の奥と鼻の奥とをつなぐ管(耳管と呼びます)が口を開けています。高い山に登ったりすると耳がつ〜〜んと詰まりますが、その時ツバを飲み込むとポンと耳の詰まりが治ることはご経験がおありでしょう。これはツバを飲み込むことでこの耳管が一瞬開いて、耳の奥と鼻の奥との気圧の調節を行うからです。そのため、この部分に癌ができると、この耳管の口をふさいでしまって、ツバを飲み込んでも気圧の調節を行うことができず、耳が詰まって聞こえにくい、という症状がでてくることがあります。

 中咽頭とは口を大きく開けた時、口の奥に見える場所です。この中咽頭はさらに4つの部位に区分されます(図3)。まず、口を大きく開けた時に見られるいわゆる「のどちんこ」と呼ばれる突起した部分と、その周囲のうわあごの軟らかい部分を軟口蓋といいます。ただし、うわあごの前の方の、骨のある固い部分は硬口蓋といって、中咽頭ではなく口腔の領域に含まれるのは既に述べました。扁桃腺も口の奥の左右にあり、中咽頭の一部で、口の奥の突きあたりの壁は中咽頭の後壁と呼ばれています。もうひとつ、舌のつけ根も舌根といって中咽頭に属します。

 下咽頭(かいんとう)はさらに下のほうにあり、食道や喉頭の入口付近に位置しますが、直接見ることはできません。

 喉頭とはいわゆるノドボトケのことで、食事の通り道(食道)と空気の通り道(気道)が交わる場所に気道の防御装置として発生した器官で下咽頭の前にあります。つまり、飲食物が肺に入らないよう調節している、いわば扉、ドアと考えられます。すなわち、息をするときにはこのドアは開いています。しかし、食事が来たときには、それが肺の中へ落ちないように、このドアはしっかりと閉まるわけです。このドアのことを声帯と言います。 

 ほ乳類では、息を軽く吐くときにこのドア、声帯を薄開きにする、というワザを身につけました。薄開きのドアの隙間を息がでていくときに、このドアはプルプルとふるえます。それが声になるわけです。そのため、この声帯に癌ができる(喉頭癌)と、うまくふるえなくなり、声がかすれる訳です。

2)リンパ節とは(図4)

 ご存じのとおり、血は心臓から出て、動脈を通って、体中に流れていきます。動脈はどんどん細くなって行き、毛細血管と呼ばれる細い細い管になり、そこから逆にどんどん太くなっていき、静脈となり、心臓に戻ります。 

 毛細血管からは、口からすった酸素や、腸から吸収された栄養成分が周囲にしみ出していきます。体中の細胞は、この酸素や栄養成分をいわば「食べて」、生きているわけです。食べた以上は、排便排尿します。この、体中の細胞の便、排泄物を集めていくのが「リンパ管」の一つの役割です。いわば、「リンパ管」は「ドブ」、「下水路」とでも呼べましょうか。 

 体中の「ドブ」は、我々の生活の下水路と同じく、どんどん集まって太くなっていきます。下水路である以上、下水処理場が必要です。体中の「リンパ節」は、この下水処理場にあたります。 

 すなわち、下水処理場ことリンパ節では、ドブ(リンパ管)から流れてきた毒素やバイ菌、あるいは癌細胞を除去しようとします。除去する掃除人が「リンパ球」です。この除去しようとする力、いわば体の抵抗力が、よく耳にされるであろう、「免疫力」なわけです。 

 このリンパ節で処理され、綺麗になった下水はまた静脈に戻っていき、血の成分にもどるわけです。 

 扁桃腺が腫れたり、歯ぐきが化膿したりして、クビのリンパ節が痛く腫れたご経験のおありの方は多いでしょう。リンパ節が腫れているときには、その下水処理場(リンパ節)までバイ菌や毒素がドブ(リンパ管)を通って流れてきたので、掃除人(リンパ球)がバイ菌と戦っているのです。この時には、掃除人を普段より大量に動員しないといけないので、体中からリンパ球は集まってきます。ですからリンパ節は大きくなります。戦っていますから痛みがでます。こういう訳で、下水処理場「リンパ節」は痛く、大きく、腫れ上がるわけです。

 こんな掃除人「リンパ球」が、時に、処理しきれない、あるいは「体にとって悪い物」と認めない場合があります。それが「癌のリンパ節転移」です。この場合、下水処理場「リンパ節」に引っかかった癌細胞はどんどんと大きくなっていきます。ですからリンパ節は大きくなってきます。上で述べましたように、扁桃腺炎などでリンパ節が腫れた時とは異なり、転移リンパ節では、掃除人「リンパ球」は癌細胞と戦っていません。なすがまま、です。そのため、痛みはありません。ここが重要です。

 この痛みのない、かたいグリグリ(リンパ節)がある、ということで来院されて、調べると口の中やノドの癌の転移だったということが非常に多いのです。口腔癌、咽頭癌は非常にクビのリンパ節に転移しやすい、という特徴がありますので、月に一度はご自身のクビをよく触ってみて、痛みのない、かたいグリグリがないかを調べてみるのをお薦めします。

 なお、このようなリンパ節転移をきたした場合は、上で述べました、体の抵抗力「免疫力」が弱くて癌細胞の「なすがまま」になっているわけですから、リンパ節転移のない場合に比べると、やはり癌の治療成績は悪くなります。そのため、リンパ節転移のある場合は、ない場合よりも、もっと強力な治療が必要となる場合が多いのです。  

(3)口の中とノドの癌 発生率など

 ここで、有名人で口の中とノドの癌で亡くなった方を挙げてみます。口腔癌では、

   駒井哲郎さん(版画家)    1976/11/20  

   徳永善也さん(チェッカーズ) 2004/8/17

で、徳永善也さんはいまだ40歳でした。咽頭癌では、

   上村一夫さん(脚本家)    1985/01/11

   萬屋錦之助さん(子連れ狼)  1997/3/10

   山城隆一さん(デザイナー)  1997/03/24

   勝新太郎さん(座頭市)    1997/6/21

   谷岡ヤスジさん(漫画家)   1999/06/14 

   中谷一郎さん(風車の矢七)  2004/04/02

が有名です。また、喉頭癌では、

   中江兆民さん(思想家)    1901/12/13

   田山花袋さん(小説家)    1930/05/13

   池田勇人さん(首相)     1964/08/13

   西条八十さん(詩人)     1970/08/12

などが有名です。

 2000年の日本の統計ですが、 口腔癌、咽頭癌(口腔咽頭癌でひとまとめにします)で亡くなった方は男性3610人、女性1456人です。喉頭癌では男性958人、女性88人が亡くなりました。すなわち、人口10万人あたり、口腔咽頭癌は男性5.9人、女性2.3人で、喉頭癌は男性1.6人、女性0.1人となります。癌全体の5%と言いましたが、他人事と思ってノンビリと構えてはいられません。 

 特に、口腔咽頭癌で亡くなった方の数は、50年前の1950年に比べると、男性8倍、女性6倍となり、ここ数年増加し続けているのです。一方、喉頭癌では男性は2倍弱に増加、女性は半分以下に減少しています。2020年には、人口10万人あたり、口腔咽頭癌は1.13倍に増加すると予想されており、注意が必要です。逆に喉頭癌は0.43倍と半減すると予想されています。 

 府県別では、大阪府での死亡率は、男性では口腔咽頭癌、喉頭癌ともにほぼ日本の平均並ですが、女性の口腔咽頭癌による死亡は全国で第10位、喉頭癌死は全国で第8位となり、結構な多発地帯となっています。特にご高齢のご婦人には十分注意していただきたいものです。

(以上のデータは、

厚生労働省がん研究助成金による「地域がん登録」研究班(主任研究者:津熊秀明)

による推計値であることを申し添えます。また、

厚生省がん助成金「地域がん登録」研究班(津熊秀明、大島 明、味木和喜子作成):日本のがん罹患率と推移.田島、黒石、大島 編:がん・統計白書−罹患/死亡/予後−2004, 篠原出版, 2004 

からもデータを引用しました。)  

(4)口の中とノドの癌

 それぞれについて  口腔癌、咽頭癌(上中下)、喉頭癌について、以下、順に詳しく説明していきます。

 いずれの癌にしても、癌そのものは、初期には痛くもなく、固いシコリのみです。進行すると、種々の症状を呈してきます。いずれにせよ、癌はかなり進行してからでないと痛みは生じず、逆に痛みが強いのはかなり末期に近づいていると考えて良いでしょう。

1)口腔癌

☆ どのような癌か

 口腔癌には舌癌、口腔底癌、歯肉癌、頬粘膜癌、硬口蓋癌が含まれます。舌癌が口腔癌の約90%を占めますので、もっぱら舌癌について述べます。組織学的分類では、ほとんどが扁平上皮癌です。 

 舌癌の男女比は約2:1で男性に多くみられます。好発年齢は50歳代後半ですが、50歳未満が約1/4を占め、20、30歳代の若年者にも時々みられます。咽頭癌や喉頭癌は60歳以上の男性に多いのと比べると、やや年齢層が若いのがひとつの特徴です。小生の経験した最も若い舌癌は17歳で、あと22歳、25歳、27歳と続きます。 

 舌癌の原因はまだ明らかではありませんが、歯並びの悪い歯が常に舌にこすれるという機械的な刺激に、飲酒・喫煙などの刺激が重なることが重要と考えられています。事実、小生は歯並びの非常に綺麗な舌癌を診たことがありません。多くは、いわゆる「乱ぐい歯」の方達です。

☆ 症状

 非常に初期では、歯が常にこすれている部分が白くなってきます。痛くもなく、シコリもありません。この状態は舌白板症(白斑症ともいいます)とよばれ、前癌状態です。約3割で癌化します。この状態が数カ月続くと癌になります。 

 初期の癌でも痛みや出血などはなく、硬いシコリが触れるのみです。舌癌のよく生じる部位は舌の両脇の部分で(歯とこすれる部分)、舌の先端や真中の部分にできることは滅多にありません。 

 なかなか治らない口内炎の場合も注意が必要です。かかりつけの近所の医師に口内炎と数カ月言われ続けた舌癌がかなりの数に上るのが実情です。自分の口の中に口内炎??ができたら、ご自分で触ってみると良いでしょう。他の部分と違って明らかにその部分が硬くて、そのくせ痛くない場合は悪性の腫瘍の可能性があります。

 なお、舌の奥の方は有郭乳頭や葉状乳頭とよばれる、味をつかさどる正常の突起物があってデコボコしています。これらを癌と勘違いして来院される方が月に数人おられます。触ってみましょう。「おえ!!」とえづきながらでも。石のように固くなければ大丈夫です。

 癌が進行すると、シコリが外側に大きくなる傾向のものもあれば、深くもぐっていくものもあります。後者の場合は表面がえぐれて(潰瘍形成と言います)痛みや出血がでてきます。さらに増大するとロレツが回りにくくなったり、食事を飲み込みにくくなったり、口が開かなくなったりしてきます。

 また舌癌はクビのリンパ節転移が多いのも重要です。初期のものでも3割の方に転移が認められます。

☆ 治療

 ほとんど全ての口腔癌で手術治療が中心になります。 

 初期癌では癌と思われる部分から1〜2cm離れたところで、レーザーなどを使って切除してしまいます(図5)。

傷口はそのままにしておきます。数カ月後には綺麗に皮が生えてきます。舌の形はややイビツになりますが、言葉や飲み込みにほとんど問題はありません。切除範囲にもよりますが、よーく聞くと特に「らりるれろ」がおかしい程度でしょうか。いずれにせよ、日常生活に支障はあまりありません。傷口を縫い合わせたりすると、逆にロレツが回りにくくなったり、飲み込みにくくなったりするのです。

 述べましたように、初期癌でも3割で頸部リンパ節転移が認められますので、触診やCTスキャンで転移が疑われる時には、頸部リンパ節をとる手術(頸部郭清術と呼びます)を追加します。 

 切除した舌は千切りにして(連続切片にする、と呼びます)、切り口に癌が残っていないかチェックします。切り口に癌が残っていれば、もう一度追加の切除を行います。また、切片内のリンパ管内に癌細胞がいないかどうかもチェックします。リンパ管内に癌細胞がいれば(脈管内浸潤陽性と呼びます)、残った舌のリンパ管内にも癌細胞がウロウロしている可能性がありますので、放射線治療を追加します。 

 進行した癌になると舌を大きく取らなければならなくなります(広範切除と呼びます)。図6は下の根元(舌根部)や歯、下あごの骨も一部分、一緒に切除する場合です。

切除範囲にもよりますが、多くの場合は、切除したところには、太い大事な血管が「むきだし」となります。そこで、胸の筋肉や手の皮などをはがしてきて、切除したところをカバーします(再建手術と呼びます)。進行癌では6割以上にクビのリンパ節転移が認められますので、頸部郭清も行います。全手術時間は10時間くらい、出血量はコップ3杯くらいでしょうか。上で述べたように、リンパ管内に癌細胞がいる脈管内浸潤陽性では、術後に放射線治療を追加します。 

 この場合、はがして口の中に持ってきた胸の筋肉や手の皮は、私たちの意志で動くわけではありませんから、再建した舌では、ロレツが回らない、飲み込みにくい、などの障害が残り、身体障害者の4級となります。

☆ 治療成績

 一般的には口腔癌の治る可能性は悪くはありません。 

 腫瘍が小さくクビのリンパ節転移のないものは通常良好ですが、より大きい腫瘍やリンパ節転移のあるものはそれだけ治る可能性は悪くなります。舌癌の治る可能性は、1 期で約90%、2期で約70%、3期で約60%、4期で約40%くらいです。

2)上咽頭癌

☆ どのような癌か

 上咽頭癌は台湾や中国南部、東南アジアなどに多く、日本ではまれです。その発症には、特殊なウイルスが関与していると考えられていますが、いまだ確定的なことはわかっていません。 

 現在、日本全国で1年間の上咽頭癌発生数は、約500例と考えられています。男女比は3:1で男性に多く、年齢的には40〜70歳代に多発しています。やはり若年者にもみられ、小生の経験したのは15歳と17歳、19歳でした。 

 組織学的には、ほとんどの場合が扁平上皮癌で、たまに悪性リンパ腫が見られます。同じ扁平上皮癌でも、なぜか、上咽頭にできる扁平上皮癌だけは放射線治療が非常に効果的なのが特徴です。また、頸部リンパ節転移が非常に多いのも特徴です。

☆ 症状

 初期にはほとんどが無症状ですが、既に述べましたように、腫瘍が大きくなると耳管がつまりますので、耳の詰まった感じ、軽度の聞こえにくさがでてきます。そのため、特に成人で片一方の耳のつまった感じがする場合は、上咽頭癌を疑わねばなりません。 

 また、頸部リンパ節転移が多く起こるため、他の症状がなくクビのグリグリだけで受診される場合も多いのです。 

 ある程度大きくなりますと、腫瘍の表面が腐ってきて、鼻血や痰に血が混じるといった症状がでたり、くさい鼻汁が出たりするようになります。さらに進行しますと腫瘍が上咽頭に充満し、鼻がつまってきます。また、なぜかわかりませんが、首筋やうなじの痛み、コリが生じてきます。 

 さらには頭の中へと進みますと、頭痛、複視(物が二重に見える)や顔面の痛み、知覚異常などが現れてきます。

☆ 治療

 放射線治療が非常に効果的ですので、原則として手術を必要としません。放射線治療というのは、いわば小型の原子爆弾の投下です。週に5回、6〜7週間かけて原爆を投下していくわけです。 

 近年では抗癌剤を併用するのが一般的です。この場合の抗癌剤は、皆さんよくご承知の、毛が抜ける、吐き気が強い、体がしんどい、などという副作用を生じる量(癌を殺すのに十分な量)を用いるのではなく、ごく少量を毎日使います。何故かまだわかっていませんが、少量の抗癌剤は、原子爆弾の威力を増大させることがわかっているのです。そこで、少量の抗癌剤を併用することで、最近では治療効果が上がってきています。

☆ 治療成績

 治る可能性は、1期で90%、2期から3期で70%前後、4期で40%くらいです。

3)中咽頭癌

☆ どのような癌か

 扁桃腺や舌の根元に生じやすく、多くは扁平上皮癌ですが、悪性リンパ腫もしばしばみられます。 

 中咽頭癌の頻度は少なく、頭頸部癌の約10%で、日本では、年間千数百人程度に発症しています。ただし、地域的には九州、沖縄など南の地域に多く発症する傾向にあり、強い酒などが原因ではないかといわれています。大阪府では、40年前に比べると、男女とも4倍に増えてきており、要注意です。

 男女比では他の頭頸部癌と同様に圧倒的に男性に多く、好発年齢は50〜60歳代です。

☆ 症状

 初期にはのどの異物感、違和感、軽い痛みなどがあります。実際に食物を飲み込むときに感じる痛みや、しみる感じは注意したほうがいいでしょう。あまりはっきりした症状はなくても、片方の扁桃腺だけが大きく腫れて気がつくこともあります。

 また、中咽頭癌は頸部リンパ節に転移しやすいので、クビのグリグリに気づいて病院を訪れる人もいます。 

 進行するにしたがってのどの痛みや飲み込みにくい、喋りにくいといった症状が現れます。さらには、出血、呼吸しにくいなどの命の危機にさらされる症状の出現に至ります。

☆ 治療

 基本的に、早期であれば放射線治療、進んだ状態であれば手術が必要となります。 

 早期癌でも口の中からレーザーを使って切除するだけで十分な場合も多いのです。図7は「のどちんこ」(軟口蓋)にできた場合で、癌と思われる部分から1〜2cm離れたところで切除して、終了です。

 

 進行癌に対する手術は、大きく切除する、広範切除が必要となります。図8は、左の扁桃腺にできた癌ですが、切除しやすくするために、下あごの骨を真ん中で割って、いわば「観音開き」にします。

当然術後には顔の下唇より下に大きな傷が残ってしまいます。切除した所には、手の皮などをはがしてカバーするという再建手術も行われます。頸部リンパ節をとる手術(頸部郭清術)もおこないます。口腔癌と同じで、リンパ管内に癌細胞がいる脈管内浸潤陽性では、術後に放射線治療を追加します。

☆ 治療成績

 治る可能性ですが、1、2期で85%、3期で70%、4期で40%くらいです。

4)下咽頭癌

☆ どのような癌か

 下咽頭癌は頭頸部癌の中で最も治りにくいもののひとつです。 

 男性は女性の4〜5倍の頻度で発生し、年齢は50〜60歳代に多く、全体の60%以上はこの年代です。日本では、年間千数百人人程度に発症しています。大阪府では、40年前に比べると、男性では6倍に増えており、今後も増加が予想されておりますので、最も危険な癌です。 

 組織学的分類では、圧倒的に扁平上皮癌です。

 下咽頭癌の原因はわかっていませんが、喫煙や飲酒と関係があるといわれています。ヘビースモーカーや大酒飲みの方ほど下咽頭癌にかかりやすいとされます。ただ、下咽頭癌の発症に関してひとつ例外的なことは、下咽頭の中でも、輪状後部という部位にできる癌は、喫煙や飲酒に関係なく貧血(特に鉄欠乏性貧血)をもつ女性に多く発症するということです。ですから、貧血ぎみのご婦人は十分注意なさってください。

 下咽頭癌の3割以上に、食道癌が見つかります。これは食道癌の発生も下咽頭癌と同様に、飲酒や喫煙と深い関係があることが原因と考えられています。特にもともとは酒が弱い体質なのに、鍛えて酒が強くなった方に下咽頭と食道の重複癌が多いことわかってきています。

☆ 症状

 下咽頭癌はかなり大きくならないと症状が出ません。初期症状としては、飲み込むときにこすれるような、変な感じが一瞬して、「あれ?」と思います。しかし次の瞬間にはその症状は消えてしまうのです。それから数カ月、癌がかなり大きく育つまでなんら症状はなく、急にいろいろな症状がでてきます。 

 そのため、下咽頭癌のほとんどは、初診時にすでに進行癌の状態です。初期癌で見つかるのは、多くは胃カメラを飲むときに偶然見つかった、というのが圧倒的に多いのです。

 下咽頭癌は食道のすぐ上、喉頭のすぐ後にできます(図9)。

 そのため、最初はのどの違和感や異物感、ノドの痛みが続く、食べ物がつかえる感じがする、などといった症状が現れてきます。これらの症状はいずれも徐々に進行していき、よくなることはありません。さらには、飲み込む時に、強いノドの痛みが生じ、その痛みは耳の方へと走るようになります。また、進行すると喉頭に広がっていくので声が嗄すれてきて、さらには息の通り道が狭くなり、息苦しくなってきます。

  一方で、下咽頭癌は、頸部リンパ節に転移しやすく、他の咽頭癌と同じく、クビのグリグリに気づいて病院を訪れる場合も多いのです。

☆ 治療

 初期癌であれば、当科では、全身麻酔下に、口から太い内視鏡のようなものを入れて、レーザーで腫瘍そのものを肉眼的になくなるまで焼灼してしまいます。クビのリンパ節への転移が多いので、これを取ってしまう頸部郭清術を次いで行います。その後、2週間後くらいから、放射線治療を行います。 

 進行癌の治療の主体は手術で、喉頭および下咽頭の全部あるいは一部、クビの食道の全部あるいは一部を切除する咽頭・喉頭・頸部食道摘出術といわれる術式が行われます。食事の通り道もすべて切除してなくなる場合には、小腸の一部または腕の皮膚をはがして持ってきて、食物道を作ります(図10)。

声帯(喉頭)は全部切除して、気管口と呼ばれる呼吸するためのアナを頸部の前方に作ります。 

 声は全くでなくなり、気管孔が一生頸部に開いた状態で、身体障害者の3級となります。

☆ 治療成績  

 治る可能性は、I期で約90%、2期で90%、3期で50%、4期で40%弱です。早期癌と進行癌とではこれほど治る可能性が違いますので、早期発見が以下に大切かがおわかりいただけると思います。

5)喉頭癌

☆ どのような癌か  

 喉頭癌は年齢では60歳以上に多く、男女比は10:1で圧倒的に男性に多いという特徴があります。組織学的分類では、扁平上皮癌がほとんどです。 

 この声帯のある部分を声門といい、それより上を声門上、下を声門下と呼び同じ喉頭癌でも3つの部位に分類して扱われます。部位別にみると声門癌が65%%、声門上35%、声門下はマレです。同じ喉頭癌でも3つの部位によって初発症状、進行度と症状の変化、転移率、治療法、治りやすさまでいろいろと違ってきます。

☆ 症状

 癌の発生部位により最初の症状は異なります。 

 声門癌ではほぼすべての方に声がれがみられます。図11は声帯の高さでノドボトケを輪切りにした図です。

既に述べましたが、ノドボトケを形作る軟骨の中に、声帯という扉、ドアがあるわけで、この声帯に癌ができると、声帯そのものがプルプルと綺麗にふるえなくなり、声がかすれるわけです。一種独特のかすれ声で、ベテランの耳鼻咽喉科医なら、電話で聞いても診断がつきます。1ヶ月以上嗄声が続く場合は受診していただき、調べた方がよろしいでしょう。進行してくると痰に血がまざったり、呼吸が苦しくなってきます。口の中とノドの癌の中では唯一、頸部リンパ節転移が少ないのが特徴です。 

 声門上癌の早期の症状はノドの異物感や、食事の時の痛みで、声がれはありません。口腔咽頭癌と同じく、初期症状は少ないのです。また、口腔咽頭癌と同じで頸部リンパ節転移しやすく、転移によるリンパ節の腫れのみが、自覚症状であることもあります。癌が進行して声帯に拡がると声がかすれてきますし、さらに進行しますと声門癌と同様に呼吸が苦しくなってきます。

☆ 治療  

 早期癌では放射線が治療の中心となります。喉頭はそのままの形で残りますので、声も一番自然の声が残ります。ただし進行したボリュームのある癌や、その部位によっては効果に限界がありますので、当科ではレーザーで減量した後に照射しています。 

 進行癌では、手術が中心になりますが、多くは喉頭摘出術が行われます。声帯もなくなりますので、声はうしなわれます。

☆ 治療成績

 治る(死なない)可能性は、1期では90%以上、2期で85%、全体では70%です。これはすべての癌のなかでも非常に高い治療成績ですが、喉頭を保存できる可能性は必ずしも高くないのが実際です。 

(5)口の中とノドの癌の予防と早期発見

 今までお話ししましたことを元にして、、口の中とノドの癌の予防のためには、以下のことが必要となります。

 ☆ タバコはひかえましょう

 ☆ お酒は適度に

 ☆ 舌とか頬の粘膜が歯にこすれる場合は早めに歯科医に行って、歯を削ってもらいましょう

 一方、口の中とノドの癌の早期発見のためには、以下のことが必要となります。

 ☆ 月に一度はクビをよく触って、固い、痛くないグリグリはできていないか調べましょう

 ☆ 月に一度は口の中を鏡で見て、白いところはないかを調べましょう

 ☆ 年に一度は胃カメラを飲みましょうまた、以下の場合は、早めに受診しましょう。

 ☆ 口内炎がなかなか治らない時(口腔癌)

 ☆ 片一方の耳だけ詰まった感じがする時(上咽頭癌)

 ☆ 血の混じった汚い鼻汁がでる時(上咽頭癌)

 ☆ 飲み込むときに痛み、こすれる感じがある時(中咽頭癌、下咽頭癌)

 ☆ 声がかすれてきた時(喉頭癌、下咽頭癌)

 ☆ クビに固いグリグリが見つかった時(すべて)

 ☆ タンやツバに血が混ざった時(すべて)

 さらに、親族で口の中とノドの癌にかかった方がおられる場合は注意が必要です。

 この公開講座を聞いていただいた皆さんは、もう、頸やノドの癌は早期発見さえできればそれほど怖いものではないということがおわかりいただけたと思います。  今日の話を参考にしていただきて、もし少しでも「おかしい」と感じる症状があった場合は、迷わずできるだけ早く、癌のよくわかる医師の診断を受けていただければ、と思います。

文責:森 一功 教授
 

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