研究内容
新規治療・診断薬の開発に向けた膜輸送研究
細胞が生存し、その機能を発揮するためには、イオンやアミノ酸などの必要な物質を取り込み、代謝物などの不要な物質を排出することが不可欠です。しかし、これらの生体内物質の多く、特に親水性分子は、生体膜を構成するリン脂質二重層を単純拡散によって効率よく通過することができません。そのため、膜輸送体(トランスポーター)と呼ばれる膜タンパク質群が、物質の選択的な膜透過を担っています。トランスポーターの生理機能の重要性は、中枢神経疾患、腎疾患、代謝疾患などの原因として、多数の遺伝子変異が報告されていることからも明らかです。また、トランスポーターは、抗うつ薬、糖尿病治療薬、利尿薬、高尿酸血症治療薬などの分子標的として、生体内物質分布の異常を伴う病態を直接是正する薬物療法にも貢献しています。なかでもSLC(Solute carrier)トランスポーターは、イオン、栄養素、代謝物、薬物など多様な低分子化合物の膜輸送を担う主要なトランスポーターファミリーを形成しています。
しかし、SLCトランスポーターを標的とする医薬品の開発は、必ずしも十分に進んでいるとはいえません。ヒトには400種類以上のSLCトランスポーターが存在することが知られています。その分子同定は、ヒトゲノムプロジェクトが完了した2003年頃をピークに大きく進展し、2010年頃までには大部分のトランスポーター遺伝子が明らかになりました。しかし現在、FDA承認薬の直接の標的となっているものは、そのうち15種類程度、全体の数%にとどまっています。SLCトランスポーター創薬が進みにくい理由の一つは、個々のトランスポーターについて、生体内で実際に輸送している基質や、疾患との関連がまだ十分に明らかになっていないことです。多くのSLCトランスポーターは、生理的役割や病態における意義が未解明であり、治療・診断標的としての潜在的価値を十分に活用できていないのが現状です。(図1)

図1 創薬標的としてのSLCトランスポーター
私たちの研究室では、SLCトランスポーターの機能解明を通じて、生体内の物質輸送システムに関する基礎的理解を深めるとともに、その知見を新たな創薬・診断技術の開発へとつなげることで、この課題の克服に貢献したいと考えています。遺伝子発現データベースの解析、疾患モデルに対するシングルセル解析、メタボローム解析などを組み合わせることで、疾患に関連するSLCトランスポーターや代謝変動を明らかにします。さらに、輸送機能解析や遺伝子改変技術を用いた解析により、病態に関与するSLCトランスポーターの機能を解明していきます。また、臨床分野の先生方との連携を通じて、見いだしたSLCトランスポーターの医学的意義を検証します。加えて、構造生物学分野や合成化学分野の先生方と協力し、SLCトランスポーターを標的とした化合物探索や機能制御技術の開発にも取り組みます。これらの研究は、個々のトランスポーターの生理的役割や細胞・組織における物質輸送ネットワークの理解を深めるうえでも重要な意義を持っています。以上の取り組みを通じて、生命現象の理解に資する基礎研究から、治療・診断法の創出を目指す応用研究までを一貫して推進します。(図2)
図2 新たな創薬に向けた膜輸送研究の展開