研究内容
アミノ酸取り込みを標的としたがん治療
がんは、遺伝子変異などによって制御を失った細胞が、過剰に増殖することで生じる疾患です。がん細胞は多くの栄養素を必要とし、正常細胞とは異なる代謝の特徴を示します。そのため、がん細胞がどのように栄養素を取り込み、利用しているのかを理解することは、新しい治療法や診断法の開発につながる重要な研究課題です。アミノ酸トランスポーターLAT1(L-type amino acid transporter 1、SLC7A5)は、細胞外から必須アミノ酸を取り込む膜輸送体です。必須アミノ酸は、タンパク質合成や細胞増殖に不可欠であり、旺盛に増殖するがん細胞ではその需要が高まっています。LAT1は、正常組織での発現が比較的限られている一方、多くの固形がんや血液がんで高発現することが報告されており、がん特異性の高い創薬標的分子として注目されています。LAT1を標的とする治療薬としては、代表的なLAT1阻害薬であるJPH203(ナンブランラト)の開発が進められています。標準治療後に進行した切除不能・再発胆道がんを対象とした国内第II相臨床試験では、JPH203の単剤投与により無増悪生存期間が有意に延長することが示されました。また、PETやSPECTなどの画像診断用プローブ、さらにはホウ素中性子捕捉療法(BNCT)やα線内用療法など、次世代の診断・治療技術への応用に向けて、さまざまなLAT1選択的化合物の研究も盛んに進められています。(図1)

図1 がん細胞型アミノ酸トランスポーターLAT1を標的にした治療と診断の可能性
当教室教授の大垣はこれまで、LAT1とがん病態との関係を明らかにし、治療・診断標的として確立することを目指して、LAT1の機能と構造、ならびにLAT1阻害薬の薬理作用の解明に取り組んできました。「がん細胞への必須アミノ酸の取り込みを遮断する」というLAT1阻害薬の作用は、一見すると単純に思われるかもしれません。しかし実際には、LAT1の阻害は、mTORC1経路などの細胞内シグナルネットワークに変化をもたらし、タンパク質合成やミトコンドリアにおけるATP産生、細胞周期の進行など、がん細胞の増殖に必要な複数の細胞機能に影響を与えることが分かってきました。つまりLAT1は、単に栄養素としてのアミノ酸を運ぶだけでなく、がん細胞の増殖や生存を支える重要な制御基盤の一部を担っているのです。さらに、LAT1は腫瘍細胞だけでなく、腫瘍組織を構成する血管内皮細胞にも発現することが明らかになりました。腫瘍の成長には、酸素や栄養を供給する新しい血管の形成が必要です。LAT1を阻害すると、腫瘍内の異常な血管新生が抑制されます。このことから、LAT1阻害薬は、腫瘍細胞に直接作用して増殖を抑えるだけでなく、腫瘍を支える微小環境にも作用する、ユニークな作用機序をもつ抗がん薬となる可能性があります。(図2)

図2 がん細胞と腫瘍血管内皮細胞を標的とするLAT1阻害薬のユニークな抗腫瘍効果
LAT1を標的とすることで、従来の治療に抵抗性を示す難治性がんに対しても、新たな治療選択肢を提供できる可能性があります。一方で、その実現のためには、LAT1が正常組織で本来どのような役割を担っているのか、また、がんの病態においてどのような仕組みで発現が高まるのかを、さらに理解していく必要があります。どの患者さんにLAT1標的治療が有効であるかを予測する薬効バイオマーカーや、既存治療薬との有効な併用法の探索も、臨床開発に向けた重要な課題として残されています。タンパク質立体構造に基づくLAT1阻害薬のさらなる構造最適化により、薬理作用の持続性や選択性を高めていくことも、引き続き重要なテーマです。私たちは、共同研究を含めた多角的なアプローチにより、これらの課題の解決に挑み、新たながん治療法の実現に貢献することを目指しています。