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脳膿瘍という病気の病態と治療について

脳膿瘍の患者さん、家族の皆様へ

【1】脳膿瘍とは

脳膿瘍という病気は脳の中に細菌感染が起こり、膿(うみ)がたまった状態です。脳は、皮膚、骨、硬膜などの組織に覆われ、正常な状態では全くの無菌状態です。しかし、中耳炎、副鼻腔炎、扁桃腺炎、う歯(虫歯)、気管支炎、心臓弁膜症、外傷など、身体の他の部位に細菌感染症があると、そこから血液によってあるいは直接に細菌が脳に到達し、脳の中に膿が溜まることがあります。(全く原因がわからない事もあります)この状態が脳膿瘍です。
  脳膿瘍になると次のような症状が起こります。頭痛、発熱、意識がぼんやりする、痙攣(ひきつけ)、嘔吐、手足の運動麻痺、感覚障害(しびれや痛み)、言語障害、精神障害などです。これは、脳膿瘍によってその部分の脳自体が障害されたため、また周辺部の脳が炎症を起こしたり浮腫(むくみ)によって圧迫されたために起こってきます。

【2】患者さんの現在の状態について

病状の経過、画像所見などより脳に細菌感染が起こり、脳膿瘍を生じた可能性が最も高いと考えております。現在の症状は脳膿瘍が生じこれによる障害と考えておりますが、原発性脳腫瘍、転移性脳腫瘍の画像所見は、脳膿瘍と非常に似ていることがあり、手術時に診断が変更されることがあります。

現在、脳には強い炎症が起こっており、細菌から強い毒性物質が出ています。このまま病気が進行すると脳全体に炎症が及び、頭痛、意識障害、麻痺などの症状が出現、悪化し、最悪の場合は死亡する事もあり得ます。

【3】我々の計画している治療法(外科的手術)について

今後の治療は脳の中で繁殖している細菌を完全に殺して炎症を抑え、脳の中に溜まった膿を取り除くことにより脳への圧迫を取り除くことです。脳膿瘍には以下のような治療法があります。
1.保存的療法
1)抗生物質による化学療法 
抗生物質を点滴して細菌を殺します。細菌の種類によって効く薬と効かない薬があります。
細菌の種類がわからない時は、多くの種類の細菌に効果がある薬を使用します。

2)頭蓋内圧降下剤による治療
浸透圧利尿剤の投与により頭蓋内圧を降下させます。

3)副腎皮質ホルモン
副腎皮質ホルモン(ステロイドホルモン)の投与により脳の浮腫を抑えます。
これらの方法に対する治療効果が芳しくないとき、膿瘍の大きさや部位により内科的治療が困難であるときに外科的に脳膿瘍を除去することが必要となってきます。

2.外科的療法(手術)
1)穿刺排膿術(ドレナージ術)
頭蓋骨に1cmぐらいの小さな穴をあけ、膿に細いチューブを刺し込み、膿を排出します。大きく開頭し、超音波画像装置で膿の位置を見ながらチューブを入れることもあります。

2)膿瘍摘出術
大きく開頭し、脳に切開をくわえ、膿をチューブで吸引したのちに膿瘍を全部摘出します。

いずれの手術法にしても、手術の際に得られた膿瘍で細菌培養検査を行い、膿瘍の原因になった細菌の種類を決定し、それと同時に抗生物質に対する感受性検査を行います。(これらの検査を行っても、細菌が死滅している場合には細菌の種類が判らないこともあります。)

我々はMRI、 CTなどの検査結果、臨床症状などを様々な角度より検討し、現段階では外科的治療法が最適あると結論に達しています。
                                    
【4】脳膿瘍手術の合併症について

我々は厳重な術中、術後管理にて合併症の発生を防止するよう努力しますが、残念ながら予想できない事態が起こって以下の様な合併症を生じることがあります。これらの合併症を生じ、最悪の場合は死亡したり、重い後遺症を生じる可能性もあります。

1)手術中、手術後の頭蓋内感染
脳は、皮膚、骨、硬膜などの組織に覆われ、正常な状態では全くの無菌状態です。脳外科手術は人工的に脳、硬膜、皮下組織などを露出する行為であり、いくら手術を無菌的に行っても手術の際微生物の侵入を100%防ぐことは現在の医学水準からは不可能です。脳膿瘍の手術の際最も問題となるのは手術中、手術後の頭蓋内感染の拡大です。ほかの一般的な脳腫瘍摘出術、脳血管障害などの開頭術に比べて脳膿瘍の手術は術中、術後の頭蓋内感染拡大の確率が高いと考えられます。なぜなら、手術を行う脳自身が感染を起こし、膿がたまった状態にあるからです。

2)脳梗塞、手術による脳損傷
手術中に脳を栄養する動脈を損傷しその結果脳梗塞を生じる可能性があります。また、脳膿瘍を摘出する際いかに注意深く完全な手術をしたと思っても、現在機能している脳やその周辺の神経を損傷し、機能障害を生じる可能性があります。

3)麻酔、輸血、薬剤などによるショック、肝炎の感染の危険性
開頭手術のためには麻酔薬、抗生物質をはじめ様々な多くの薬剤を使用します。これらの薬剤は高い安全性が確立されていますが、人によっては使用した薬剤に対し過敏な反応ショック(薬剤アレルギー)や予想しえない副作用を生じることがあります。
手術時、皮膚切開などからの出血をできるだけ少なくすることを心がけますが、出血量が多くなると輸血が必要となります。輸血用の血液は日本赤十字社の血液を用います。これらの血液はB型肝炎ウィルス、C型肝炎ウィルス、エイズウィルス、梅毒の検査がすべて陰性のものです。しかし、これらの検査でもこれらの病気を100%検出することはできず、稀に輸血によりこれらの感染症にかかることがあります。

4)糖尿病、高血圧、肺気腫、胃潰瘍、パーキンソン病、内分泌疾患、心疾患、精神疾患など様々なこれまで顕在化していなかった疾患が手術を契機として発症することがあります。また患者さんがこれまで既往疾患として持っている病気がより重くなることもあります。    

5)手術中は麻酔のために体は全く動きません。手術台などに接触している手足、体部、胸部などには柔らかいクッションを用いて一部分だけに圧力がかからないようにしますが、手術時間が長くなると圧迫部位に褥創(とこずれ)を生じることがあります。

6)開頭する際、頭蓋骨を一部切除する可能性もあり、手術後頭蓋骨が変形し美容上問題を生じることがあります。

7)その他予想外の合併症

【5】手術侵襲が拡大する可能性について

1)手術前の検査にて発見できなかった、病気(たとえば脳動脈瘤、脳腫瘍など)が偶然手術操作中に見つかった場合、その病気に対する治療を行います。(このようなことはめったにありません)

2)開頭による手術の合併症のところで述べたように、手術中頭蓋内出血を生じ出血が止まらないときや急性脳腫脹が強い場合、脳の一部分を切除することがあります。

3)我々は脳膿瘍と診断しておりますが、脳腫瘍のなかには脳膿瘍と非常によく似た症状、画像をしめすものがあります。もし手術により脳腫瘍と診断された場合は、手術の拡大や術後の治療法が大きく変更することがあります。

など予想していない事態により予定していた手術よりも手術侵襲が拡大することもあります。

【6】脳膿瘍手術の後、再手術を必要とする場合や耐性菌の出現について

脳膿瘍の治療は手術だけで終わるものではありません。治療全体のなかで手術は大きな役割を占めますが、手術は細菌を殺してしまう治療ではないので手術後も抗生物質や頭蓋内圧降下剤による治療が必要です。手術後は、CTやMRIで膿瘍を経時的に観察し、血液検査で炎症の程度を観察して行きます。手術後の抗生物質による治療にもかかわらず、再び脳の中の膿瘍が大きくなってくる場合には再手術が必要となります。また、抗生物質はどのような細菌でも殺してしまえる訳ではなく、細菌が抗生物質に対して耐性を獲得し、抗生物質が効かなくなることがあります(耐性菌の出現)。この場合には、他の抗生物質に変更しますが、薬の投薬期間が長期になればなるほど、耐性菌はさまざまな抗生物質に対して耐性を獲得し、最終的にはどの抗生物質も効かない状態も起こり得ます。こうなれば、現在の医学水準では治療の方法がなく、患者さんの状態も急速に悪化して行き死亡することになります。

手術は気管内に人工呼吸のためのチューブを挿入して、全身麻酔により行いますので、手術に伴う痛みは感じません。しかし、この影響により手術後に喉の不快感や声が一時的にかれたりすることがあります。

患者さん、家族の方が我々の計画している治療法を拒否され別の治療法を選択されても、拒否したことにより不利益は被りません。すなわち治療途中で退院を早めるとか、あるいは今後、診療治療を行わないなどのことは決して我々はしません。また、いったん我々の予定している治療法に同意された後でも患者さん、家族の方がこれを拒否され別の治療法を選択されてもその理由で患者さんには不利益は被ることはありません。