近畿大学医学部 放射線医学教室 放射線腫瘍学部門

近畿大学医学部 放射線医学教室 放射線腫瘍学部門
Kindai University Faculty of Medicine Department of Radiation Oncology
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放射線療法の考え方

Concept of radiation therapy

はじめに

放射線療法は、手術療法、化学療法とならぶ悪性腫瘍に対する三大治療法の一つである。しかしながら、従来わが国では多くの医師や患者はがんにかかったらまず外科的切除を考え、手術の出来ない進行例や遠隔転移例などの患者を放射線腫瘍医に紹介するということがなされてきた。一方、最近の傾向として、医師も患者も、命さえ助かれば良いという考えは少なくなり、治療後の生活の質(QOL)の高い治療法を希望するようになっている。放射線療法はこのような時代の要求に合致するがん治療法である。放射線療法の特徴を一言で言うと、がんに侵された臓器の機能と形態の温存が出来るということにつきる。また、がんの局所療法であるため、全身的な影響が少なく、高齢者にも適応できる患者にやさしいがん治療法である。
米国ではがん患者の約2/3がその治療経過中に放射線治療を受けているのに対して、わが国ではがん患者の1/3程度にしか放射線治療が行われていない。わが国は被ばく国ということもあり、放射線は怖いという印象がある様で、大変有効ながん治療法であるにもかかわらず、患者や医師の無理解のため、あるいは放射線腫瘍医のマンパワー不足および宣伝不足のため、残念ながらその力を十分発揮できているとは言い難い。ここでは放射線療法の考え方を簡単に解説するとともに、最近の放射線療法の進歩を紹介する。

放射線療法の基本

【図1】

放射線治療においては、
1) 腫瘍の局所制御
2) 正常組織の急性障害
3) 正常組織の晩期障害
の三因子が基本となる。わかりやすくするためマウスの実験データを基に説明する。


マウスの足背部に移植した直径4-5mmのマウス乳癌腫瘍を同一の線量で10回照射する(図1;○印データ)。 照射後120日目にマウス腫瘍が消失していれば、癌は治癒したと考え局所制御とする。例えば6 Gy x 10回の照射を行った場合、合計線量は60 Gyとなり、局所制御率は0%(すなわちマウス腫瘍は1つも治癒しない)であるのに対し、7Gy x 10回の照射では合計線量70 Gyで局所制御率は約50%、さらに8 Gy x 10回の照射では合計線量80 Gyとなりマウス腫瘍は100%治癒する。マウス腫瘍を用いた実験では高い再現性をもって、放射線治療の効果が照射線量に依存していることが証明できる。このことから放射線治療の原理が理解できると思う。すなわち放射線治療では線量さえ十分投与すればがんは100%制御できるのである。
ただし、ここで問題になるのは正常組織の反応である。例えば照射開始10-14日ぐらいでマウスの皮膚は放射線皮膚炎を起こす。線量が高いと皮膚が全てむけてしまうほどに強い皮膚炎を来すが、照射終了後2-4週間でほぼ治癒する。これが急性障害である。人体においても照射野に含まれる臓器に色々の急性障害がおこる。例えば放射線粘膜炎・口内炎、放射線食道炎、放射線皮膚炎、放射線肺炎、下痢、骨髄抑制などである。これらの急性障害は治療終了後数カ月以内に消失するので多くの場合心配することはない。
放射線治療で最も注意しなければならないのは、照射3ヵ月以降から数年、場合によっては10年以上もたって発生する晩期障害である。たとえば皮膚に放射線潰瘍が出来たり、放射線脊髄炎で麻痺になったりしたら、がんは治癒しても患者さんに感謝されないのは当然である。我々放射線腫瘍医は重篤な晩期障害を作ることなく、腫瘍を治癒させるうる線量にて放射線治療を行なっている。

放射線療法の進歩

近年、放射線療法は、
1)空間的線量分布の改善
2)時間的線量配分の改善
3)放射線増感法
の3つの方面から進歩し、治療成績の向上と合併症の低減が可能になっている。

は、近畿大学医学部放射線腫瘍学部門で実施しているもの
空間的線量分布の改善 CTシミュレーション、PET/CTシミュレーション
原体照射
術中照射
192-Ir 高線量率小線源治療
125-I 前立腺がん永久挿入術
強度変調放射線治療(IMRT)
脳および体幹部定位放射線治療
陽子線治療、粒子線治療
時間的線量分布の改善 加速過分割照射
放射線増感法の進歩 化学放射線療法
温熱療法、放射線増感剤

第一の進歩は、空間的線量分布の改善である。これはがんの病巣に線量を集中しその周囲の正常組織には線量を当てないようにする照射法の進歩である(図2)。治療計画も2次元から3次元となり、PET/CTを用いた画像を基にするPET/CTシミュレーションも行っている。X線や電子線を照射する直線加速器(リニアック)も高精度化し、原体照射、がん病巣をピンポイントでねらい打ちする定位放射線治療、さらに究極の外照射法とも言うべき強度変調放射線治療(IMRT)などが行えるようになった。IMRTでは、正常組織への線量を低減できるため合併症の頻度を下げつつ、治療成績の向上が期待できる。この他、がん病巣にチューブや密封された放射線同位元素を刺入し線量を集中する小線源治療法などで、がんの形状に即した高精度放射線治療が行えるようになった。

時間的線量配分の改善も大きな放射線療法の進歩である。通常の放射線治療は1回2 Gyを週5回照射し、合計60 Gyを約6週間かけて治療する。近年この照射期間が腫瘍の局所制御に関連することが明らかにされ、頭頸部腫瘍、食道がん、子宮頸がんなどを放射線単独で治療した場合、照射期間が延長すると局所制御率は減少することが報告されている。逆に、頭頸部腫瘍や食道がんでは、週6日照射や加速多分割照射で照射期間を短縮することにより、局所制御率および生存率の向上が示されている。基本的にはどのようながんでも、一旦開始された放射線療法はよほどの急性障害がない限り、休止することなく終了させることが望ましい。

放射線増感法の研究も進んでいる。抗がん剤と放射線療法を組み合わせる化学放射線療法は多くのがんで試みられ、頭頸部腫瘍、肺がん、食道がん、膵がん、大腸がん、肛門がん、膀胱がん、子宮頸がんなど多くのがんで臨床試験が行われた。これらのがんでは、ランダム化比較試験によって化学放射線療法が放射線治療単独よりも良好な治療成績であることが示され、同時併用化学放射線療法が標準的な照射法として認められている。この他、温熱療法も臨床応用された放射線増感法の一つである。
最後にまだ実用化はされていないが、放射線治療効果予測の研究も進められている。同じ部位にできたがんでも、個々のがんの放射線感受性は異なり、これまでは実際に照射してみないとその効果は分からなかった。しかしながら、放射線抵抗性となる腫瘍内低酸素領域の画像化や遺伝子レベルの研究も進み個々の腫瘍の特性に合わせた放射線治療も近い将来可能になるものと思われる。


高精度直線加速器リニアック
図2
【高精度直線加速器リニアック 】
定位放射線治療
【 定位放射線治療 】
転移性肺がんに対する体幹部定位放射線治療の線量分布図:肺腫瘍にピンポイントで線量集中が行なえている
強度変調放射線治療 IMRT
【 強度変調放射線治療 IMRT 】
上咽頭腫瘍に対するIMRTの線量分布図:耳下腺や脊髄などへの線量を低減し、腫瘍へは十分な線量が投与されている
PET-CTシミュレータ
【 PET/CTシミュレーション 】
PET/CTシミュレータ
PET-CT画像に基づく治療計画
【 PET/CTシミュレーション 】
PET/CT画像に基づく治療計画
192-Ir高線量率小線源治療装置
【192-Ir高線量率小線源治療装置 】