近畿大学医学部内科学腫瘍内科部門

主任教授・中川和彦ブログ

2019年08月30日 掲載

何故、私は腫瘍内科医をめざしたのか?<2>

それから半年も経たないうちに再び私は大村さんの主治医となりました。

大村さんは若く丈夫で症状もありませんでしたが、両方の肺には多発性の癌病巣が10個くらい小結節として認められていました。
そこで、私は医者になって初めて抗がん剤化学療法をすることになったのです。

呼吸器グループの指導医がどうするべきか指導してくれるものと思って期待していたのですが、当時、呼吸器グループの先輩医局員の方々には肺癌治療を専門にされている方はおられませんでした。
MA療法(?)のレジメンが書かれたA4サイズの一枚の紙だけを渡され大村さんの治療が始まったのです。

今ではそのときの治療効果がどうだったのか、副作用がどうだったのか、よく憶えておりません。しかし、2次治療だったか、3次治療だったか、大村さんの治療の中でシスプラチンを初めて使ったことを憶えています。
医局で誰も使ったことがなかったのですがシスプラチンという新薬が使える様になったことを聞きつけて(先輩に教えてもらって?)大村さんの治療に使ったのです。
腎障害が恐ろしいと聞いて大量の生理食塩水に薄めて何時間もかけて点滴投与したと記憶しています。
今思うと、どうして製薬企業の方はしっかりと使い方を教えてくれなかったのかと不思議になります。

後になって知ったことですが、1983年にシスプラチンは承認されたのですが膀胱癌に対しての承認であり、進行非小細胞肺癌に承認されたのは1986年のことだった、つまり、研修一年目の私は未承認薬であるシスプラチンを肺癌治療に使ったということなのです。

製薬企業の方からきちんとした情報をもらえなかったのは未承認薬だったからかもしれません。その当時、今では考えられないことだが、薬事承認を受けた抗がん剤しか治療には使えないという医療関係者の意識、おそらく保険行政関係者の意識も極めて低かったのでしょう。

その後、私の周りでは本件に関して何の問題も起こりませんでした。

何故、私は腫瘍内科医をめざしたのか?<3>

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