近畿大学医学部形成外科学教室

研究内容

ケロイド研究

  • ケロイドはヒト特有の難治性疾患であり、ケロイドを完全に再現できる理想的な実験動物モデルは未だに開発されていない。そのため、現在のケロイド治療法に関するエビデンスの多くは症例報告の結果に基づいている。また複数の治療方法を組み合わせた現在の治療では、再発のリスクが高く、ケロイド治療は未だに試行錯誤が続いている。現状の臨床背景を考慮すると、ケロイドが生じるメカニズムの解明とケロイドの新規治療法を開発するために、適切な動物モデルの開発は不可欠である。そこで、ヌードマウスとNOD/scidマウスの2系統の免疫不全マウスを使用し、ヒトケロイド組織を皮下移植してケロイドモデルを作製して比較検討を行っている。
    単一のケロイドモデルでは、ケロイド病変における複雑な機序や治療方法の解析が不十分となる可能性がある。このため、複数の異なるケロイドモデルを併用した検討が重要であり、今後、ケロイド病変の再現性を高める観点から、細胞移植型ケロイドモデルおよび組織移植型ケロイドモデルを併用したケロイド病変解析手法の運用を考えている。

    この研究成果は、2021年度の“創傷”に掲載が予定されている。

骨再生の研究

  • 骨再生治療に用いる新たな人工骨として,近年,リン酸オクタカルシウム (Octacalcium phosphate, OCP)とコラーゲン(collagen, Col)の複合体(OCP/Col)に注目が集まっている.OCP/Colの有効性を示す研究が数多く行われている中,これまで,OCP/Colと外因性サイトカインを組み合わせた骨再生に関する研究は数少ない.そこで,塩基性線維芽細胞増殖因子の徐放化システム(bFGF-DDS)をOCP/Colに併用し、骨再生の促進効果について検討している.
    骨形成は、“骨伝導”と“骨新生”の2つの機序により生じ、その本態は骨芽細胞の遊走・分化誘導と血管新生の組み合わせによって行われる.本研究より,OCP/Col/bFGF-DDSが最も優れた骨形成を示すことが判明した。その機序として、外因性bFGFの導入により、(1)発現したVEGFがOCP顆粒内に取り込まれ、さらに(2)周囲骨髄からの骨芽細胞系細胞の遊走が促進されてOCP顆粒を一次骨化中心とする一連の骨形成過程(VEGF-mediated intramembranous ossification)が生じ、その結果、骨形成が促進されることが示唆された。この結果より、OCP/Col/bFGF-DDSは、“骨伝導”と“骨新生”の2つの機序を同時機能させうる効果的な新生骨の誘導骨法であると考えている.

    この研究成果は、Acta Medica Kinki誌(in press)に掲載が予定されている。

軟骨の研究

  • 生体組織工学 (Tissue engineering) とは、生分解性ポリマーに細胞および成長因子を組み合わせて生体に移植可能な組織を再生誘導する技術であり,1988 年 Vacanti らによってその基本概念が提唱された。1997 年 Cao らはこの基盤技術をさらに発展させ、ヒト耳介形状を有する軟骨を再生誘導し、耳介形成手術における新しいオプションとして生体組織工学が将来重要な役割を果たすことを示唆した。本技術をヒトへ臨床応用するためには、小動物実験および前臨床試験となる大動物を用いた自家移植モデルにおける軟骨再生が不可欠であるが、それらによる実験成績はいまだ不良である。小動物モデル (免疫不全マウス) では、移植後 10 か月において耳輪・対耳輪・舟状窩など耳介の特徴的構造が部分的に消失する。また大動物自家移植モデルでは、強い炎症反応などにより、移植後 3か月において耳介構造全体が消失し、有効な軟骨再生を来しえない。
    組織再生誘導においては、(1) 播種細胞の種類および細胞密度、(2) 軟骨細胞増殖や基質産生を誘導するするサイトカイン、(3) 細胞の分化増殖に必要な微小環境あるいは 3 次元形状を付与する足場材料 (スキャホールド) の性状・力学的強度・組織親和性などの諸問題を解決せねばならない。近年、ナノファイバーを用いて、本来の細胞外基質に近い微細構造をもつ足場材料を作製することが可能となり、軟骨組織再生用の新規素材として注目されている。これまで我々は、ナノファイバー化した生分解性ポリマー polyglycolic acid (PGA) を、生体親和性と力学的強度を兼ね備えた非分解性ポリマーであるプロリンと組み合わせて、ヒト耳介形状を有する複合型非吸収性性スカフォールドとして用い、軟骨再生を試みてきた。その結果、播種軟骨細胞の接着効率は著しく向上し、大動物 (イヌ) を用いた自家移植モデルにおいて良好な軟骨再生を示しえた。しかしながらプロリンでは正常耳介が持つ複雑な三次元形状・薄さ・しなやかさを長期間維持することは不可能であり、これらが臨床応用していく上での目下の問題点となっている。 そこで、Tissue engineering における 3 要素の中、特にスカフォールドの改良に焦点を絞ることとした。長期間三次元形状を維持するため、充分な剛性を持つpoly-ε-caprolactone (PCL) の使用を検討した。耳介形状 PCL の表面をナノファイバー化したPGA (nanoPGA) で被覆し、複合型吸収性スカフォールド (nanoPGA / PCL) を作製した。この新規足場材料にヒト軟骨細胞を播種し、ナノファイバーにおける播種細胞の細胞分布および生存率を検討した (実験1)。さらに細胞接着を高めるため、複合型吸収性スカフォールドの疎水化表面を親水化し、ヒト耳介軟骨細胞を播種した後にヌードマウス皮下に移植し、耳介形状軟骨の再生誘導を行った (実験2)。本研究結果より、従来困難であった複雑な耳介立体構造を、生体内で長期維持しえることが示された。

    この研究成果は、Plos One誌 (An analytical study of neocartilage from microtia and otoplasty surgical remnants, June, 2020)に掲載された。

人工神経の研究

  • 人工神経は、1979 年 Lundborg が報告したシリコンチューブを用いた神経再生が最初の試みである。続いて、中空内部構造をもつ管腔状生分解性素材をベースにした人工神経が開発されてきた。近年では、神経の再生誘導能を向上させる目的で、管腔内をコラーゲンで充填した人工神経が試作された。これらの生分解性素材による人工神経では神経採取に伴う犠牲はないものの、自家神経移植や同種神経移植に比較して神経再生誘導能が劣り、いまだ自家神経移植の治療成績には及ばない。 神経の再生誘導には移植神経周囲の血行が重要である。血管新生を促すサイトカイン塩基性線維芽細胞増殖因子 (basic Fibroblast growth factor、以下 bFGF と略す) を生分解性人工神経に付与することで人工神経断端および周囲に血管新生を誘導し、神経再生誘導を促進しうると推測される。ただし bFGF の生物学的活性は極めて短く (血中半減期:T1/2=1.5min)、不安定である。この欠点を補う目的で、ゼラチン微粒子に bFGF を組み合わせて bFGF 徐放化システムを作成し、持続的 bFGF 投与法を開発した。そこで、この bFGF 徐放化システムを生分解性人工神経に併用し、bFGF 徐放化システムが人工神経の再生誘導能を促進しうるかを検討した。その結果、生分解性人工神経に bFGF 徐放化システムを併用した場合、神経の再生過程の早期 (2-4 週目) において、血管内皮細胞の遊走距離および新生血管数が促進され、その後のシュワン細胞の遊走距離および軸索の成長距離は約 1.5 倍伸長して神経再生能が向上することが判明した。さらに透過型電子顕微鏡を用いた軸索数及び軸索総面積の画像解析結果から神経成熟度も同時に高まることが判明した。
    一連の人工神経の研究成果は、以下の国際雑誌に掲載された

    この研究成果は、Plos One誌 (An analytical study of neocartilage from microtia and otoplasty surgical remnants, June, 2020)に掲載された。
    J. microsurgery誌 (Use of sliced or minced peripheral nerve segments for nerve regeneration through a biodegradable nerve conduit, 20:886-895, 2020)
    J. microsurgery誌 (Efficacy of sliced nerves of different thickness in a biodegradable nerve conduit to promote Schwann cell migration and axonal growth, 41:448-456, 2021)