インフォームドコンセント

下垂体腺腫という病気の病態と治療について

下垂体腺腫とは

下垂体腺腫とは、ホルモンの中枢である脳下垂体に発生した腫瘍です。脳下垂体は鼻の付け根の奥のトルコ鞍という頭蓋骨のポケットのようなところにあります。原発性脳腫瘍の中で3番目に多い腫瘍であり、それほど稀な病気ではありません。この病気の原因は不明ですが、子孫に遺伝する病気ではありません。ホルモンの中枢に発生する腫瘍であるため、この病気では以下の症状が出現します。

1)腫瘍により正常の脳下垂体の機能が障害されることによる下垂体ホルモン欠乏症状
脳下垂体ホルモンには、成長ホルモン(GH)、乳汁分泌ホルモン(プロラクチン)、副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)、甲状腺刺激ホルモン(TSH)、性腺刺激ホルモン(LHとFSH)と抗利尿ホルモン(ADH)があります。成長ホルモンや乳汁分泌ホルモンの低下は、成人では無症状です。一方、副腎皮質刺激ホルモンの低下は、副腎機能不全をもたらし全身の脱力や低血圧、さらにはショック、低体温などの生命に関わる症状も出現します。また、甲状腺刺激ホルモンの低下は、寒冷過敏症などです。性腺刺激ホルモンの低下は、男性では勃起不能、睾丸萎縮、女性では無月経や不妊の原因となります。さらに、抗利尿ホルモンが低下しますと、短時間に大量の尿が出る尿崩症になります。この場合大量の水を補給するか、抗利尿ホルモンを補わなければ生命に関わります。

2)腫瘍が脳下垂体特有のホルモンを分泌することによる下垂体ホルモン分泌過剰症状
成長ホルモンの過剰は手や足などの体の末端が肥大します。糖尿病や高血圧さらには悪性腫瘍の合併も多く見られます。乳汁分泌ホルモンの過剰は、乳汁分泌や女性では無月経となります。副腎皮質刺激ホルモンの過剰は、クッシング病となります。

3)腫瘍増大により周辺の脳組織や神経が圧迫されることによる症状
腫瘍の進展方向により症状は変化しますが、最も多い症状は腫瘍が上方に進展して視神経や視交叉を圧迫して、視野や視力の障害です。さらに上方に進展しますと視床下部を圧迫して精神障害や意識障害など生命に関わる症状となります。また、脳は非常に柔らかい組織ですので、頭蓋骨の中では水(髄液と呼ばれます)に浮かんだようにして保護されています。この髄液は脳室と呼ばれる脳の中心部にある空間で毎日約500cc作られ、脳や脊髄の表面に流れ出て、くも膜顆粒と呼ばれるところで吸収されます。ところが、腫瘍などの圧迫により髄液の通路が閉鎖されると、脳室で作られた髄液が出口を失い水頭症と呼ばれる状態になります。この状態では貯留した髄液が脳を強く圧迫するため、頭痛や嘔吐の頭蓋内圧亢進症状が出現し、最後には脳幹と呼ばれる重要な部分が押しつぶされることにより(これを脳ヘルニアと呼びます)脳死となります。

側方に進展しますと、脳の最も重要な血管である内頸動脈や海綿静脈洞を障害します。内頸動脈が障害されますと、大脳の半分の広汎な脳梗塞を起こし、半身不随や言語障害さらには生命に関わることもあります。また海綿静脈洞が障害されると眼球の運動や顔面の感覚を司る神経が麻痺して、眼球運動障害、顔面の感覚障害などが起こります. 後方に進展しますと、脳幹部に障害がおよび四肢麻痺などの重篤な神経障害が出現します。前方に進展しますと、嗅覚の消失や痴呆、失禁などの精神症状が出現します. 稀に、腫瘍内に出血を来たし脳卒中のように急激な頭痛により発見されることもあります。

また、最近のMRIやCT検査の進歩により、これまでなんら病気の兆しも無いのに偶然の検査で見つかることがあります。

我々の計画している治療法について

腫瘍を可能な限り摘出して、現在の症状の改善や上に記載した症状の出現を防止することです。手術治療の利点として次のようなものが挙げられます。
1)腫瘍の正確な病理組織が得られますので、良性か悪性かの判断が可能です。
2)良性の腫瘍では全ての腫瘍を摘出することにより治癒が期待されます。
3)全ての腫瘍を摘出することができなくても、腫瘍の周辺組織への圧迫を軽減することにより症状の軽快が期待できます。

しかし、手術時期によっては、脳・神経の障害や下垂体機能が不可逆的になっていることも考えられます。

手術手技として、経蝶形骨洞腫瘍摘出術により腫瘍を摘出する方法が一番良い方法であると我々は考えています。

この方法では、開頭手術と違って、2つの利点があります。第1に、鼻腔および蝶形骨洞と呼ばれる副鼻腔を経由して直接腫瘍に到達するため、手術操作は脳に触れることなく行われます。第2に、手術による切開創は上唇の裏側の粘膜を3cm程度ですので、頭部に手術による傷はできません。ただし、下腹部や大腿部に3cm程度の切開を加え、脂肪や筋肉片を手術時に摘出します。これらを腫瘍摘出後に空洞となったトルコ鞍に充満させることにより、脳・神経組織がこの空洞に落ち込まないようにするために必要です。

実際の手術時のイラスト(参考)


唇の下の歯茎を切開(2-3cm前後)

鼻鏡を挿入して視野を確保    トルコ鞍底   鼻中隔(正中)

特殊な道具を用いて腫瘍を摘出します. また視野を更に改善するため内視鏡を併用する場合もあります。腫瘍の摘出後の空間を埋めるため、また底を支えるために腹部や大腿部より切除した脂肪、筋膜を装填します。(必要がない場合もあります)

経蝶形骨洞腫瘍摘出術の合併症について

1)ショック
手術前後に急激な脳下垂体-副腎皮質ホルモン系の機能低下や、視床下部機能の一時的な障害によりショック状態となり、最悪の場合には生命に関わることもあります。

2)手術中、手術後の出血
腫瘍摘出の過程で大量の出血となることがあります。これは、腫瘍が海綿静脈洞や内頸動脈に浸潤し血管壁が弱くなっていることがあるためです。これらの血管が手術操作により損傷を受け、出血の原因となったり、手術後この部分が動脈瘤のようになり破裂し、大量の出血を来すことも考えられます。た、手術中は完全な止血を確認して手術を終了しますが、何らかの原因で手術後に再出血をきたし血の固まり(血腫)ができることがあります。通常は少量で血腫は自然に吸収されますが、ときには新たに脳や神経への圧迫症状が出現して血腫除去の手術が必要なこともあります。

3)髄液鼻漏
手術中にくも膜を損傷しその結果髄液鼻漏を生じる可能性があります。細菌性髄膜炎などの重篤な合併症を起こすことが考えられます。

4)手術による脳損傷
手術中に脳や神経を栄養する血管を損傷しその結果脳障害を生じる可能性があります。このようにして視床下部や脳幹の障害が合併しますと、最悪の場合には生命に関わることも起こる可能性があります。

5)下垂体機能障害
手術前の検査で下垂体機能が保たれている場合でも、下垂体ホルモン欠乏症状が出現する場合があります。腫瘍により長期間圧迫されていた下垂体は通常の手術操作により機能が低下する場合あります。このような機能低下は、多くの場合一過性ですが、時には永久的に下垂体機能が低下する場合もあります。特に、副腎皮質刺激ホルモンの低下による全身の脱力や低血圧・ショック、甲状腺刺激ホルモンの低下による低体温などの生命に関わる症状も出現します。また、抗利尿ホルモンが低下による尿崩症があります。さらに、性腺刺激ホルモンの低下による、男性では勃起不能、女性では無月経や不妊は将来の問題となります。幸いにして、多くの場合はホルモン剤の投与を受けることによりコントロール可能ですが、長期間の通院治療が必要になります。

6)感染
生体は皮膚、粘膜などに被われ外からの微生物の侵入を防いでいます。手術により脳、硬膜、鼻腔の粘膜下組織などが露出されることがあります。我々は無菌手術を心がけていますが、手術の際微生物の侵入を100%ゼロにすることは現在の医学水準からは困難です。従って、術中、術後にわたりこうした微生物を殺す薬剤すなわち抗生物質を投与します。多くの患者さんではこうした治療により術後感染の問題は生じませんが、患者さんの抵抗力が弱かったり、抗生剤の効き目が悪かったりすると術後、細菌性髄膜炎、脳膿瘍、粘膜下膿瘍などの感染性合併症を生じる可能性があります。

7)麻酔、輸血、薬剤などによるショック、肝炎の感染の危険性
手術のためには麻酔薬、抗生物質をはじめ様々な多くの薬剤を使用します。これらの薬剤は高い安全性が確立されていますが、人によっては使用した薬剤に対し過敏な反応ショック(薬剤アレルギー)や予想しえない副作用を生じることがあります。手術時、皮膚切開などからの出血をできるだけ少なくすることを心がけますが、出血量が多くなると輸血をする必要があります。輸血用の血液は病院で用意します。これらの血液はすべてB型肝炎ウィルス、C型肝炎ウィルス、エイズウィルス、梅毒の検査がすべて陰性のものです。しかし、これらの検査は100%完全ではなく希に輸血によりこれらの感染症にかかることがあります。

8)手術手技に特有の合併症
経鼻経蝶形骨洞近接法では、唇がしびれたように感じたり、歯の噛み合わせが悪くなる場合があります。また、鼻の粘膜が損傷され、においが弱くなったり、悪臭を感じたり、さらに鼻の不快感や乾燥感などの不定愁訴がしばらく続くことがあります。時には、耳鼻咽喉科で通院治療が必要な状態になる場合もあります。また鼻中隔の骨を一部切除するため、手術後鼻の付け根が少し低くなり、美容上問題を生じることがあります。

9)その他
糖尿病、高血圧、肺気腫、胃潰瘍、パーキンソン病、内分泌疾患、精神疾患など様々なこれまで顕在化していなかった疾患が手術を契機として発症することがあります。また患者さんがこれまで既往疾患として持っておられる病気がより重くなることもあります。
手術時間が長くなり同じ体位をとり続けると、手術台などの器具に接触している手足、体部、頭部などに褥創を生じることがあります。また、眼球部が圧迫を受けると失明することもあります。

10)予想外の合併症
我々は厳重な術中、術後管理にて合併症の発生を防止するよう努力しますが、残念ながら予想できない事態が起こって合併症を生じることがあります。とくに、心筋梗塞や肺塞栓症などの重篤な全身性合併症を生じた場合、致命的となり得ます.

11)手術侵襲が拡大する可能性について
合併症のところで述べたように、手術中に出血を生じ出血が止まらないときやその他の予想していない事態により、予定していた手術よりも手術侵襲が拡大することもあります。

腫瘍摘出術の後、再手術あるいは他の治療を必要とする場合について

我々は1回の手術にて目的とする腫瘍の摘出をめざします. しかし、無理をして腫瘍を摘出することにより重要な血管や脳組織を損傷し、手術後に重い後遺症が出現する可能性の高いときは途中で手術を止めることがあります。このように1回の手術で効果的な治療ができなかったときは、再手術を計画するかまた別の治療法を計画し再度説明いたします。

その他の治療法について

今回は上に記載した治療法を計画していますが、それ以外にも次のような治療法が考えられます。

【1】開頭法による腫瘍摘出術
視神経や内頸動脈などの重要な脳神経や血管を直接確認しながら手術を進めることができます。巨大な腫瘍や経鼻経蝶形骨洞近接法で充分な視神経の減圧が出来なかった場合などには、有効な方法です。ただしこの方法には次の問題点があります。
問題点:
1)下垂体腫瘍がトルコ鞍というポケット状の部位に存在する場合、この方法では腫瘍を全て摘出することは困難です。
2)腫瘍が脳の深部にあるため、手術中に脳をある程度圧迫します。このことは特に問題ではありませんが、時にはこの圧迫により脳障害を来すこともあります。
3)頭皮に傷が残ります。

【2】内服薬(パーロデル)による治療
脳腫瘍が手術をしないで、薬を飲むだけで縮小したら理想的な治療法といえます。脳下垂体腺腫の内、プロラクチン産生腫瘍や成長ホルモン産生腫瘍には、パーロデルの内服が有効な場合があります。ただしこの治療には次の問題点があります。
問題点:
1)内服により腫瘍縮小を認めても、内服中止により腫瘍が再び増大するため、長期間の内服が必要になります。
2)内服により腫瘍が堅くなり、後に手術的に全摘出することが困難になると報告されています。
3)経過中にプロラクチンに対して抵抗性となり、腫瘍が増大する場合が報告されています。
4)内服中に妊娠すると赤ちゃんに奇形を誘発する可能性があります。
5)嘔吐等の強い副作用のため、治療有効量のパーロデルの内服ができない場合があります。

【3】放射線治療
脳下垂体腺腫に対しては放射線治療が有効なことが報告されています。しかし、腫瘍以外の脳組織にも放射線が照射され、稀に放射線壊死や悪性腫瘍といった重篤な合併症が報告されています。また、照射102年後に高度な下垂体機能低下を生じる可能性があります。このため、放射線治療は手術的に摘出困難な部位に対して補助的に行われることがあります。

【4】ガンマナイフ(特殊な放射線治療装置)による治療
ガンマナイフによる治療は多くの脳神経外科施設にて行われています。そして下垂体腺腫に対するその治療効果も確認されています。現在我々の施設ではガンマナイフによる治療は行っていませんが、我々がガンマナイフ治療の方がより適切であると判断する場合や、特にガンマナイフを希望される患者さんにはガンマナイフ治療が可能な施設を紹介しています。 

確定診断が下垂体腺腫と異なる場合

脳腫瘍の確定診断は、腫瘍組織を顕微鏡で観察することにより決定します。手術前の血液検査、各種画像検査より、診断は下垂体腺腫と考えておりますが、異なる可能性もあります。 その診断によっては術後に新たな治療が必要になるなどの治療方針の変更が生じる可能性があります。