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機能的脳神経外科疾患

てんかん

てんかん

 てんかんは脳の病気です。脳が異常に興奮することで発作がおきます。脳がある動物であれば哺乳類でも爬虫類でも両生類でも魚類でもてんかんはおこります。当然、人間でも大人でも子供でも老人でも起こります。てんかんの原因はさまざま(うまれつきてんかんを起こしやすい人、脳の奇形、脳の炎症が起きた人、脳にできものができた人、脳卒中や外傷で脳に傷ができてしまった人、認知症などの神経の老化など)で、発作症状もさまざま(脳が関係する機能はすべて出る可能性があります)です。てんかんを持つ人の割合は100人に1人といわれており非常に身近な病気です。

脳の機能とてんかんについて

 脳は非常に多くの機能を持っています。触る、見る、においを感じる、音を聞く、味を感じる、喜ぶ、怒る、哀しむ、楽しむ、恐怖を感じる、手を動かす、歩く、ご飯をたべる、話す、覚える、思い出す、考える、バランスをとる、心臓や腸などの運動を調整するなど上げだしたらきりがありません。てんかんでは脳細胞が異常に興奮することで脳細胞の興奮した場所の症状が出現します。発作中に他の部位に異常な興奮が伝わり症状が変化していくことも多いです。特に運動野が巻き込まれる発作では口から始まった発作が顔面、手、足と脳の局在(左図)に沿って広がっていきます(ジャクソンマーチといいます)。そのため、発作が起きたときの最初の症状を知ることで脳のどこに異常があるか推測が可能です。そして、異常がある場所や発作の原因を推測しながら脳波検査や画像検査を行いてんかんの診断ならびにてんかんの源(てんかん焦点)の精査を行います。最初の症状や発作の広がりを把握することがてんかんの診断には非常に重要ですので発作時の脳波とビデオを撮影する持続ビデオ脳波検査を行います。

一次運動野・一次感覚野における機能分布

20世紀中頃に脳神経外科医ペンフィールド博士が明らかにした体の各部位と大脳の相関図
この図の身体がかかれている部位が異常信号に巻き込まれるとその部位に応じた症状が出現する。」

脳機能の簡単に理解するためには前後の軸、左右の軸、上下の軸、内外の軸を意識するとわかりやすい。

前後の軸は中心溝(上の図赤矢印)で脳の機能は大まかに入力系と出力系に分けられている。入力系では触る(一次感覚野)、見る(一次視覚野)、音を聞く(一次聴覚野)といった感覚に関する処理を行い、出力系では入力された情報をもとに考え(外側前頭前野)、行動を起こす(運動前野から一時運動野へ)。考える前に音や視覚情報で体が考えるより前に反応することがある(蛇を見て鳥肌がたつ、梅干をみてよだれが出るなど)が、これは前頭葉に情報が伝わる前に扁桃体などの内側軸に属する部位が活動していると考えられる。」

 診断がついたら治療を行います。てんかんの治療は薬物治療が中心です。最近、新しい薬がどんどん使えるようになっているため内服薬の選択肢はたくさんあります。
 しかし、いくつかの薬物を試しても、たくさん薬を飲んでも発作がとまらないてんかんがあります。これは難治性てんかんと呼ばれています(正確には内服薬で発作頻度が低下し発作症状も軽度で日常生活に困らない程度であれば薬剤抵抗性てんかんではありますが難治性てんかんではありません。)。難治性てんかんのなかには手術で発作をなくすことができるてんかんや発作の強さや発作回数を減らすことができるてんかんが含まれています(てんかんの外科治療について)。

 てんかんの外科治療には発作の源を物理的にとってしまうことで発作をなくすことを目的とした根治手術と発作の症状を和らげ、発作頻度を減らすことを目的とした緩和手術があります。すべての患者さんに手術の適応があるわけではないので気軽にご相談ください。
 また、就学や就職、結婚、出産などのライフイベントや運転などのライフサイクルの充実のために内服薬を減量したい、発作をなくしたいという思いがありてんかんの手術を希望する方もおられますので気軽にご相談ください。

難治性てんかんと手術

 てんかんを持つ人の割合は100人に1人といわれており、このうち難治性てんかんは20%程度と考えられています。難治性てんかんのうち手術により症状の改善が期待できる症例は10-20%程度といわれています。特に頭部MRI検査などの画像検査で海馬硬化症や器質的変化を認める症例は治療成績が良いことが知られています。日本の人口から単純計算すると120万人のてんかん患者がいて、難治性てんかん患者は24万人いることになります。そして、手術により発作が消失ないしは減少する、小さな発作になる症例は2万4000人から4万8000人いると考えられます。しかし、現在日本全国でてんかんに対して外科治療が行われている症例は年間500-700人程度でありすべての難治性てんかんで苦しんでおられる方が外科治療の恩恵に預かれているわけではないというのが日本の現状です。

てんかんの外科治療について

 発作出現から抗てんかん薬による単剤あるいは多剤による内科的治療を行っても一定期間(1年以上もしくは治療前の発作間隔の3倍以上の期間)発作が十分に抑制されないときに外科的治療が考慮されます。外科治療の目的は手術で発作が消失ないしは減少することで日常生活を豊かにし、社会的活動(就学や就労、運転など)を行えるようにすることです。そのため、手術により麻痺が出現したり、話せなくなったり、社会生活が送れなくなるような症状を出す可能性がある場合は手術治療の適応はありません。脳腫瘍や外傷、形成異常などてんかん発作の源(てんかん焦点)が症状を出さない部位にあり、その部位がMRI検査やPET検査、MEG検査などで明らかな場合や小児例においてはより早期に治療を行うことが勧められています。これは、発作出現後難治にてんかんが経過するとてんかんに巻き込まれている部位が新しく発作の源となり(二次性焦点の形成)手術の効果が悪くなることが知られているからです。

乳幼児・小児例におけるてんかん手術

 乳幼児・小児例では繰り返されるてんかん発作により脳の成長が妨げられたり、運動障害や知能障害が進行したり(精神運動発達遅滞・退行)、さらに大量の抗てんかん薬により、発達、学習や心理社会的側面での障害が多くなることから難治てんかんが人生に与える影響は計り知れません。そのため、手術を早期に行うことで手術の最大限の恩恵が得られます。また、小児症例では外科治療後に発作が消失すると精神運動発達が改善することが知られ、神経が成長していく段階であるため手術で障害が出現したとしても術後に生じた運動障害や言語障害が改善することが期待できることも早期の治療が推奨される理由となっています。

手術治療が有効なてんかん

 内側側頭葉てんかん、器質病変を有する新皮質てんかん、器質病変を有さない新皮質てんかん(皮質形成異常、脳腫瘍、脳萎縮や瘢痕脳回、多小脳回)片側脳形成不全(片側巨脳症)、スタージウェーバー症候群、ラスムッセン脳炎、結節性硬化症や転倒発作を有する強直発作や脱力発作、強直間代発作などにより重大な外傷や事故を生じる可能性があるてんかんに有効です。

外科治療が可能と考えられるてんかんと治療効果

 内側側頭葉てんかんでは70-80%の人は発作が完全消失します。残りの大半の人は発作が減少します。器質病変を有する新皮質てんかんは約60%程度の人で発作を止めることが期待できます。器質病変を認めない新皮質てんかんの人は焦点診断が容易ではなく術後の発作消失率は50%程度もしくはそれ以下です。焦点診断の精度を上げるために新しい画像診断技術や解析方法の研究開発が必要であり、そのような技術が出現したら治療成績も上昇すると考えられます。半球性の広範な病変を有する新皮質てんかんは手術による脳への損傷も大きいですが、この手術の適応となる片側巨脳症では薬物は無効であり、てんかん発作を治療せずに経過観察をおこなうと、てんかん発作に正常な脳も巻き込まれ、発達が障害されるため寝たきりの最重度の重症心身障害児となってしまいます。そのため、できる限り早期の半球離断術が推奨されます。80%程度で発作が消失し、残りの大半の人も発作が90%以上減少すると報告されています。

てんかん手術の種類

 てんかんの手術は外科治療の目的により「根治手術」と「緩和手術」に分けられます。「根治手術」はてんかんの源(てんかん焦点といいます)となっている脳をとることで発作を消失させる「切除手術」とてんかんの源を他の脳から切り離す「大脳半球離断術」があります。「緩和手術」はてんかん発作の強度や頻度の抑制を目的とした手術であり、左右の脳をつないでいる大きな線維の束である脳梁という部位を切断する「脳梁離断術」や迷走神経と呼ばれる頸部の神経を刺激する「迷走神経刺激術」、てんかんの源の部位に切れ目を入れる「軟膜下多切術」があります。

根治手術

切除手術
病変切除術

脳腫瘍などてんかん原性領域が明らかな場合に行います。限局性皮質形成異常では病変自体がてんかん原性を有しているためMRI上明らかな異常所見がみられる限局性皮質形成異常では、病変を切除することで発作は抑制できます。

「限局性皮質形成異常 TypeⅡbの症例
右島回にマントルサイン(黄矢印)を伴う皮質形成異常がみられました(黄丸内の白い部分)。

皮質切除術

 頭蓋内脳波検査などで病変の周辺皮質にもてんかん原性領域が及ぶ場合に行います。限局性皮質形成異常以外の病変での焦点はそれ自体ではなく病変の周囲に存在しているため周囲の皮質を含めて切除を行うことで発作抑制が期待できます。

頭部外傷による脳挫傷(黄矢印)により難治性てんかんを呈していました。

同症例に対してPET検査を施行したところ、病変周囲の糖代謝が低下していた(赤矢印)。
反対側の同じ部位と比較して色がついていません。

前側頭葉切除術・選択的海馬切除術

 成人てんかんで最も良い手術適応である内側側頭葉てんかん(海馬硬化症や扁桃体腫大)や外側側頭葉てんかんで行います。どちらも発作抑制効果は非常に高いです。発作は、ぼーっとして一点を凝視し口をもぐもぐさせる発作を呈することが多いです。また、手をもぞもぞする症状も有名です。呼びかけても反応がなく、発作が終わっても発作が起きているときの記憶がないことが多く、意識もうろう状態が数十分継続することもあります。海馬硬化症のように海馬がてんかん原性領域となっている場合選択的海馬切除術が行われます。海馬は記憶の中枢ですが海馬硬化に至った場合は記憶の中枢としての機能は低下しています。

左上図)円の内側に扁桃体並びに海馬萎縮がみられます。海馬硬化症といわれる病態です。
側頭葉内側てんかんを疑う臨床症状があり、日常生活に困っているときに手術を行います。
右上図)選択的海馬扁桃体切除術の術後写真です。海馬と扁桃体の萎縮した部位が切除されています。

大脳半球離断術

 一側の大脳半球に広範囲のてんかん原性領域を持ち患側脳の運動機能および言語機能が廃絶しそれらの機能を健側半球が担っている、もしくは今後担う可能性がある場合に適応となります。片側巨脳症やスタージウェーバー症候群ラスムッセン脳症などが適応となります。患側の脳を健側の脳との繋がりを断ち切ることで患側脳からの異常波が健側脳に伝わることを防ぐ手術です。てんかん原性域が片側大脳半球にあるときは良好な発作抑制が得られます。

上図)垂直法の手術の概要図です。
脳梁離断に加えて内包線維を離断するために視床外側縁を離断していきます。

緩和手術

脳梁離断術

 転倒発作を有する強直発作や脱力発作、強直間代発作などにより重大な外傷や事故を生じる可能性があるてんかんに対して行います。両側の大脳半球が同時ないしはほぼ同時に異常放電に巻き込まれることで全身が強直したり、全身から突然力が抜けてしまい崩れ落ちる発作が生じるため、左右大脳半球をつなぐ最大の繊維(交連繊維)を切断し左右の脳が同時に発作に巻き込まれないようにします。脳梁離断による転倒発作に対する手術効果は非常に高く、転倒発作は90%程度の症例で消失ないしは片方の足で踏ん張れたり、転倒するまでの時間が長くなるなど症状が減弱します。発作が残存した症例においても発作形が変化し発作が左や右半身のみに限局し、発作焦点が明らかになることも経験します。そのため、焦点切除術を追加することで発作の消失を目指すことができる症例もあります。また、中にはこの手術だけで発作がなくなってしまう症例も経験することがあります。大きな繊維をきるため離断症状と呼ばれる合併症が出現することがあります。無道無言症や他人の手徴候などがみられます。この症状は小児症例では出現することは少ないといわれています。しかし、15歳以上で脳梁を一回の手術で切断してしまうとこの症状が出現することが多いため二回にわけて手術を行います。この手術を行うことで、術後の神経活動や運動機能が改善することもしばしば経験します。これはてんかん発作に脳全体が巻き込まれ、本来の機能を果たせていなかったが、脳梁離断を行うことで異常信号が片方の脳に限局し健側の脳が本来の機能を取り戻しているのではないかと考えています。

脳梁離断術前後 脳梁(赤矢印部)が離断されている。

迷走神経切除術

 頸部の迷走神経といわれる神経に刺激電極を巻き付け前胸部に刺激装置を留置し間欠的に迷走神経を刺激することで大脳皮質の抑制機能を高めてんかん発作の強度や頻度を抑制する緩和的外科治療です。欧米では1990年代に承認され日本では2010年10月より保険適応となりました。効果としては2年程度で50%の患者様で50%程度の発作抑制効果が見込めるといわれています。迷走神経刺激術は外科治療が困難であった難治性てんかんの方に対して薬剤以外の新しい治療として普及してきています。切除手術や離断術と比較して侵襲が少ないため様々なてんかん発作に使用されています、中にはこの治療で脳波が正常化し発作が消失した症例も経験しております。現在心拍同期性の刺激装置が日本で使用できるようになっています。これはてんかん発作が出現し胸がどきどきした(心拍が上昇した)際に迷走神経を刺激し発作に至る前に抑制することを目的としています。体の中に埋め込んだ刺激装置が判断して刺激してくれるため今まで以上の発作抑制が期待できるのではないかと期待しています。

上左図)刺激装置と電極 上右図)術後の創の状態
手術時間は2-3時間程度で創部もわからない程度まできれいに治ります。

軟膜下多切術

 てんかん原性領域が言語に関連する部位であったり感覚に関連する領域であったりと切除すると麻痺や言葉が話せなくなるなどの症状を生じる部位にある場合に行います。これはてんかん原性領域の皮質に何カ所も切開を入れることでできる限り発作を抑制することが目的となります。あくまで、緩和治療であるためできることならば焦点切除術ができる症例では焦点切除術を行うことが大事です。

その他

頭蓋内電極留置術

 根治手術を行う前に頭の中に電極を留置しててんかん発作の焦点をより正確に評価します。頭蓋内電極を用いた長時間ビデオ脳波モニタリング検査(2週間程度)を行うための手術です。治療のために行う手術ではなく、あくまで検査のための手術になります。術前検査で焦点がはっきりしなかった時に行いますこの手術により焦点を決定し、電極抜去と同時に焦点切除を行います。頭蓋内電極を用いた長時間ビデオ脳波モニタリング検査を行っても検査中に発作が出現しなければ、焦点切除は困難であるため、検査の延長(4週間程度、延長すればするほど感染のリスクが上がります。)や、電極抜去時に予定していた焦点切除術を中止することがあります。

電極留置時の術中画像と術後の電極(ピンク)、一次運動野(青紫)、島回(水色)、皮質形成異常部(黄)の位置関係

(上左)前頭葉底面部から側頭葉へと伝搬する発作、(上右)前頭葉外側部から前頭葉後方と側頭葉へと伝搬する発作
両側前頭部髄膜腫術後の瘢痕性脳回による難治てんかんに対して頭蓋内電極留置を用いた持続脳波モニタリング検査を行いました。検査中に2種類の発作の伝搬形式が認められたため焦点切除術に加えて離断術を追加しました。

手術方法の決定

 どの手術を選択するかを決定するためにいろいろな検査が必要となります。当院では、てんかん焦点を決定するためにMRI検査、PET検査、脳波検査、発作時ビデオ脳波モニタリング検査、MEG検査を行っています。MEG検査においては当院に検査機器がないため大阪市立大学で検査を施行して頂いております。手術に際して脳機能を守るために術前にWADA testやfMRI検査を行います。手術前後の脳の機能的障害の状況を把握するために神経心理検査(WAIS-Ⅲ・WMS-R・SLTA・FABなど)を行います。また、これらの検査を用いてカンファレンスで治療方針を決定します。
てんかん焦点を正確に決定し、実際にその部位を切除することで発作が抑制できるかどうかを評価するために頭蓋内電極留置術を行って2週間程度脳波検査を行います。また、術後、話したり麻痺症状が出ないために焦点をとっても問題ないかを検査するために脳機能マッピングを行うこともあります。

 てんかん手術はあくまで難治性てんかんの方がよりよい人生を歩むために行う治療ですので、麻痺や高次機能障害を残さないことが前提になります。そのため、手術前や手術中に多くの検査が必要となりますし、何度も条件を変えて撮影することで初めて病変が検出可能となることもあるため同じ検査を繰り返すことがあります。別の画像や脳波検査の結果、てんかん症状をもとにして焦点と考えられる場所の画像を何度も何度も繰り返し見て初めて病変に気付くこともあります。逆に画像から推測して今までてんかんと考えていなかった小さな発作(前兆や部分発作)が見つかることもあります。そのため、診断や治療方針を決定するまでかなりの時間を要することがあります。さらに手術治療を行うことが決定しても脳機能を守るため、焦点をより正確に最小の切除範囲で最大限の効果を得るために様々な検査が必要であることをご了承ください。

メッセージ

 患者様から正確な情報を得ることができなければ正確な診断は困難ですので、診察時にはなるべく正確な情報を教えて頂けるとよりよいてんかん診療が可能となります。また、発作時のビデオ(携帯で構いません)を見せていただくと発作の部位診断やてんかん型の把握、心因性発作(ストレスによりてんかんのような症状を呈する。内服薬の必要ないてんかん発作と言われます。)に対する鑑別に非常に有用です。疾患のような症状があって、脳波上も明らかな異常がなかったとしても適切な内服薬を使用することで症状が改善してんかんと診断できることもあります。このように、診断治療は、立ち止まり、振り返り、本人や家族、他科の先生と相談し、治療を進めていきます。当院ではてんかん外科医としててんかん専門医3名が診療にあたっています。てんかん治療は内科的治療が中心ではありますが就学や就職、結婚、出産などのライフイベントや運転などのライフサイクルの充実のために内服薬を減量したい、発作をなくしたいと手術という選択肢を選ばれた際には最大限の治療を提供させていただきますので、気軽にご相談ください。

報道関係者の方へ(コメント可能な医師)

専門の担当医師
准教授 中野 直樹