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放射線治療による緩和治療

QOLの改善をめざして

緩和治療としての放射線治療

 現在の緩和治療とは終末期医療だけではなく、がんによる症状の悪化の改善と予防にも重点をおいた広い内容の治療です。がんなど生命を脅かす病気に直面する患者さんとその家族に対するQOL(Quality(クオリティ)of(オブ)Life(ライフ):生活の質)を向上させることを目標にしています。放射線治療は症状の原因となるがん病変に対して直接作用することで、がんの症状を和げます。実際に放射線治療を受ける患者さんの約3分の1は、症状の緩和を主な目的としています。
 多くのがんの治療成績は各種治療法の進歩によってめざましく改善しました。しかし、脳だけは血液脳関門という薬剤の届きにくい仕組みのために、がんの経過の中で比較的高頻度に転移が生じます。特に日本では肺がん、乳がん、消化器がんからの脳転移(転移性脳腫瘍)が多いといわれています。
 脳転移では腫瘍そのものや、周囲の浮腫(ふしゅ)(むくみ)によって頭痛・吐き気や手足の運動障害などを生じ、患者さんのQOLを大きく損ねます。これから説明する放射線治療は脳転移による苦痛や症状を効果的に緩和する強力な治療法なのです。

脳転移に対する放射線治療

 脳転移の画像検査にはX線を使ったCTや磁力を使ったMRIが有効です。中でも造影剤を使ったMRIは数ミリ程度の小さな病変も発見できます。このMRI画像を放射線治療にも応用することで、従来の方法に比べて高い放射線量を正確に腫瘍に集中投与するピンポイント照射(定位手術的照射/ここでは定位照射と略す)が可能になってきました。
 脳転移の治療方針は病変の大きさ、個数、部位などによって放射線治療、手術、まれに化学療法が選択肢となります。数個であれば手術や定位照射が合併症も少なく効果的です。個数が多くなれば手術や定位照射だけでは治療困難となるため、脳全体に広く放射線治療を行う全脳照射が推奨されます。
 しかし、全脳照射では長期的には物忘れが増えることもあり、定位照射だけで治療できることが理想的です。定位照射とは多くの方向から高線量の放射線をピンポイントに集中させ、1回で完了する合併症の少ない高精度の放射線治療です。精密さが重要な治療のため、全脳照射に比べて少し長い準備期間が必要となります。

定位照射でがんが休眠状態に

 当科外来で、定位照射を希望する脳転移の患者さんが受診しました。造影MRI(画像a)では右脳に大きな腫瘍があり、周囲の正常脳を圧迫し浮腫(▲で囲まれた黒い部分)を伴っていました。患者さんの症状は徐々に進行し、定位照射の準備を行うための時間的猶予はありませんでした。一刻も早い治療開始を優先し、定位照射の準備を並行しながら、速やかに全脳照射を始めました。当初の患者さんの希望には沿えませんでしたが、全脳照射後の小さくなった腫瘍に対して定位照射を行うことは、治療範囲を小さくできるため効果的な治療法となります。
 全脳照射は外来通院で月~金曜に2.5グレイを16回(4週間)合計40グレイ行いました。全脳照射6回目(15グレイ)で会話がしやすく言葉も明瞭になり、全脳照射12回目(30グレイ)には左手の動きも戻り、予想以上の治療効果が見られました。
 全脳照射終了時の造影MRI(画像b)では腫瘍の直径が全脳照射開始前(画像a)の半分以下になり、腫瘍の大きさは15%程度まで縮小しました。周りの浮腫も消失し、がん症状が緩和されたのです。
 残った腫瘍(画像b)に対して予定通り1回で25グレイの定位照射を追加しました。定位照射では全脳照射10回分の高線量をピンポイントに限局させた正常脳へのダメージの少ない効果的な治療となります。定位照射後3か月(画像c)の造影MRIでは腫瘍はさらに縮小しましたが、まだわずかに残っていました。定位照射後1年7か月後(画像d)の造影MRIでも腫瘍は小さく点状に認められましたが、この間の経過中に増大することはありませんでした。
 これは放射線治療が症状の原因となる病変に対し、直接作用した結果、腫瘍の休眠状態を維持したことを示します。腫瘍が縮小し、浮腫が消失したことで、さまざまな症状緩和が可能になりました。

画像 放射線治療前後の造影MRI:造影剤により腫瘍が白くなります
a.全脳照射前/右脳に広い浮腫()を伴った約2cmの腫瘍が見られました
b.全脳照射後/腫瘍周囲の浮腫は消失し、腫瘍()も1cmに縮小していました
c.定位照射後3か月/腫瘍()はさらに縮小しましたが、6mm残存していました
d.定位照射後1年7か月/2mmの腫瘍()が認められますが、増大なく経過しました

その他のがんに対する緩和的放射線治療

 放射線治療は多くの臓器がんの圧迫や浸潤による苦痛・症状に対して、非常に有効な緩和治療となります。例えば、進行した食道がんでは、初発時から腫瘍によって内部が狭くなることで食物が飲み込みにくく、食べられなくなる場合もあります。それが放射線治療で腫瘍が小さくなると内部が広く食べ物が通りやすくなり、食べ物の味や香りも味わうことができます(詳しくは「食道がんの放射線治療」、P26参照)。
 がんは骨に転移することも多く、痛みや手足のしびれ、麻痺(まひ)を起こすことがあります。こうした骨転移にも放射線治療は有効で、多くの患者さんの痛みが緩和されることで鎮痛薬も減量できます。このように放射線治療は進行した初発時から再発・転移病変にまで広く効果的に活用されているのです。
 がんの苦痛による患者さんの不安や恐怖は体力を奪うだけでなく、精神的にもダメージを与えます。がん治療において苦痛を取り除くことで食欲は回復し、睡眠もよくとれるようになり、結果的に治療成績も向上します。がんの進行や転移によって患者さんのQOLは著しく低下するため、気になる症状があればできるだけ早く受診してください。放射線治療科チームのスタッフは患者さんのQOLの改善を第一に考えて日々の診療に取り組んでいます。当院では2015年9月、最新型の放射線治療装置(下の写真)を導入しており、さらに正確で合併症の少ない安全な放射線治療の提供に努めています。

写真 高精度な画像誘導放射線治療(IGRT)が可能となりました

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