医療関係者へ

脳血管障害

脳動脈瘤のうどうみゃくりゅう

脳動脈瘤とは

 脳動脈瘤は脳血管の壁がこぶ状に膨れたもので、主に脳血管が枝分かれする場所に発生します。できただけでは無症状で気づかれませんが、大きくなると一定の確率で破裂し、「くも膜下出血」を引き起こします(右図)。くも膜下出血はその30-40%で命に関わり、救命できても重い後遺症を残すことが多い、とても深刻な病気です。
 しかし、すべての脳動脈瘤が破裂するわけではありません。小さな脳動脈瘤が15~20年以上もじっとしているケースはめずらしくなく、このようなものを治療する必要はありません。一方で、発見されたけど治療を躊躇していたら数ヶ月後に破裂した、というケースも少なくありません(右図)。これらは、事前に治療しておけば破裂を防げたはずです。そこで、脳動脈瘤が見つかったら私たち専門家はまず、「今後どれくらいの確率で破裂しそうか」を分析し、破裂しないような治療を勧めるかどうかを考えるのです。

脳動脈瘤の破裂しやすさ

 一般的に言って、以下のような傾向があります。

  • 脳動脈瘤が大きくなるほど破裂しやすい
  • 脳動脈瘤ができた場所によって破裂率が違い、「破裂しやすい」特定の部位がある
  • 単純な球形よりも、形が不整なものが破裂しやすい
  • 日本人は欧米人よりも明らかに破裂しやすい(理由は不明ですが・・・)

 日本における大規模な調査で、脳動脈瘤の発生部位と大きさごとに、年間破裂率(今後1年間にくも膜下出血をおこす率)が算出されています(表1)。欧米にも同様の研究はありますが、部位ごとにここまで詳細に数字を算出しているのは日本だけです。
 この表をみると、脳動脈瘤の大きさが7mmを越えると急に破裂率が上がっているのが分かります。部位によっては5mmに達すると破裂率が上がるもの、あるいは3-4mmであっても他の部位よりも破裂率が高いものもあります。表面に不整な膨らみ(ブレブ)がある脳動脈瘤は、これらの数字から1.6倍ほど破裂率が高くなると言われています。また、②前交通動脈瘤と④内頚動脈-後交通動脈分岐部動脈瘤は、他の場所の同じ大きさの瘤よりも破裂しやすいのが分かります。
 表の数字はあくまで1年間の破裂率ですので、10年、15年といった期間の破裂率は当然もっと高くなります。たとえ1年間に1%の破裂率だとしても、今後の人生が数十年あれば、人生のどこかで破裂する率は高くなります。

治療したほうが良いのか

 信頼できる脳神経外科医の意見を求めましょう。瘤があまり大きくないのに破裂率を示さず手術ばかり勧める先生だったら、思い切って他の医療機関も受診してみることです。私たちは、①中大脳動脈瘤の3-4mmのものに治療すすめることはまずありません。一方で比較的若い方に7-9mmの④内頚動脈-後交通動脈分岐部動脈瘤がみつかったら、今後の生涯破裂率がかなり高いので積極的に治療を勧めると思います。

治療の方法とその選択

 多くは、次のいずれかの方法で治療します。

(1)ネッククリッピング術

 手術室で全身麻酔をかけて開頭(頭蓋骨の一部に窓を開ける)し、手術顕微鏡を用いた微細な操作で脳を保護しながら深部の病変に到達します。動脈瘤の首根っこ(ネック)をチタン合金製の脳動脈瘤クリップで閉鎖し、瘤を完全にしぼませてしまいます。

(2)コイル塞栓術

 血管造影室で足の付け根の血管から細いマイクロカテーテルを脳動脈瘤の中まで誘導し、金属製(多くはプラチナ製)の柔らかいコイルをで瘤内に密に充填して、血流が入らないようにします。ネックが広いとコイルが正常血管に飛び出してくるので、その際には風船付きのバルーンカテーテルやステント(金属製のメッシュチューブ)を併用して、正常血管へのコイルの逸脱を防ぎながら塞栓術を行います。局所麻酔でも治療はできないことはありませんが、私たちは安全のために全身麻酔を選択しています。

 上の2つの方法には、各々長所と短所があり(右表)、そのため患者さんごとに、どちらの方が安全・確実かが違います。最も大切なことは、1つの診療チームが2つの治療法のどちらも高い水準で行える技術を持っていて、きちんと協議・検討して選択できること、そしてその理由を患者さんにきちんと説明できることです。理由の説明なく開頭手術だけ、あるいはカテーテル治療だけを勧められた場合は、きちんと理由を尋ねましょう。

 なかには、上記2つでは単独で対処できない、難しい脳動脈瘤もあります。これについては長年研究・治療に取り組んで参りました。別の項目に書いていますので、参照してください。

専門的な解説

治療が終わったら

 入院中に脳血管の画像検査を行い、治療後の状態を評価します。退院後は外来診療に移行します。

(1)ネッククリッピングの場合

 手術で動脈瘤を余すこと無く処理できた場合は、完治に近いと考えて良いです。今回のほかに別の動脈瘤がない場合には、半年ほどで通院を終えます。高齢の患者さんでは、手術後数ヶ月かけて脳の表面に血液が貯溜することがあり(慢性硬膜下血腫)、短期間再入院して血液を抜く処置が必要なことがあります。
 年齢が若い(=今後の人生がとても長い)患者さんは、将来別の部位に動脈瘤ができる可能性も少しあります。ですから、数年に1回でも良いのでMRIによる検診をお勧めします(現代のクリップはMRIの実施に問題ありません)。クリップの周囲は磁場が乱れるので評価できませんが、別の部位の動脈瘤はおおむね発見することができます。
 一方、瘤の壁が動脈硬化で極端に固かったり、大切な血管が瘤自体から分岐していたりして、瘤の一部をわざと少し余さざるを得ないこともあります。その場合は、そこから再び膨れてこないかをチェックしていきます。MRIでは評価が難しいので、造影剤を用いたCT検査(外来で実施可能)で監視します。ただし造影剤が必要なこと、MRIと違って放射線が出ることから、あまり頻回の検査は控えるようにしています。

(2)コイル塞栓術の場合

 治療が終わっても、ただちに根治ではなく、少なくとも数年間は再発がないか観察する必要があります。評価は外来でのMRIで可能です。瘤内に血流があきらに入るようになった場合は、再治療も念頭に短期検査入院での脳血管造影を提案することがあります。なお、コイルだけでなく、ステントなどを併用した場合でも、MRI検査の安全性に問題はありません。
 またコイル塞栓術後には、一定期間抗血小板剤(血液が固まるのを防ぐ薬)を内服する必要があります。終了のタイミングは治療内容によって異なります。

さらに専門的な解説

クリッピング術やコイル塞栓術単独では治せない、複雑な脳動脈瘤の治療

これまで、通常の治療法では対応できない複雑な脳動脈瘤の治療に取り組んできました。もちろん、現在の技術水準をもってしても困難なものもありますが、深部バイパス手術を併用したり、開頭手術と血管内治療(カテーテル治療)を組み合わせることで、治療できるものも少なくありません。近年はハイブリッド手術室(※)が整備され、開頭手術と血管内治療を同時に行うことが可能になったことで、さらに治療が進歩しています。
ハイブリッド手術室:手術室の中に血管造影装置が設置され、開頭したまま血管内治療ができる特殊手術室です。近畿大学病院手術室には、シーメンス社の「Artis zeego」システムが導入されています。

(1)動脈瘤本体から重要な枝が分岐する場合
動脈瘤自体から分岐する枝にバイパスを設置し、同時にネッククリッピング

 大脳皮質に栄養を送る枝(皮質枝)であれば、深部バイパスの技術を用いることで大きな問題なく治療できます(図1)。バイパスは通常、頭皮血管を用います。

脳の深部で、動脈瘤自体から分岐する枝にバイパスを設置し、後日コイル塞栓術

 クリッピングが難しい部位でコイル塞栓術で治したいのだけれども、瘤自身から重要な皮質枝が出ている場合に用います。多くは脳底動脈瘤で、最も深い術野でのバイパスが必要になります(図2)。

(2)脳血管自体が(分岐部に関係なく)膨れ上がっている場合(紡錘状動脈瘤)

 そもそもネックが存在しないので、ネッククリッピングはできません。

内頚動脈巨大動脈瘤に対し、高流量バイパスを設置して内頚動脈を遮断

 内頚動脈自体を遮断することで動脈瘤を血栓化させ、縮小・治癒させます。内頚動脈は同側の大脳半球の大部分を栄養するために多くの血液を運搬しており、これを補うには頭皮血管を用いたバイパスでは不足することが多く、前腕の動脈である「橈骨動脈(とうこつどうみゃく)」を採取して頚部から脳の深部血管に高流量のバイパスを設置することが必要になります(図3)。
 近年この部位の病変に対し、内頚動脈に整流効果を持つステント(フロー・ダイバーター)を留置して血栓化させるカテーテル治療法が認可されました。大がかりなバイパス手術が回避できる利点がありますが、病変が巨大だと動脈瘤の血栓化が進まず、治癒しない事例もあることが分かってきています。高流量バイパスを用いた手術法では治癒率が高く、動脈瘤の性状によってはまだまだ有用な事例も少なくないと考えられます。

深部バイパスを設置して動脈瘤の前後を遮断(中大脳動脈巨大動脈瘤)

 手術で瘤の近位部の母血管が見える場合には、この方法がシンプルです。深部バイパスの操作に熟達していれば、安全に治療可能です(図4)。

【参考(かなり専門的なお話)】
 この治療がうまくいくためには、近位遮断部①の手前に、血流の出口となる血管(★)が必要です。これがないと、行き止まりになった血管が広い範囲で血栓化(詰まること)してしまい、ここから出る細い大切な血管たち(穿通枝(せんつうし))が一緒にやられてしまいます(後述)。

ハイブリッド手術室で深部バイパスを設置し、開頭のまま血管内治療で動脈瘤を母血管ごと塞栓

 瘤が深部にあって大きく、手術で動脈瘤の近位部が見えないことが想定される場合に有効です。バイパスを設置して、開頭のまま動脈瘤を詰めていまいます(図5)。バイパスのみで手術を終えて後日塞栓する方法もありますが、その間はバイパスの役割はあまりないため、自然に詰まってしまうリスクがあります(上の(1)-2では、バイパスをつないだ血管をクリップで遮断するので、直後からバイパスは大きな役割を担うので、詰まりません)。
 ハイブリッド手術室での治療は、手術(開頭・バイパス設置)→血管内治療(カテーテルによる塞栓術)→手術(止血・閉頭)の手順で進めます。途中で手術台を動かして血管造影装置を導入する必要もあり、かなり長時間の手術となりますが、動脈瘤の状態によっては極めて強力な武器になります。

(3)脳血管自体が分岐部を巻き込みつつ膨れ上がっている場合

 ネックが存在しないので、ネッククリッピングはできません。多くは中大脳動脈分岐部を巻き込む巨大瘤です。

瘤から出る枝に2~3系統のバイパスを設置して、動脈瘤の近位+遠位、あるいは遠位のみを遮断

 近位と遠位両方の遮断が基本ですが、壁の厚い血栓化動脈瘤で、なおかつ近位遮断によって穿通枝(せんつうし)(脳深部に血流を送る、0.1~0.5mm径の極めて重要な血管)の血流障害が危惧される場合には、遠位のみの遮断で対応することがあります(図6)。

ハイブリッド手術室で瘤から出る枝に2~3系統のバイパスを設置しクリップ遮断。行き止まりになった動脈瘤と母血管を、開頭したまま血管内治療で塞栓

 巨大瘤で近位部が見えず、血栓化がなく遠位のみの遮断では破裂のリスクがある場合に有効です(図7)。手術+血管内治療の合計治療時間はかなり長くなりますが、通常の方法では困難な病変を治療することができます。この治療においても、動脈瘤の手前に血流の出口となる血管(★)が存在していることが条件となります。これがないと、行き止まりになった太い血管が手前まで詰まってしまい、大切な穿通枝が詰まっていまいます。

(4)その他

 上記以外にも、過去にクリッピングを受けて再発・巨大化した動脈瘤などに対して、開頭手術と血管内治療の複合治療を実施してきました。いずれも手術の侵襲(患者さんの身体への負担)は小さくなく、また小規模な脳梗塞などの合併症はありえますが、複雑・巨大な脳動脈瘤を放置すれば極めて高率に生命に関わります。十分な治療戦略の検討を行い、患者さんおよびご家族と時間をかけて話し合った上で、治療に踏み切っています。
なおこれまでの経験から、ハイブリッド室での開頭+血管内同時治療に最も有用なのは、①巨大化して分枝を巻き込む中大脳動脈瘤と、②中大脳動脈または前大脳動脈の遠位部の大型・巨大紡錘状(血管自体が膨れてネックがない)動脈瘤です。内頚動脈瘤や脳底動脈瘤で重要血管を巻き込みながら巨大化したものについては、まだまだ未解決の部分が多くあります。

報道関係者の方へ(コメント可能な医師)

専門の担当医師
主任教授、診療科長 髙橋 淳