歩けない、動かないと、様々な機能が低下する
人工膝関節は全身的な健康維持に貢献
膝の痛みは加齢によって生じるもので、ある程度仕方がない…とはいえ、痛みを我慢していても何もいいことはないのです。今の状態を正しく認識して、どういう手立てをとればいいのか、ご自身が考えて選択しなくてはいけません。
人工膝関節は「お年寄りが自立して生活するのためのものでもある」と話す赤木將男先生に伺いました。
01 膝の痛みや不具合の原因は?

Q1. 加齢、O脚、太り過ぎ、原因はいろいろ

O脚の人は膝を傷めやすい
O脚の人は膝を傷めやすい
ケガや関節リウマチなどの疾患で膝関節が変形し、具合が悪くなっているのでなければ、膝の痛みは、加齢によって膝関節の軟骨がすり減っていくために起こります。時に、もともとO脚気味であるなど、膝を傷めやすい骨の形の人が年を重ねるにつれて発症することもあります。太り過ぎも膝に負担がかかります。減量することで痛みが楽になる場合もありますが、やせていても膝が悪い人もいます。
軟骨には神経がありませんが、すり減る際に破片や屑が生じ、それが刺激となって炎症を起こし(滑膜炎)、膝が腫れて水がたまったり、壊れた半月板が骨と骨の間に挟まったりして痛みが生じます。

Q2. 症状は良くなったり、悪くなったり

正常な膝(左)と軟骨がなくなった膝(右)
正常な膝(左)と軟骨がなくなった膝(右)
変形性膝関節症は、関節の痛みや腫れ、関節内の不快な音、こわばり感、引っかかる感じがするなどの症状が特徴で、動きはじめに痛みが出るけれど、動いているとスムーズになるのがふつうです。冷えると痛みが出るけれど運動すると温まって楽になります。でも、痛みを我慢しているうちに、だんだん動ける範囲が狭くなってきます。
ある時期、膝が腫れて水がたまっても、軟骨のざらざらが削れると痛みが取れ、腫れも取れて水も引くなど、症状は良くなったり悪くなったりを繰り返します。湿布を貼って、ヒアルロン酸の注射をして、痛み止めの薬を飲んで、そうやって痛み抑えながら5 年10 年、何とか保っている人もたくさんいます。
いよいよ軟骨がなくなってくると、軟骨の下にある骨が傷んできます。骨にも自然の修復能力がありますが、その能力を超えてストレスがかかると骨は壊れます.動くたびに痛くてたまらなくなるのです。軟骨がなくなり、つまり、骨が摩耗し陥没を繰り返しながら、関節は少しずつ壊れていきます。関節の荷重面が下がって、膝が曲がってしまいます。それが内側にだけ起こる(片減り)と、さらにO脚がひどくなります。特に骨が弱い骨粗しょう症の人は、骨の傷みがどんどん進み関節は変形していきます。
この段階になると手術を決意される方が多いですね。
02 人工膝関節置換術について教えてください

Q1. 軟部組織を傷つけない丁寧な手術

全置換術(TKA)と部分置換(UKA)
全置換術(TKA)と部分置換(UKA)
我慢できない痛みを緩和し、膝の曲げ伸ばしが自由にできるようにするのが人工膝関節置換術です。傷んだ関節の骨の表面を削り、似た形状の人工のものに入れ替えます。膝の上下、大腿骨と脛骨にインプラントを、その間にポリエチレン製の人工軟骨を入れます。これは、悪い部分を削って詰め物をしたりかぶせたりする、虫歯の治療に似ていると、患者さんには説明をしています。
人工膝関節置換術には、関節面の全てを人工のものに取り換える全置換術(TKA)と、一部分だけを人工のものにする部分置換(UKA)とがあります。理論的にも、一部分だけ、主に関節の内側だけを削って人工のものにし、靭帯などの組織は残す方法のほうが、術後の成績、回復の度合いなどもいいことが分かっています。膝の安定度もいいので、スポーツをしたい人には、部分置換を勧めます。しかし、関節の内側も外側も悪くなっていて靭帯も切れてしまってからでは、全置換にせざるを得ません。変形が進まないうちに手術をするほうが切除する量も少ないし、手術時間も早くて回復も早いのは間違いありません。あまり状態が悪くなる前に、相談してください。

Q2. 手術はあくまでも本人の希望

赤木教授 近年、人工膝関節の成績や人工関節に対する認識度が高くなってきました。痛みが取れてきれいに歩けるようになった人を見て、良さが口コミで伝わることが多いですね。昔に比べるとずいぶん浸透してきました。60 歳以上の人に行うというのが一つの基準になっていますが、それは人工関節の耐用年数が20 年くらいということからです。当院で手術を受ける方の平均年齢は74 歳、海外では60 歳くらいで、日本は遅めです。
人工膝関節置換術を受けるかどうかは、あくまでも患者さん本人の希望と意志。痛みがひどくて膝の曲げ伸ばしができない、いかに生活に困っているかがポイントになります。レントゲンの画像ではそれほど変形していないと思われても、山登りやテニスがしたい、旅行に行きたいからと強く希望する人もいます。人によって膝に対する要求度が違いますから、本人の決意が一番です。
ただ、手術に耐えられないような内科的な疾患をもっている場合、手術は受けられません。肝臓が悪く手術をしたら出血が止まらないだろうと思われる場合などがそれに当たりますが、そういうケースはごく稀です。たとえ骨粗しょう症の人でも、適切なインプラントを選択すれば大丈夫。
術前の検査をして、何か問題があればそれを治療してからにするなど、患者さんにとって都合のいい手術日程を選びます。

Q3. 事前計画の通りに手術

赤木教授 手術の日程が決まったら、医師は患者さんそれぞれの手順計画をたてます。CTをとりそのデータを用いて、例えばO脚に変形している骨に対してどういう風にどういう角度で切ったらいいか、内側と外側でどのくらいの厚みの骨を切れば真っすぐに入るかなどを細かく計算します。骨の変形の度合いは人によって違いますから、それを基準に合わせ込んで、人工膝関節が最もうまく機能してくれるような手術方法の準備をします。そして、その計画通りに手術を行います。 手術時間は1時間半から2時間程度。患者さんにとって術後の痛みが少なく、早くリハビリテーションができるような丁寧な手術を心がけています。
人工膝関節置換術は骨の手術というより、骨に至るまでの皮膚、筋肉、関節、靭帯などの軟部組織をできるだけ傷つけないように、無理に引っ張らないようにやさしく丁寧に扱うのが基本です。手術は、人工膝関節置換術に慣れた施設で、正しいトレーニングを受けている医師のいるところで受けることを勧めます。

Q4. 正しい位置にインプラントを入れるための「赤木ライン」

赤木ライン
脛骨の前後軸
「赤木ライン」と呼ばれており、
正確に膝の前後方向を決定出来る.
私は研究の結果、正しい位置にインプラントを設置するための基準となる参照軸(脛骨の前後軸)を見つけました。10年以上も前の話ですが、イタリアのドクターが、その軸を「赤木ライン」と名付けて世界に広めてくれました。
赤木ラインに対して真っすぐにインプラントを入れれば大きく間違うことはないという、インプラントの前後方向を決める原則です。基本的な参照軸として有用で、私自身もずっとそれを基本に手術を行ってきました。今では、世界的に使われるようになりました。この参照軸に沿って手術を行うことで術者間のばらつきも少なくなるだろうと思っています。
03 入院後のリハビリについて教えてください。

Q1. 特殊なリハビリは必要ない

リハビリテーション部 入院はおおよそ2週間。手術後にベッド上でじっとしていると、いろいろな合併症の問題が生じます。重大なのが、肺塞栓症、いわゆるエコノミークラス症候群です。それを防ぐためにも、手術の翌日から車いすでトイレに行き、午後からはリハビリを開始、歩く訓練をします。リハビリの先生方が積極的に運動を指導してくれます. 手術は少し大きなケガをしたと考えてください。入院中の2週間で歩けるようになりますが、ケガが治れば動けるようになります。手術前にできていたことは、もっと楽にできるようになるでしょう。
ベッドサイドに腰を掛けるだけでも膝は曲がります。繰り返しているうちに、自然に腫れが引いて膝が曲がるようになります。大変なリハビリを乗り越えて努力しないと歩けるようにならない、なんていうことはありません。
リハビリテーション部
リハビリテーション部
しかし、変形が強く膝が拘縮を起こしていて、伸びない、曲がらない状態だった人は、曲げ伸ばしの訓練に時間がかかります。手術前に歩行能力が残っていることが、人工膝関節置換術を成功させるのにはとても重要なのです。どうせ手術を受けるのなら、膝の状態があまり悪くならないうちに受けてもらった方が医師も楽、患者さんも楽、手術も安全にできると言えます。あまり長く放置しない、我慢しすぎないのも大切です。

Q2. 日常の生活がリハビリになる

赤木教授 退院する時には、杖をついて歩いて帰ります。大ケガをした後ですから、しばらくは慎重に転ばないようにしてください。退院後、2週間で受診してもらいますが、その時に杖をついてくる患者さんは半分くらいです。診察をして、問題がなければ、「何でもやってください」「どんどん歩いてください」「どんどん使ってください」と指導します。正座はできませんが、基本的にしてはいけない動きはありません。
もしまだ膝が硬めだった場合には、風呂に入って温めてストレッチを続けるように指導しています。そのあとは3か月、6か月、1年毎の定期検診を必ず受けること。普通の生活をしていく中で、リハビリができていることになります。