医療関係者へ

婦人科悪性腫瘍

子宮頸がん腹腔鏡下広汎子宮全摘術

1.はじめに

当院では、患者さんへ最良の治療を提供するとともに、より良い治療を開発し、導入するための努力を行っています。今回ご提供する手術は、子宮頸がんの従来開腹手術で行っている広汎子宮全摘術を腹腔鏡で実施するものです。この術式は2017年4月より保険適用されています。

2.子宮頸がんの治療について

あなたの病気は子宮頸がんで、進行期は、(ⅠA2期・ⅠB1期・ⅡA1期)であると考えられます。これは手術でがんを完全切除し根治できる可能性が高い状態です。標準治療は、開腹手術での広汎子宮全摘術です。この術式を開腹手術で行うと、恥骨(ちこつ)の上から下腹部を通り、臍に至る切開が必要となりますが、場合によっては臍の上までの切開が必要となることもあります。この切開の大きさゆえ、術後の疼痛も少なからずあり、社会復帰にも時間がかかります。
腹腔鏡下広汎子宮全摘術は、開腹手術と比べ、小さな創であるために低侵襲で、術後の社会復帰が早いというメリットがあります。ただし、がんの治療で一番重要なことはがんの根治性です。海外13か国・33施設が参加し実施された、開腹手術と低侵襲手術(腹腔鏡下及びロボット支援下手術)による広汎子宮全摘出術の治療成績を検証するための大規模ランダム化比較試験(LACC試験)の結果が、2018年に論文発表されました(N Engl J Med. 2018;379:1895-1904)。LACC試験の主な結果として、術中・術後合併症の頻度は開腹手術群と低侵襲手術群との間に差が認められなかったものの、低侵襲手術群の4.5年無病生存率・全生存率が、開腹手術群よりも劣っており、低侵襲手術群において、骨盤内再発の割合が多かった、というデータが出されました。低侵襲手術群の予後が開腹手術群と比較して不良であった理由は完全には明らかになっていませんが、マニピュレーター(子宮を牽引する機器)を用いたことと、腫瘍細胞が腹腔内に散布するのを防ぐための工夫がされていなかったことが関与している可能性が高いと考えられています。この結果を受けて、日本産科婦人科学会から以下の提言がなされました。

  1. 子宮頸癌に対する腹腔鏡下広汎子宮全摘出術を実施する場合、患者にLACC試験の結果および自施設の実績を提示し、患者の治療選択権を尊重し、十分に話し合い、必要な理解・同意を得ること。
  2. 日本産科婦人科内視鏡学会技術認定医(腹腔鏡)と日本婦人科腫瘍学会婦人科腫瘍専門医の協力体制の下で、あるいは腹腔鏡手術手技に十分習熟した日本婦人科腫瘍学会婦人科腫瘍専門医が、子宮頸癌に対する腹腔鏡下広汎子宮全摘出術を実施すること。
  3. 子宮頸癌に対する腹腔鏡下広汎子宮全摘出術を実施する場合、先進医療で認められていた適用疾患(ⅠA2期・ⅠB1期・ⅡA1期の子宮頸癌)の範囲を超えないこと。
  4. 腫瘍細胞が腹腔内に曝露・散布されることがないように、腟管の切開や子宮の摘出方法に十分に留意すること。

当院では、先進医療で行っていた時代も含め、2019年までに45例の方が腹腔鏡下広汎子宮全摘術を受けられました。また、当院には内視鏡技術認定医、婦人科腫瘍専門医、さらに両方の資格保持者が多数おり、手術もこれらの医師を中心としたチームで行っています。進行期もⅠA2期、ⅠB1期、ⅡA1期に限定しており、腟管切開時は、腹腔内に癌が散布されないように工夫を行っています。また、万全を期して腹部に小切開を入れ子宮を摘出する場合もあります。ⅠA2期、ⅠB1期、ⅡA1期での当院での術後予後は、無病生存率(図左)と全生存率(図右)において、開腹手術と腹腔鏡手術の間に差はありませんでした。

3.腹腔鏡下広汎子宮全摘術について

腹腔鏡下広汎子宮全摘術の術式の特徴は、臍や下腹部に5mmから1cm程度の小さな傷が計4~5個ほどできる手術です。個々の傷が非常に小さいため、傷の痛みは少なく、早期の体力回復、早期の社会復帰が望めます。術後癒着や術後の腸閉塞(イレウス)も開腹術に比べて少なく、体の負担は軽微です。 そしてお腹の中では、開腹手術と同様に子宮を広範囲に切除し(子宮に基靭帯と腟壁を数cm切除する)、骨盤リンパ節を摘出する手術です。 開腹術に比べ、個々の傷が非常に小さいため、傷の痛みは少なく、がんの根治術でありながら早期の体力回復が望めます。抗がん剤や放射線治療などの追加治療がない場合には早期の社会復帰も可能です。出血量や術後癒着や術後の腸閉塞(イレウス)も開腹術に比べて少なく、がんの手術であるにもかかわらず体の負担は軽微です。ただし、開腹手術よりも小さな傷より手術を行いますので、手術時間が長くかかるのがデメリットです。

4.期待される治療効果および予測される副作用

腹腔鏡下手術により、術後の創部の痛みが少ない、退院・社会復帰が早くなる、腸管運動の回復が早い、術後腸閉塞が少ない、免疫力の低下が少ない、手術創が小さく目立たないなどの利点が期待されます。デメリットとしては、手術時間が長くなる、他臓器損傷(膀胱、尿管、腸管など)、不測の出血、深部静脈血栓症および塞栓症、縫合不全、術後ヘルニアなどが起こることがあります。これらは、腹腔鏡下手術に特徴的なものもありますが、ほとんどが開腹手術でも同様に起こりうることがあります。一般的にはこのような合併症は腹腔鏡下手術の方が少ないと報告されています。
また治療成績に関しては、日本では適用を遵守し、癌を散布させない工夫を行っていますので、開腹手術と差はないと予想しています。しかし、LACC試験の結果により、世界では開腹手術が基本になっており、また、日本で腹腔鏡下手術の症例数が増えたときにどのような治療成績になるかは現時点では明らかではありません。よって、この説明を聞いた上で腹腔鏡下手術をご希望されない場合は、従来の開腹手術による広汎子宮全摘術を受けていただくことができます。

5.その他

この腹腔鏡下広汎子宮全摘術は希望された全ての方が、お受けになることができるわけではありません。術前症例検討会議で検討を行い、病状を鑑みて、開腹手術や、小開腹(約8~10cm程度)を併用した腹腔鏡下手術をお勧めする場合があります。

6.担当責任医師の氏名、職名、連絡先

近畿大学医学部産科婦人科学教室
大阪府大阪狭山市大野東377-2
電話番号(072)366-0221
教授 松村 謙臣、講師 小谷 泰史