Home

社会的時差ぼけ(Social jet lag)”という用語がよく理解されぬままにネット上を一人歩きしているようなので以下にその病態を解説しました。近畿大学医学部解剖学教室のホームページに掲載しております総説、体内時計と現代社会の相克の一部に加筆したものです。

社会的時差ぼけ(ソーシャル・ジェットラグSocial jet lag)とは何か?

一般的な時差ぼけは、時差のある地域間をジェット旅客機を用いて急速に移動した際に生じる。体内時計の中枢が1日最大でも二時間程度しかシフトしないので、この時点で内因性の概日リズムと明暗サイクルの脱同期が生じる。我々は明暗周期の急激なシフトの後、視交叉上核で、もつとも安定な振動を作り出す部分が、一日最大二時間程度しかシフトできないためにどうしても、環境と概日リズムのずれが生じそれが時差ぼけを引き起こすことを明らかにしている(Nagano et al.,2003)。体内時計の本陣にあたる視交叉上核の概日リズムがなかなか動いてくれないことが時差ぼけの本質である。

ダイアグラム

自動的に生成された説明

しかし実は時差ぼけは海外にいかずとも日常的に生じているというのがミュンヘン大学のレンヌバーグ教授の主張である。体内時計が規定する活動適合位相と活動を要求される時刻が異なることは珍しいことではない。たとえば当直業務、シフトワーク、夜行バスの運行、このような職業では、体内時計が休息を指示しているのにそれに逆らって活動を行わなければならない。この病態をミュンヘン大学のレンヌバーグ教授らはSocial jet lag(社会的時差ぼけ)と名付けた(Wittmann et al.,2006)。体内時計が規定する活動時間帯に合わせないで、休息するべき時間帯に活動を行う状況である。これは環境のリズムと体内時計の概日リズムがずれているという点において時差ぼけと同様の病態である。(Juda et al.,2013)。つまり現代社会は、ジェット機に乗ること無しにジェットラグ(時差ぼけ)を生み出している。

昼光性動物においては、体内時計は昼には覚醒状態に夜間に睡眠をとるように仕向けている。よって体内時計の夜(主観的夜)は眠るための体内環境を提供するので眠くなる。また体内時計の昼(主観的昼)は、起きて活動するための体内環境を用意してくれる。よって眠るべき時間帯に活動すると当然のことながら無理を生じる。その例のひとつが2012年に関越道で起きた夜行ツアーバスの事故である。乗客7名が死亡したこの事故の原因は運転手の過労、居眠りであり、昼光性動物である人間は夜間には眠くなるという生理現象を、すなわち夜間に覚醒状態を保つことが難しいという自然の摂理を、無視した運行スケジュールにある。

夜行バスの運転は夜間に眠くなると言う人間の生理状態に逆らっており、必ず危険がある。危険性を最小限にするためには夜間のバス運行には複数の運転手を用意することが必要である。法令の改正で単独の運転士が夜間に運行できる距離が昼間より短くなったのは救いであった(厚生労働省ホームページ「高速乗合バス及び貸切バスの交替運転者の配置基準について」)。ようやく体内時計が眠りを誘うことが、夜には眠気が来るというあたりまえの事実が認識されたと考えている。夜間に完全に眠気をなくすことは難しい。技術的な進歩で運転中の居眠りの可能性が検出されても乗客がいればツアーバスを停めるわけにはいかない。複数の運転士が必要な理由である。

 

 

 

学校へ行けない子供たち、会社に行けない大人たち

朝、授業や勤務に間に合う時刻に起きることが非常に困難で起きられたとしても午前中は眠気が強く、頭が働かない、その一方夜は布団に入ってもなかなか眠ることができず、就眠時刻が3時を回るという子供たちや社会人がいる。こういった方は体内時計が後退して社会的に要請される活動時間と体内時計の活動時間がずれてしまっている可能性が高い。体内時計は夜なのに、活動を要請されるという点でこれも社会的時差ぼけをきたしている。学校や会社へ行かなくてはならないから交感神経系(一般に交感神経系は副腎髄質からのアドレナリン、ノルアドレナリンの分泌も含む。)を用いて血圧や心拍数を上げて起きることになる。しかしそれを繰り返しているとあるときに交感神経系が充分に働かなくなって、頭を上げることが困難になる。無理して起こしても意識レベルは低く、カラダを起こすと立ちくらみを起こす。慢性疲労症候群、副腎疲労症候群、起立性調節障害などの診断を受けている方の中のかなりの数、体内時計の問題を持つ方が含まれている。

 

社会的時差ぼけへの対策

スポットでの深夜勤の方

深夜勤の翌日は、睡眠システムの作用である補償作用が生じる。普段より長時間の睡眠を取ることによって睡眠の不足を補おうとする。翌日はゆったりと睡眠をとることである。また、深夜勤から数日間は、夜間のメラトニン分泌が低下していることが知られている。メラトニン受容体作動薬を摂取することによって、メラトニン不足の影響を最小限にすべきである。なお日本では薬剤として認められていないのでメラトニンを医師は投与できないし、市販されていない。よってメラトニン受容体のアゴニストであるラメルテオンをまず投与することになる。

 

時間帯が決まった夜勤が長期に続く方

 時間帯が決まった夜勤が長期に続く方、(たとえば20時から4時までの数週間以上続く勤務など)の場合は、時計をずらしてしまうほうがよい。私の外来にもこういった勤務形態でふらふらになったり、うつ状態になったりして受診される方がいる。こういった場合は時計をずらしてしまった方が良い。すなわち、午後、まだ日が残る夕刻に外にでて、明るい光を目に入れる。これを朝の光として体内時計中枢をだます。勤務が終わって外が明るくなっているようならサングラスなどをかけてできるだけ明るい光を目に入れないようにして帰宅する。そののちしっかり暗くして眠る。眠りにくければメラトニン受容体作動薬などの睡眠誘導薬を用いて寝ていただく。

 

朝起きられなくて学校、会社に行きにくくなっている方

起きたら(自然に目覚めたら、でよい。体内時計の朝に光を目に入れることが重要なので、無理に起きる必要は無い。12時まで寝て目が覚めたら外にでる、でもよい。)できるだけ早く戸外に出て明るい光を目に入れる(直接太陽を見ないこと。日陰にいて明るい日の当たるところを見るだけでよい。)。戸外で15分ぐらい過ごすことで体内時計を前進させる。またメラトニン受容体作動薬を用いて睡眠の時刻を早めると同時に、体内時計を前進させる。できるだけ体内時計を前進させることが重要である。一方、極端な夜型で体内時計を社会的要請に合わせることが難しい体質の方もいる。これは睡眠相後退症候群と呼ばれる病態である。こういった方は、睡眠を薬剤で誘導してその時刻を早めてもやはり午前中の倦怠感から抜けきることが難しい。よって、その人にあった時間帯で仕事ができるようになることが理想的である。通信講座やテレワーク、フレックスタイム制を利用できれば問題が軽減することが多い。

 

以上社会的時差ぼけの機序と対策について述べました。もちろん薬剤の適切な処方や生活リズムの微調整などは専門家にしかできないものです。なかなか治らない場合は体内時計や睡眠のメカニズムについて通暁した医師を受診されることをお薦めします。

また体内時計についての多数の記事を教室HPに掲載しておりますのでご参照ください。https://www.med.kindai.ac.jp/anato2/ 

重吉

 

文献

Nagano M, Adachi A, Nakahama K, Nakamura T, Tamada M, Meyer-Bernstein E, Sehgal A, Shigeyoshi Y. An abrupt shift in the day/night cycle causes desynchrony in the mammalian circadian center. J Neurosci. 2003 Jul 9;23(14):6141-51.

 

Wittmann M, Dinich J, Merrow M, Roenneberg T. Social jetlag: misalignment of biological and social time. Chronobiol Int. 2006;23(1-2):497-509.

 

 Juda M, Vetter C, Roenneberg T. Chronotype modulates sleep duration, sleep quality, and social jet lag in shift-workers. J Biol Rhythms. 2013 Apr;28(2):141-51. doi: 10.1177/0748730412475042.